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神様に拉致されました  作者: 柴犬
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第二十二話 名も無き病院

遅くなりました。


~ツアールとロイガーの視点~ 


 一ヵ月後のアーカム。


 ミスカトニック大学付属病院の名も無きとある一角。


 先へと続く薄暗いその通路を照らす光源は、生活魔術の【光】ではなく複数のカンテラのみです。

 その為か通路の奥は眼を凝らしても殆ど分かりません。

 両脇の鉄格子には心が壊れた患者達が隔離され、私達を見ると手を伸ばし誘ってきます。

 本来このような施設では魔術で明かりを灯すのが普通なのですが、理由がありカンテラを使ってます。

 その答えは足元と天井、壁に貼り付けられている鉛の板です。

 金属の中で魔術を通し易い魔法金属はその性質上、武器や防具に使用されますが、こういった特殊な施設の防衛施設には不向きです。

 いくら物理的な防御能力に優れていても、魔術で武器にされたら意味がないですから。

 逆に鉛は魔術を通し難いために、防具は兎も角、武器には不向きですが、こういった施設には向いています。

 勿論、強度に不安があるので基礎は頑丈な物質にして、表面に錬金術で鍍金しているのですが。

 なぜそんな事をするのかと言うと理由があります。


「うぐうううううううっ!」「氷と炎を食べたいの」「出せっ! 帝国皇帝にこの仕打っ! 恥を知れっ!」「けらけら」「おおいなるアザートスよ」「婆さんや飯はまだか」「男が欲しいの~っ!」


 …あいかわらずキチガイしかいないですね。

 ここにウィル様が収容されたかと思うと気が滅入ります。

 あの日、不完全ながらもヨグ=ソトースの召喚の制御を魔道書も無しに行った為、ウィル様は壊れました。

 そのままでは下手をすれば辺りに害を及ばす可能性がある為、此処に連れてくるしかありませんでした。


 

 ここは極一部の者しか知ることを許されない、ミスカトニック大学の暗部。

 

 使い捨ての写本を作る際に、魔術師やバランサーがその限界を見誤り、重度の精神汚染を引き起こした場合に収容される場所です。

 

 もしくは召喚魔術を失敗した者が此処に運ばれます。

 

 そんな場所に指定された装備を持って、私とロイガー、戦闘司書一号と二号、魔人バロン様にナルちゃんクトゥグアと来ていました。

 理由は、ウィル様が正気に戻られ快方に向かってると連絡が有ったからです。

 半信半疑でしたが信じる事にして皆と来ました。

 

 本来は重度の精神汚染を引き起こした者は、大抵が発狂もしくは心停止します。

 

 発狂した者は暴走して魔術を連発して破壊活動する可能性が有るので、鉛を使った魔術封じの処理がされた、この施設に預けられるのです。


 ここで正気に戻らない者は残った全記憶と人格を抹消され再教育を施されます。

 新たな人生を強制的に送らされるわけです。

 本人の意思に関係なく…。

 

 ウィル様はそんな所に収容されたのです。


 それゆえにここは暗部として認識されます。

 だからこそ存在は秘匿されこの場所の名前も存在しません。

 ですがそれでは不便ですので、此処を知る者は口々に【名も無き病院】と呼びます。



「ねえ君、さっきの先生呼んでくれない? 色々良い事したいからさあ」


 逃走防止の鉄格子から手を伸ばす、扇情的な格好をした方から呼び止められました。

 一度見たら忘れそうも無い強烈な外見をしているはずなんですけど、ふと気付けば何を見ているのか分からなくなってしまいました。

 どういうこと?


「あのカークス先生ですか?」


「姉様、確かあの先生は男でしたよ」


 私が考え込んでいるとロイガーが補足してくれる。


「何か?」


 此方に色っぽくウィンクしてるこの方も男なんですが…。

 恋愛対象にならないんだけど…考えたら負けなんでしょうか?


「えと…」


「御嬢に近づくなあっ!」


 戦闘司書一号は剣を男に向かって突く。


「あら乱暴ね」


 二本の指で挟んで捻り折る。


「ええええええええっ!」


 ロイガーが驚きの悲鳴を上げる。

 私もポカンと呆気にとられます。


「今日こそ引導を渡してやるぜっ!」


 戦闘司書二号が気を込めた槍で突く。


「照れちゃって可愛いっ!」


 その槍を拳で砕く男。 

 

「「「「「「「ええええええええええええええっ!」」」」」」」


 全員引きました。

 目の前の男の非常識さに。

 その様子にナルちゃんは涙目。

 クトゥグァは顔を真っ青にしてました。

 なぜでしょうこの本能に訴えかけるような怖気は。

 恐怖とは違うのですけど。


「あ~、戦闘司書零号、その位にしてくれないか」


「あら残念」


 魔人バロン様の声に残念そうな顔をする男。

 戦闘司書零号? はい?




「あーこいつは戦闘司書零号という隠密系のスキルに特化した奴だ」


 魔人バロン様は、すごく嫌そうな顔で鉄格子から出た男を紹介してくれました。

 男…いえ、戦闘司書零号は、白い色で装備を統一した戦闘司書達と同じ格好で此方に手を振ります。

 というか隠密系…だから認識出来ないのか。

 それに持ってきた装備はこの方の物だったのですね。

 

「姿を見ないから、くたばったと思ってたのになあ…」


「ぶつぶつだぜ…」 


 戦闘司書一号達は空ろの目で明後日の方を見る。

 この二人戦闘司書零号の素顔を知ってたんだ。


「あらご挨拶ね、私は仕事で魔人ウィルの護衛に就いてたのよ」


「なんで鉄格子の中にいたのっ?」


 戦闘司書零号にクトゥグァは質問する。


「素敵な殿方に遇ったから、結婚を前提に告白したら…」


 クネクネとしなを作る戦闘司書零号。


「…重度の精神汚染患者に間違えられたと?」


「違うの恥ずかしがって此処で俺を待っててくれって言われたの、婚姻届をもって来てくれるのよ、きっと」


 魔人バロン様の言葉に嬉しそうに恥らう。

 

 その言葉に戦闘司書零号以外の全員が違うと思ったのは仕方ないでしょう。


「あーそれで魔人ウィルは」


 話題を変える為に魔人バロン様が引きながら言いました。


「奥の鉄格子の中だ」


 魔人バロン様の言葉に答えたのは突然現れた人物でした。


「ウィル様?」


 そこに居た全員がギョッとしました。

 なぜなら其処に居たのは話題の人物だからだ。


「分身の方だよ」


 それは異常な光景だった。

 分身とは言えその受肉した体は魔力で維持されているはずであり、此処では維持できないはずだからだ。

 それよりも…。


「あのウィル兄ちゃんが正気に戻ったと聞いたんですけど…」

 

「ああ」

 

 ロイガーの言葉に淡々と返すと、そのまま回れ右をして奥へと歩いて行きます。

 そのままピタリと止まると此方を見ます。


「来ないのか?」


「「「「「「「すみませんっ!」」」」」」」 


 ジロリと此方を見つめてきます、ウィル様と同じ顔で。

 なんか凄く苦手です。

 なんの感情も篭ってない眼。


 皆も苦手意識を持ったのか、静かです。


 ツルリっ。


 あ、こけた。

 何も無いところで転びました。

 何事も無かったかのようにヌル様は澄ました顔で再び歩き始めました。

 …なんか気勢が削がれましたね。

 皆も同じようです。


 こうして私達はウィル様を皆で迎えに行きました。


 


有難うございました。

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