第十四話 ウィルの後悔
遅くなりましたこれから加筆修正をします。
この話も加筆修正する予定です。
『ネパール東部の中国国境付近で5日マグニチュード7・1の地震があったネパール国境付近でも日本人観光客も五人が犠牲になった。この内五歳の子供が被害に遭ってから十一日後に奇跡的に救助されるが、酷く錯乱したもよう』
19〇5年5月8日 〇日本新聞より抜粋。
~魔人ではないウィルの視点~
時間は少し遡る。
槍で刺し殺された僕は暗闇の深淵に潜る。
『よう今度は何人いるんだ? アイン』
光も射さない暗黒の中で蹲っている幼い少年が顔を此方に向け僕に語りかける。
その容姿はあまりにも懐かしい顔だった。
「半年振りかな山田秋夫。いやヌル」
そう、目の前の少年は山田秋夫の始めの上位人格だが、区別が付きにくいのでヌルと呼んでいる。僕はこの少年の次に生まれた人格なのでアインと名乗っている。
『お前も山田秋夫だろう? アイン』
「前世ではね。今はウィナリル・ランと名乗ってるんですが」
『あの時の記憶を記録として読み込む勇気はできたか?』
あの時…そうネパールで起きた地震で亡くした家族の記憶。
僕が持っている記憶は断片でしかない。
殆どの記憶は目の前の上位人格ヌルが持っている。
残りの記憶は僕と、他の下位人格がすこしずつ。
全ての人格との話し合った結果、僕がメインの人格になり統合される。
もっとも多数決で決まった事だが。
僕をメインに人格が統合されればこの全ての記憶が自分の物になるのだがその勇気がいまだにない。
『まだだ』
『そうかい、早いとこ上位人格の役目から降りたいんだが』
やれやれと手を広げ首を竦めるヌル。
『すまない』
『かまわんさ偉大な童貞の大魔導師様のためならな』
『まて』
『なんだ色町に行こうとしたら回れ右して外に出た童貞のアインどの』
『いやまて』
『わかってるよへタレだもんなアインは、しかたないよな』
『僕を貶すのはいいが僕と君は同一人物なんだが…』
『あっ』
我ながら異常な会話だと思うがしかたない。
僕は以前通院していた先生の話によると以前ネパールに家族で旅行に行った帰り自身に遭い、その際家族を失って乖離性同一症候群という心の病になったらしい。
解りやすく言えば多重人格だ。
その時完全に壊れてたんだろうね僕は…。
そんな理由で僕達は存在する。
社会生活をする上で僕達の存在は異質だ。
そこで話し合いをしたその結果一番社交的な僕が表に出る事になった。
こんな異常な僕は友人も作れない。それでも生活はしなければいけないので施設を出た後、働く事になった。
それから何年もしてようやく生活が楽になり始めた時に、駄目神にこの世界につれてこられた。
この世界に来て一番初めに気づいたのは、多重人格と魔術は相性がいいという事だ。
他の者は並行処理で同時に魔術を起動できるのは2~3種類に対し、僕は同時に全種類の魔術を起動できる事が解るとオリジナルの高位魔術を作り上げた。
それが【奇門遁甲八門の陣】だ。
このオリジナルの魔術は幻術で仮初の環境と僕達の肉体を作る。
【胡蝶の夢】は更にそれを強化した物で僕の意思でほぼ完全な環境と肉体を作る。
継続時間は僕がキャンセルするまで続く。
一見便利だがリスクもある。
【奇門遁甲八門の陣】は敵が一定範囲に居ないと使えない。
【胡蝶の夢】は僕が死に、蘇生する時の魔力を使わなければならない。
他には外に出したくない人格も外に出してしまうかもしれないことだろうか。
まあ僕を含め全ての人格は目の前の最初の人格に【束縛の鎖】と呼ばれる魔力の鎖で繋がれているから大丈夫だが。
最初はこれを作ってなかったから何名かが暴走して自分が死ぬのもかまわず盗賊達を嬲っていた。
『敵は二十五以上の無力化となると、こちらは五人か?』
新たに奥の方から十代前半の僕が現れる。こいつは便宜上ツァイと呼ぶ。
『きゃははっははっ! お遊びの時間だ』
顔を長い前髪で隠した僕が現れるこいつはドライだ。
『馬鹿だな』
闇の奥の方から現れた二人組みの内右側の奴の名はフイーア。
『うむ』
同じく左側はフュンフ。
二人共ジャージ姿の同じ格好をして現れる。
『きゃはははははっ! 俺様はお留守番か?』
『たまには俺達を外に出せよ』
『そうだっ! 殺させろ』
『ふひひっ!』
四人程の心の醜さが現れたような異形の顔をした僕の人格が現れる。
同じ人格なのに他人を傷つけるのが大好きな奴らだ。
名は初めに現れたズィーベンを先頭にアハトにノイン最後にツェーンと続く。
これらが僕のもっとも凶悪な人格だ。
「場合によってはな」
その言葉に納得してくれたみたいだ。
場合によってはとは言ったがね…。
出すとは言ってはませんよ。
『夢は現に』
「それは困りましたね貴方には重度の精神汚染の疑いで抹殺処分がでてます」
目の前の奥から声がした。
「君はだれだっ! どうしてここに居る。ここは僕の精神世界だぞっ」
他の僕達が騒ぎ立てる。
その後ろ深い闇の奥から人影が現れる。
丈の長い黒地の赤い糸で刺繍されたチャイナドレスと、ぶかぶかの長袖の両腕。その手にはハルバードを持ち髪は白銀で肩まであり帽子を被っている。そして肌は白だく眼は深紅で顔は驚く程整っていた。
その美しさは人知を超えていた。
「名はナイアルラトホテップ。我は如何なる時間や空間にも存在するゆえに此処に来られた」
その言葉に僕は戦慄した。
「そしてバランサーだ」
そう言うと彼女は胸を張る。
ナイアルラトホテップ
外なる神の従者にして唯一旧神の封印を免れた存在。
あらゆる時間と空間に存在する神。
千の化身と様々な称号を持つ者。
その実体は闇の中で吠え続ける無貌の神とされ、終末の日に人類を滅ぼすとされる。
とはいえ、小説で見た限りではそうだとはいえ、能力を制限する封印術式ぐらいしているだろう。
但し今のその外見は七歳の幼児だ。
…なぜに?
「なにを証拠に僕を重度の精神汚染者と言うんだ?」
「誤魔化す気ですか? この多重人格がなによりの証拠ではないですか」
「誤魔化すもなにも多重人格は向こうの世界に居た時になったんだけど?」
「ふえっ?」
つるっ。
ナイアルラトホテップが歩いて近づいて来ると何も無い所で転んだ。
「…」
思わず僕は眼が点になる。
「ふええええぇ!」
いきなり泣き出した。
えええええええええええっ。
確か凄く強い神様のはずだよな。
僕は慌てて近づくと泥は付いてないが服を払ってやり頭を撫でる。
「泣かないで。ねっ」
出来るだけ優しく言う。
グスグスと鼻を鳴らして頷く。
僕はニッコリと笑う。
ナイアルラトホテップは僕を見て顔を赤くして俯く。
なんだかな~。
「情けないなっ! ナルやはり貴様にはこの任務は早かったか」
突然後ろから新たな声を掛けられる。
振り向くと其処には新たな侵入者が居た。
というかナルって、ナイアルラトホテップの略かい。
「クトゥグァ見習いの貴方がなんでここに? この任務は私の物のはずよ」
そこにはフリルが沢山付いた赤いゴスロリ服を着た妖艶な美を誇る女性が居た。
ナルちゃんと同じく腰まで届きそうな銀の髪に赤い眼。その手には大鎌を持つ。
そいつはニヤリと笑うと、此方に来る。
クトゥグァ。
フォーマル星に幽閉されている炎の精の長。
ナイアールと激しく対立している。
恐ろしく強いナイアールに勝てる唯一の存在。
但、此方も七歳の幼女だ。
…どこから突っ込んでいいものやら。
この世界の神様(暗黒神話大系の邪神)は幼女しか居ないんだろうか?
「君はどうやって此処に来たの? ナルちゃんとは違いそんな能力を持ってないだろう」
「…」
『現は夢に』
僕の質問に歩みを止め首を捻る。
どうやら覚えてないらしい。
ちょっと記憶が残念な子ぽいっ。
「他のバランサーに送ってもらったのかい?」
「そうだった忘れていたっ!」
『馬鹿だ』『アホ子だ萌え~』『馬鹿聞こえたらどうする』
クトゥグァは手を叩き肯く。
いいんだけどね…記憶の残念な子で決定だ。
というか他の僕達、そういうのは言わない。
「あの話の流れからすると君この任務勝手に来たみたいだけど上の許可貰わなくていいの? 怒られるよ」
その言葉にクトゥグア青くなる。
考えてなかったらしい。
「うるさいっ! ともかく抹殺処分だ」
「勝手にやったら駄目だろ」
「うるさいっ! 大人の事情だ」
『『『『『幼女だろうがっ!』』』』』
他の僕達に一斉に突っ込まれた。
「うるさいっ!」
その手に持つ大鎌から炎を噴出させ振るう。
大鎌から伸びた炎刃のそれは僕達を狙う。
「やめなさいっ!」
ナルは夜の闇のように黒い刃のハルルバードを振るうと、それらを受け止める。
「ナル、貴様もバランサーだろうが。なんでそいつの味方をするっ!」
金属音が響き何合も切り結ぶ。
「任務の内容に喰い違いがあるの」
「知るかっ!」
互いにその身に合わない重量のある武器で戦っているというのに、なんら不便を感じさせない。むしろ武器の重量を生かし独楽のように回転して叩きつけ、反動を利用し次の一撃の威力をあげる。
技量は互角。決定打を与えられない。
「ちっ!」
クトゥグアはわずかな隙を見つけ離れる。
「いい加減にしなさいっ!」
「はんっ! お前なんでそいつを庇う。まさか惚れたか」
その言葉にナルちゃん沈黙。
はて? なんでそうなるんだ。
「おいおいマジかよ貴様」
ため息をするクトゥグァ。
…なにが?
「別に」
「まあいい次でケリをつけるぜ」
両手で武器を握り半眼に睨むクトゥグァ。
「正気なのっ!」
その構えに焦るナルちゃん。
「うるせえっ!」
ナルちゃんも此方をチラリと見ると同じ構えをとる。
なんで此方を見るの? まあいいけど。
両者共に膨大な魔力が立ち昇る。
「「第一封印術式限定解除」」
「ふんぐるい…」
「いぐないいいいいいっ!」
両者の詠唱が始まる。魔力の奔流は武器と四肢に収束。それと同時に武器が四肢が異形へと変化する。
ナルちゃんは全てが闇のような黒色の、刃が無く柄の長い剣。
クトゥグアは炎製の長刀。
明らかに莫大な魔力を感じる。
いやまてそんなもんで戦われたらヤバイだろう。
『やばっ』『逃げろ』『ひいいいいいいっ!』『おい』『ああっ』『ふひひっ!』『きゃはははっ!』
他の僕達は逃げ出す。
「おおおおおおっ!」
「ああああああっ!
「ちょおおおおおおっ!」
三人の声が重なる。
『【胡蝶の夢】』
そうして僕の精神世界は壊れた。
それと同時に僕と別の僕の人格が、ドサクサに紛れて詠唱を完成させていた。
この日の失敗を僕は後日、何度も後悔した。
ラスボスの予定でしたナイアルラトホテップをメンバーに加えた為、完結の話は無くなり連載をできるだけ長期にやる予定です。
お詫びします。




