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雨女の陽光

作者: 錫野邑

一、


暗い暗い空から、無数の雨。

広げた傘越しに、わたくしは降る雨を眺めます。

わたくしの周りには、必ず雨が降ります。


わたくしが妖の雨女と呼ばれる存在だからでしょう。


灰色がかった長い髪に、紫陽花が描かれた着物を着ています。水面に映る肌は白く、透き通っています。

この肌は、わたくしの唯一の自慢です。

でも、少しタレ目なのが気になりますが。


わたくしが降る雨を眺めていると、地面に溜まった水の上を歩く音が近づいて参りました。


「あら、今日もいらしてくださったのですね」

「もちろん。遅れたな、すまない」

「いいえ、ありがとうございます」


わたくしは息を切らしている彼に、深く頭を下げます。


彼はわたくしのお礼の言葉に、照れくさそうに顔をそらします。

ふふ、可愛らしいです。


「今日はどのようなことがあったのですか? 是非ともお聞かせくださいな」

「はあ、いっつも君が主導権だよな。良いけどさ。あっちのベンチに座ろうか」

「はい♪」


彼とベンチまで行くと、わたくしは彼の隣に腰を下ろします。

そして、彼はわたくしに今日あったことを話し始めました。


いつも、彼の話は新鮮で好きです。

彼とずっとこうしていたい、といつも思います。


でも、わたくしにはそんなことは言えません。

だって、そんなことを言ってしまえば、彼は優しいからわたくしといてくださるでしょう。

だから、願うだけで良いのです。


解かずに想うだけで、良いのです。


「君、聞いてるのか?」

「ーーはい? あ、ええ、もちろんですとも」


わたくしは言いながら、自分でも分かるくらいの不自然な笑顔を彼に向けます。

聞いては、いるんですよ?


「へえ、本当かなー? まあ、何でもいいけどさ」

「ふふ、そうですか」


傘を片手に空を仰ぐ彼を、わたくしは、今度は自然な笑顔で見つめます。


雨を、見ていらしてるのですか?

嫌ですものね。雨なんて、濡れるだけで良いことなんてありませんもの。


しかし、いつからでしょうね?

わたくしの中にまで、雨が降り始めたのは。


温かいのに、胸を土砂降りで苦しくさせて、そのうちわたくしをすっかりと冷やしてしまう雨。


わたくしが彼の今日の出来事の話を聞いて、たくさんの時間が過ぎました。

やはり、楽しいものです。好きな話を聞いているのは。


でも、今日はもう終わりのようです。

彼は話を終えると、立ち上がりました。


「さて、そろそろ帰ろうかな」

「あ、ついつい長居させてしまいましたね。申し訳ありません」

「良いんだよ。好きで来てるのだから」


彼はそう言うと、ベンチから離れてゆきます。


もう、行くのですか?

待ってください。

もっと一緒にいたいのです。


ーーなんて、言えるわけないのに。バカですね、わたくしは。


願う度に、雨は強くなります。

心に収まらない雨は、目を伝い、頬を伝って。


二、


本日も、雨です。当然ですね。


一度は陽を見てみたいものです。

彼が見ている世界が見てみたいからそう思うのでしょうね。


「あらあら、わたくしとしましたことが。何を考えてーー」


そんなこと出来るわけないのに。


太陽とはどんなに暖かいのでしょうか?

きっと、とっても暖かいものなのでしょう。


叶わぬ夢は、雨になって流されてゆきます。


冷たい。

冷たいのは、嫌です。


心が、体が、周りが冷えて、痛くてたまらないから。




はっ!

あれ? わたくし、寝てたんですね。辺りはすっかり暗くて、寒いです。


彼は、まだなのでしょうか?

もしかして、今日は来ないのかもーー


「ーーわっ!」

「きゃっ!」


不安と寒さに押し潰されそうになった時でした。

後ろから、不意打ちを受けました。なんたる不覚。


「もう! 驚かさないでくださいな!」

「ごめんごめん。今日はプレゼントがあってね」

「ぷれ……ぜんと、ですか」


ぷれぜんと。初めてもらいます。


彼は子供のような笑顔を見せながら、わたくしの前にひとつの袋を差し出してきました。

赤くて、綺麗な袋です。


「なんでしょう? どうすればよいのですか?」

「まあまあ、開けて開けて」


彼に催促され、わたくしは袋を開けます。


中にはーー白い温かそうなものが入っていました。確か、こーと、と呼ばれるものですね。


「撥水性もあるんだ。似合うと、思って」

「それで、わたくしに? 嬉しいです」


わたくしは早速、こーとを着ました。


わあ、本当に温かい!

はっすいせい、とは何でしょう?


「はっすいせい、とはーー」

「水をはじくことさ。つまり、コートについているフードーー帽子だな。それを被れば傘をささなくてもいいんだよ」


凄い凄い!

傘がいらないなんて。


それにしても、温かい。

雨が、小雨になったようです。


「それじゃ! 今日はちょっと大事な用事があるから」

「えっーー」


ちょっと待って!

どうしてーーどうして行ってしまわれるの?


もっといたいですよ。だって、来たばかりではないですか?


「じゃあ、またね」


声が、出ない。

手を代わりに伸ばす。


ーー届かない。

元から、届かないものなのだったのかもしれませんね。


これは、お別れのぷれぜんと?


「うっ、ううーー」


もう、ダメです。

心の水溜めは決壊して、目から大量に流れ落ちてゆきます。


雨は、止みません。

わたくしのこーとを濡らしてゆきます。


頬を伝う雨を、激しくさせて。


三、


こーと、濡れてしまいました。

確かに、濡れても大丈夫ですけど、限度はあるようですね。


雨が染み込んで、結局寒いです。

笑っちゃいますね。

自分の愚かさを、自分の甘さを、自分のーー


「考えるのは、やめよう」


完全に冷え込みました。


どんどん雨は降ります。

彼は何をしているのでしょう?


もしかして、雨女のわたくしが嫌になって、もう来ないのでしょうか?

好きな女の人ができて、一緒にいるのでしょうか?


大事な用事がある、と言っていたのですから、そうなのでしょう。


ーーまあ、彼が選んだ方なら、仕方ありませんか。


一昨日ぶりに、わたくしはじっくりと雨雲を眺めます。


黒い。

まるでわたくしの心の中に巣食うもののように、それは黒いです。


雨は叩きつけます。

わたくしと地面を、強く、強くーー。




わたくしはベンチに寝転び、雨を受け続けます。


「もう、止まなくていいかな。どうせあの方がいらしてくれないのならばーー」


今日は、来て欲しくありません。


わたくしは、醜いから。

今のわたくしを見たら、きっと嫌うから。


だからーー


「あれ? 何してるの! 風邪引……くのか?」


来てしまわれた。


わたくしは雨に濡れて重くなった体を、起こします。


「なぜ、いらしたのですか?」

「なぜって、君に会いたいからーー」


嘘でしょ?


雨は、降る。


「もう、来ないのではありせんか? 好きな人ができたから」

「何言ってーー」


そちらです。何言ってるの、はそちらです。


雨は、土砂降りです。


「もういいです。もう、来ないでください」

「だから、なんでそんなことーー」

「もう、辛いからです! あなたが好きで好きで仕方がないから!」


言ってしまった。


雨は、強くわたくしと彼とを容赦なく、叩く。


「ーーえっ?」


彼は目を見開きます。

それは、驚きですか?

それとも、無理と言ってるのですか?


いずれにせよ、わたくしには関係ないことですものね。


「ーーもう、良いです。さよならです。大事な人と一緒にいてあげてください」


あーー雨。

ダメです。

まだ、流すには早いですから。


彼は、悲しそうな顔をします。

なんで、そんな顔するのですか?


「なんで、そんなこと言うんだよ」

「なんでってーーわたくしも分かりませんよ。ただ、わたくしには、あなたに、あなたにーー」


流れてしまった。

雨は空からだけでいいのに、わたくしの目からも降ります。


本当のことを言いいますと、悩んで、不安で、苦しんでいたのですよ。


でも、もういいのです。

あなたの自由で。わたくしに会いにこなくていいのですから。

わたくしは、寂しくても振り返りませんから。


「俺にはーーあんたしかいないよ」


えっ?

何を、申されているのですか?


「だから、さよならなんて言わないでくれよーー絶対に帰らないからな! 今日も渡すものがあるんだから!」


渡す、もの?

わたくしは、何も分からず、立ち続けます。


願う度に、雨は強くなるから、もう強くしないようにって思ってたのに。

これでは、またあなたに会いたくなってしまいますよ?


「なんですか? 渡すもの、とは」

「ーーこれ、だよ」


彼はそう言って、わたくしの前に小さな箱を出しました。


そして、そっと中のものを見せます。


今まで見たことのない、輝いたものでした。

こんな鈍色の空なのに、一生懸命輝いている綺麗なーー


「君に届けたかったんだ。バカだよな、俺。これ届けかったのに、君を心配させたんだ」

「ーーなんなのですか、これは」

「これはーー指輪、というものだ」


綺麗。

まだ見たことはありませんが、星や太陽や月もこんなに輝いているものなのでしょうか?


彼は、ゆびわ、と呼ばれるものを箱から取り出すと、わたくしの左手を取ります。


「何をーー」

「いいから」


そう言って、彼はわたくしの左の薬指にゆびわをはめました。


ーーあれ? 雨が、弱くなっていってる?


「これ、君の力を弱める効果があるらしいんだ。だからーー」

「はい、なんでしょう?」

「ーー結婚しよう」


本当に、ですか?

わたくしなんかで、良いのですか?


雨は弱くなってゆき、雲が晴れてゆきます。

届いていたのですね、わたくしの想いは。


わあ!

これがーー星。

とっても、とっても綺麗です。


「ねえ、どうなんだい?」

「ーーえっ? あ、えへへ。もちろん、いいですよ、なんて。こちらからもよろしくお願いします」

「……やった……やったー!」


ふふ、やっぱり可愛らしい方ですね。


雨は、降っていません。


ゆびわさんの力が届いたから、でしょうかね。


星はわたくしたちを見守り続けます。


暗い暗い夜空から、無数の星の光。

彼とわたくしは、降り注ぐ星の光を眺めます。


雨以外に降るものがあったなんて。


光はわたくしたちを、包みます。


傘が必要なくなった、わたくしを迎えてくれるようにーー。


四、


今日の朝は、フレンチトーストです。

インターネットと呼ばれるもので見ました。


あ、そろそろあの人を起こさないと。


「もう朝ですよー」

「…………はーい」


眠たそうな声です。


わたくしは微笑みながら、キッチンに戻ります。

そして、ふと外を見ます。


外はーー雨です。

相変わらず、ですね。


久しぶりの雨に、何だかわたくしは笑顔になってしまいます。




わたくしの周りには、必ず雨が降ります。


でも、それは以前の話です。

ふふ、それもあの人に会えたからでしょうね。


太陽のような、あの人に。




さてと、今日も始まります。

頑張らないとですね。

だって今日は、昨日とは違う、新しい一日なのだからーー。



〜Fin〜

気になる点、感想などございましたら、よろしくお願いいたします。

お読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 雨と彼女の心が一体化しているような表現が好きです。 [一言] 男性視点でも、見てみたいです。 指輪をくれる晴れ男とか
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