第九話 脱出
セルシウスに説得され逃げる覚悟は出来た。
しかし状況はなおも変わらず最悪である。
「問題はどうやって逃げるかだなマスター。あと、どれくらい魔力は残っている?」
「氷刃3発が限界だ」
「おや?逃げるつもりかい?まあ、どう足掻こうと結果は変わらない!君はここで僕に捕らえる」
カリハンの強気な態度も変わらない。
デュランダルを構えた聖騎士達がジリジリと距離を詰めてくる。
「作戦を考える余裕はないか…ここは強行突破でいくしか…」
「いや、違うなマスター。間違っているぞ。策ならある」
そう言ったセルシウスは耳元で俺に作戦を説明してきた。
「わかった…だがそれだとお前は…」
「忘れたかマスター。私はただの使い魔。マスターが死なない限り不死身だ」
使い魔はマスターの魔力で召喚する。
例え1度や2度、使い魔が倒された所でマスターが召喚さえすれば問題ない。
ありきたりな設定ではあるが事実だ。
「いいだろう。その案、採用だ。そのかわり生きたまま帰ってこい」
「出来るかな?魔術もろくに使えない半人前のマスターに仕えている使い魔ごときに」
「魔術は十分使えるだろ?」
「いやお前はまだちゃんと魔術師として魔術を発動出来ていない。…私の手本でもしかと見ていろ」
「ヒソヒソ話もそこまでだ!掛かれ!!」
聖騎士達が一挙に襲いかかってくる。
「"氷爆!!"」
爆発した氷の破片がとんでもない勢いで周囲に飛散する。
セルシウスの魔術。氷爆はその名の通り爆発により氷を破砕、飛散させる魔術だ。俺の推測ではグレネードの3倍位の威力は出てるのではないかと思う。
この魔術を俺が使うときは氷爆となる。効果は一緒だ。
カリハンを始め聖騎士の連中も吹き飛ばされこそしないものの、この威力に圧倒されて動けないでいる。
しかし、俺達は違う。
魔術師は自分の魔術の影響をキャンセルできる。
今のように自分で起こした爆発とか。
例えば火を使う魔術師は自分の炎で火傷したりはしない。
その特性がいまの状況を作り出している。
「氷霧!」
氷爆とほぼ同時に俺は冷気をまとった霧を発生させ、爆風と霧に紛れ涼風の方へ駆け寄る。
爆風が俺の生み出した霧をかき回し、方向感覚を麻痺させる。聖騎士からは俺がどこに行ったかすぐには分からないだろう。
涼風は聖騎士が壁になっていたので爆発の影響はあまり受けていない。
はずだったのだが、涼風は先程いた場所から少し吹き飛ばされたらしい。倒れて気を失っていた。
「涼風!」
返事はない。だが息はあるようだ。
同僚が殺されていたことが余程ショックだったのだろう。
それもそうだ。ついこの間までただの女子高生だったのだ。身近な人間の死すら体験していなくてもおかしくない。
それなのにこんな形で死というものに直面した。正気でいられる方がおかしい。
霧の方からカリハンと聖騎士達の怒鳴り声が聞こえてくる。
「いたぞ!あっちに行ったぞ!カリハン様の方だ!」
「追え!追え!」
「あの化け物っ!復讐は諦めたのではなかったのかっ!」
「カリハン様に何かあっては我々の首が飛ぶ!なんとしてでも守り抜け!!」
どうやら上手くいったようだ。
氷幻衣。
セルシウスにしか使えない魔術の1つで、幻覚を見せる氷の衣を纏うらしい。簡単に言えば変幻の魔術だ。
セルシウスの建てた作戦はセルシウスが囮になり俺達が逃げるというもの。
セルシウスには申し訳ないが非常事態だ。
最善と信じた行動をするしかない。
俺は気を失ったままの涼風を背負い教会を出る。
どうやら上手く撒くことができたようだ。
カリハン達の追撃はない。
教会から少し離れた所で涼風を降ろし後方を確認する。
セルシウスはどうなったのか?あいつも無事脱出できたんだろうか?
これで彼女まで犠牲になったとしたら俺は一体どうやって自分の罪を償えばいいのか。
俺がカリハンを前に取り乱したりしたから。
「私が苦労して時間を稼いだというのに何をやっておるのだ?マスターよ。
後方の敵を警戒する暇があるなら少しでも距離を稼げ」
背後からセルシウスの声。
セルシウスは傷だらけの状態だった。
身体中のいたるところに剣による切り傷が付いている。
駆け寄ろうとする俺を片手で静止する。
「大丈夫だ。これ程度の傷大したことはない。私には再生能力もあるしな。
それよりマスター。どうやら連中は追跡するのを諦め、包囲することにしたらしい。見ろ」
セルシウスが指差す先には紙で作られたかのように真っ白な鳥が数匹飛んでいた。
「あれは聖騎士の使う伝書紙鳩だ。魔力による攻撃に強い耐性を持っている。
おそらく増援を呼ぶために近隣の街に向かっているのだろう。撃ち落としたいが今の状態では不可能だな。いまは逃げよう」
「だが、どこに逃げる?街はカリハンの騎士団がいる以上不可能だし他に頼れるような場所なんか異世界人の俺達には…」
この世界に俺達の居場所はもうない。
やっと手に入れたのに奪われた。俺も。涼風も。
「いいかマスター。奴らが我々を一級犯罪者として指名手配でもすれば騎士団だけじゃなく冒険者や民衆だって敵になる。
包囲はすぐに完成する。逃げ場所を考える前にとにかくここから離れるのが先決だろう。
それが上手くいくかも分からないのが現状なのだからな」
確かにそうだ。ここで包囲され捕まったら本末転倒。セルシウスが傷だらけになって稼いだ時間も無駄になる。
だが、この状況であてもなく逃げるというのは危険過ぎる。
涼風もこんな様子だし…
「あの鳥もどきを落とせばいいの?」
先程まで気を失っていた涼風が起きていた。
だが前のような元気はなく、目付きも少し鋭くなっている。
「大丈夫か?怪我とかは?」
「大丈夫。それより時間がないんでしょ」
そっけなく返されてしまった。
「……そうだ。あの鳥を落とせば包囲までの時間を少しは稼げる。しかし貴様に出来るのか?」
セルシウスが少し厳しい態度で接する。
「できるわ。魔力もまだ残ってるし、魔力耐性があっても実弾なら関係ない」
伝書紙鳩は普通の鳥より飛ぶスピードはかなり遅い。まだそれほど離れていない。高度もそれほどではない。
「神のみぞ知る異端の神装…発現せよ」
涼風はデネルを出し精密射撃の姿勢をとる。
「この女…神格武装を使うのか。とんでもない仲間を見つけたな、マスター。だが……」
セルシウスが小声で話しかけてくる。神格武装とやらはそれほど強力な武器なのか。
それはなんとなく理解できるが一つ引っかかった。
「だが、なんだ?」
セルシウスが語尾につけた、だが、という言葉が気になった。
涼風の構えたデネルから数発の弾丸が放たれる。
弾丸はいとも簡単に伝書紙鳩を跡形もなく吹き飛ばしていく。
「いや、彼女の心は強い。マスター、お前もだがこの世界の”特別な力”というのは持ち主をひどく苦しめるものだ。お前が守ってやれ」
セルシウスの顔の表情は変わらない。
しかし、その声はどこか儚げな感じがした。
「終わったわよ」
涼風がデネルを消し、立ち上がる。
「涼風といったな、少女よ。見事だ」
セルシウスが少し大げさに涼風を褒める。
さっきまでのは悲しそうなのは気のせいだったのか?
セルシウスは身体が氷で出来ている体質上、表情が変わらないから何を考えているのか分からない。
「涼風、すまない」
俺は涼風に謝っていた。
「なんで謝るの?それより逃げるんでしょ?」
そうだ。時間が少ない事には変わりない。
「私に案があるわ」
涼風はそう言って歩きだした。
歩いていく涼風に声を呼び止める。
「どこに行く気だ?」
振り向いた涼風は振り返り淡々と告げた。
「西、白虎領よ」