第八話 無力
教会に着いた俺と涼風の2人はこれで一件落着だと思っていた。
人質になっていた涼風の同僚を救出し街に帰る。
俺んちは壊れているからどこか宿でもとって寝よう。
もう日が昇りつつあるが徹夜の戦闘のせいで眠い。久々の戦闘は疲れた。
赤竜の牙のアジトから金品を漁るのも忘れてはいけないな。家を建て直すための金は必要だ。
そしてやっと手に入れた武器商人という仕事をして平和に過ごす日々。
人を殺すことなどしなくてもいい日々がまた戻ってくる。
そんな想像は教会の中に入った瞬間消え去った。
助けたはずの人質は全員。ある者は剣で刺され、またある者は身体を切り刻まれ床いっぱいに大量の血を拡げ死んでいた。
「いやあぁぁぁ!!!」
涼風が悲鳴を上げて腰を落とす。
ここまで来るまでの間は俺の背中に背負われていた涼風だが、男に背負われている所を同僚に見られたくないと言う彼女の強い主張により一人で歩いていた。
結局その行為の意味はなくなってしまったが。
この状況どういうことなのか。
丁寧なことに一人の遺体につき一本剣が刺されている。それも全員に。
刺さっている剣の柄には龍の紋章が刻まれている。
俺はこの剣を知っている。
この剣は青龍領と呼ばれるここら一帯を治める貴族。ブルードラゴン家。
通称ブルドラ家の家紋だ。
突然奥から声がした。振り向くと奥から派手な鎧に身を包んだ男が姿を現した。
「おや?まだ生き残りがいたのか?ん?
その顔はもしかして氷使い?久しぶりだな。
うまく釣れたのか。よかったよかった。
全く、大変だったんだよ。
僕の騎士団を動かすわけにもいかないから下衆な冒険者の連中に住所を調べさせて、盗みまでさせておびき出したんだ。
いま冒険者の連中の口封じをしてたとこだ。
あとはそこの女を殺しお前を捕らえて王のところに連れて行く。
二代目魔神を捕らえることができれば。
そうすれば次の王はこの僕だ!」
カリハン・ゼウス・ブルードラゴン。
青龍領の次期領主と言われている男だ。
こいつはルミナの仇。
俺はこいつを殺す。殺さなくてはいけない。
しかしそのまえに確認することがある。
「貴様。俺を呼び出すためだけにこんな事をしたのか?」
「もちろん。僕が王になるためだ。当たり前の犠牲だ。死んだ者も次期王のために死ねたと知ればさぞ喜ぶだろう?
ああ、そこの女、お前があの世に行って死んだ奴に伝えてこい。名誉の死、大義であったとな」
余裕の笑顔と青龍の貴族特有の太々しさを放ちながら絶望の淵にいる涼風にさらに追い討ちをかけるカリハン。
俺の身体中から怒りが溢れてくるのが分かる。
絶対に殺す。
俺から大切な人を奪っただけでなく、涼風の同僚や赤竜の牙の連中を巻き込んだ。
万死に値するとはこの事だ。
ほんの少しの肉片も残させはしない。
「カリハン・ゼウス・ブルードラゴン!貴様が俺やルミナにしたこと覚えているな!!忘れたとは言わせない!」
「くるか?だが君では僕に傷一つつけられない」
カリハンが指を鳴らすとカリハンが先ほど出てきた方から高貴な鎧を身にまとった騎士がゾロゾロと出てきた。ざっと15人くらいか。
「青龍領屈指の聖騎士、対魔の専門家だ。降参しろ。もう一度言おう。君の力じゃ僕に傷一つ付けることもできない」
「うるせーぞ!!クソ虫っ!!!!」
双剣抜刀。
衝動に任せて剣を引き抜き、カリハンに斬りかかる。
即座に反応した2人の聖騎士が間に入ってくる。
「氷刃!!」
一瞬で形成された2本の氷の刃が聖騎士に一直線に飛んでいくが聖騎士の剣に弾かれた。
しかし、隙はできた。
2人の聖騎士のわずかな隙間に滑り込み、カリハンを狙う。
しかし、その奥にもまた2人の聖騎士がカリハンをかばうように壁を作っていた。
「氷魔槍!」
両手の剣を即座に納め、氷魔槍で聖騎士2人を薙ぎはらう。
だが氷魔槍は聖騎士が構えた剣に触れた瞬間砕けてしまった。
「なっ!」
魔力がもうほとんど残っていないのか?
氷魔槍も絶零ほどではないがかなりの魔力消費をする。氷魔槍の形を保てるほどの魔力がもう俺にはない。
だが諦める訳にはいかない。
「うおおお!!!!」
再度、双剣抜刀。
回転斬りで聖騎士2人を斬り払う。
斬撃は剣で弾かれたが、うまれたほんの一瞬の隙を逃さない。
2人の間を強引に押し通りその奥にいるカリハンに斬りかかる。
「っ死ね!!カリハンっ!!!!!」
双剣を勢いよく振り下ろしたが、剣はカリハンに届く前に奴の抜いた剣によって弾かれる。
「うおおおおおお!!!!!!」
我を忘れていた。
ただ、憎しみに任せて両手に握られた剣をカリハンに振り続ける。
だから俺は自分が置かれている状況を理解出来ていなかった。
俺はカリハンを殺すことに夢中になり、周りを聖騎士に包囲されていることに気づけなかった。
「だから!無駄なんだよ!!」
俺の斬撃を鬱陶しく思ったカリハンが斬り払う。
俺は一端距離を置く。
「抵抗など無駄だ!手負いの貴様など無力同然!」
確かにこのままではまずい。
あまり使いたくなかったが奥の手を使うことにする。
「こい!セルシウス!!」
氷の結晶がどこからともなく集まっていき、幼い少女を形成していく。
ほんの一瞬で氷で出来た小学生くらいの大きさの少女が現れる。
「久しいな、マスター。私を呼ぶ程の要件とは……
ああ、ブルドラの小童か。
にしてもこの状況……どうするつもりだ?」
「ほう、使い魔か。いや、そのレベルだと精霊と呼ぶべきか?流石魔神だ、そんな駒を残しているとは…全員デュランダルを使え!」
聖騎士が各々腰に剣を納め、背中から別の剣を引き抜いていく。
デュランダル。
この世界で最も量産、市販されているマイナーな魔剣である。
魔剣とは魔力の伝導率が高い鉱石を使い、特殊な製法で作られる剣だ。
「セルシウス。奴を殺す。手を貸せ」
「本気で言ってるのか?」
「もちろん本気だ」
「無理だな」
セルシウスは即答だった。
「なに?」
声に力が入る。
「不可能だと言ったんだマスター。この状況のどこに勝機があると言うんだ?お前も分かるだろう?あのデュランダルは抗魔剣デュランダルだ。魔力体を切断する効果がある。いくら私の魔術でもマスターのお前がそんな状態ではあの剣に安々と弾かれるだけだ」
「氷魔術は最強なんだろ!魔神ブリューナクはこんな状況でも負けたりはしなかったはずだ!なら俺にだって…」
「自惚れるな」
顔も氷で出来ているので表情は読めない。ただ、その身体から発せられる冷気のように冷たい声音だった。
「それに先代だって逃げたさ。
いいか?勝てない相手には挑まない。だから最強なんだ。そんなことも理解出来ないお前じゃなかったはずだ。とにかくここは逃げろ。お前は先代よりも強くなれる可能性がある。こんなガキに構って死ぬな」
「だが……」
「それにお前が死んだらルミナの夢を叶える奴がいなくなるだろ」
ルミナ。
俺の大切な人。
俺は彼女を守れなかった。
だから代わりに彼女の夢を叶えると誓った。
誓ったはずだった。
俺はいつの間にか彼女の敵討ちに囚われていた。
「そこにいる女もそうだ。あれはお前が責任をとらなくてはいけない者だろう?」
確かにそうだ。
俺の力のせいで涼風も失いたくないものを失った。彼女は被害者だ。原因は俺にある。
彼女は俺が守らなくてはいけない。
「そうだな。お前の言う通りかもしれない。ありがとうセルシウス」
「わかったならいいさ。その力がある限りお前は私のマスターだからな」
「ああ、でも。この状況に変わりはないか」
周囲にはデュランダルを構えた聖騎士。
奥には余裕のカリハン。
俺はここから逃げなくてはいけない。
涼風と共に。