第十五話 ケルミス山脈突破作戦(前編)
「増えているな」
「そうね」
商団の混乱が治まるまで山賊を牽制していた時、敵の数が増えている事に気が付いた。
「作戦はあるのか?」
「とにかく、商団を敵に完全に包囲されないように片っ端から叩いていくしかないわ。
ただ、その後の作戦上、ある程度まで包囲させて戦力を分散させた方がいい。」
「難しいな」
「ごめんなさい」
「え?いや、涼風のことは責めてないよ。作戦もそれしかないと思うし」
「でも、うまくいくとも限らないし」
作戦の成否は商団の人達の命に関わる。
彼らの中には女や子供もいる。
そんな人達の命を預かるなんて……とでも考えているのだろう。
「まあ、見てろ。このアイス・カイザー様の華麗な双剣捌きで、こんな状況覆してやるよ!」
涼風に悲観的になられていると困る、ここは自虐の中二で励ます。
「ええ。よろしく頼むわ。でも、気をつけて。奴らの本当の目的がまだハッキリしないから」
「金とかじゃないのか?」
「普通はそうなんだけど、この山賊達はどこか普通じゃない。普通なら各々が自由奔放に一気に攻めて略奪をする。こんな余裕は作らせないし、あんな統率がとれたりはしない」
「確かに」
俺たちの方から見て右側には登り、左側には下りの坂がある。どちらも木々が生い茂っている。
しかし、坂の傾斜は結構緩いので人が移動するのに深刻な影響は出ないと思う。
山道は馬車が1台進める程度。狭い山道だ。
俺たちには逃げ場がない。
なら一気に攻勢を掛けてしまえばすぐに決着が付くだろう。
「確かに。奴らの攻撃はどこか慎重過ぎるような所があった気がするな」
「とにかく私は視界がいい馬車の上から攻撃するわ。何か動きがあったらすぐに教える。とにかく深追いだけはダメよ」
「わかった」
「待ってくれ!」
勢い良く飛び出して行こうとした所でストップがかかる。
その声の主は商団のリーダー。カニマさんだった。
「待たせてすまない。準備ができた。作戦はティナちゃんから聞いたが、もし山賊を突破し振り切れた所で、先にあるのは山村1つだけだ。村人も巻き込んでしまうかもしれない」
「いえ、村にはいま青龍騎士団が駐屯しているわ。いくら山賊の数が多くても手出しはできないと思うの」
「そうだったのか。それならその案に乗らせてもらうとしよう。……それで、君達は来れるのか?」
この人の言う、来れるのか?というのは、俺たちの特別な事情に青龍騎士団は関係しているのか?という意味だろう。
この人は大体のことは見通しているのだろう。
ならば俺の答えは1つだ。
「申し訳ありませんが、俺たちは一緒には行けません。俺たちに会ったことは出来れば青龍騎士団には話さないで頂けるとありがたいのですが、商団の安全を図るためであれば密告されても構いません」
「山城君!?あなたは何を言ってるの?」
「そのかわり、ティナのことは頼みます」
次の一言で涼風も押し黙る。
「わかった。才なき力の限りを尽くすと約束する。
また、君達の協力に感謝する。この恩は近い将来、我らカニマ商団が必ず報いると約束しよう」
そう言ったカニマさんはとても複雑な表情をしていた。
今日会ったばかりだというのに、俺たちの心配をしてくれているのだろう。
「そんな顔をしないでください。俺たちが選んだ道です」
「いや、商人というのは義理堅い生き物でな。お客様でもあり、命を救ってくれた恩人でもある君達を死地に置いていくというのに、心苦しくないはずがない」
「でも……まだ救えていません」
戦いはこれからなのだ。
「それだけじゃない。君達はティナちゃんにも良くしてくれた。山城君には言ったが彼女のあんな笑顔を見たのは本当に初めてだったんだ。
俺が言える立場ではないが、なんとしてでも生き残って、また彼女に会いに来てやってくれ」
「……わかりました」
その後、俺たちは手早くミーティングを済ませ、すぐさま作戦に移る。
ミーティングの間は商団の傭兵たちが時間を稼いでくれた。
また、商団から数名、男達が名乗りを上げてくれた。武器や防具は商団の品物を利用してもらう。
その数名にはカニマさんも含まれている。
これでこちらの戦力は12人。俺と涼風とティナを含めれば15人だ。
さらに涼風は12人を5つのチームに分ける。
涼風の指示で各自、指定された馬車に乗り込む。
先頭を行くのは涼風。それとカニマさんの率いるα(アルファ)チーム。このチームは戦闘経験のある傭兵が中心の4人である。
そのすぐ後ろの馬車にBチーム。このチームも傭兵を中心にしている。
隊列の中央の馬車にCチーム。このチームは弓兵部隊になっている。主に商人がこのチームを構成している。商人に弓が使えるのかと直接聞いてみたところ、彼らは朱雀領で兵役を経験したことがあると言う。加えて、朱雀軍では商人は弓兵として訓練を受けるとも言っていた。
隊列の後半の真ん中あたりにDチーム。
このチームは戦闘経験のない、志願してくれた戦闘員で構成している。鎧と剣は装備しているがあくまで予備戦力としての扱いだ。
俺とティナは2人で隊列の最後尾。
俺たち2人には特殊な作戦も涼風から伝えられている。
準備はできた。
作戦開始だ。
「どう!どう!」
先頭の馬車が動き出す。
直後、1番先頭の馬車に乗っている涼風が道先にグレネードランチャーを撃ち込み、待ち構えていた山賊を吹き飛ばしていく。
「一気に進め!!」
隊列の先頭にいるカニマさんが声を上げ、商団の馬車が一挙に進んでいく。
包囲することしか頭になかった山賊は慌てて後を追いかけてくる。
だが馬の速度には到底追いつけない。
ある程度進み、道も上り坂になってきた。背後に山賊の影はない。
なんとか巻けたと思った矢先。先頭の馬車が急停車した。後続の馬車も次々と急停車していく。
「やはりか!」
敵の待ち伏せは涼風が予想していた。
「……コマンドリーダーより各員へ。イエロー発生。プランBで対処せよ…」
「了解!」
コマンドリーダーとは涼風のことだ。
涼風は今、ファンタジー使用の通信機を使っている。見た目はただの綺麗な石だが、魔力を通すと通信が可能らしい。通称、魔結晶。
他にも様々なことに利用できる。魔剣デュランダルもこの石を素材の一つにしていた。
ただ、この石、一度声を通すと回線が固定されてしまう。
今回の場合は涼風の石は話すことだけ。俺たちのは涼風の声を聴くだけしかできない。
原石がもっと大きければいいらしいが今回は仕方がない。
「……コマンドリーダーよりjokerへ。タイミングはそちらに任せるわ」
「…了解」
「みゆき姉、なんだって?」
「無理するなってさ」
「そっか……」
「ティナ……」
これから俺たちがやろうとしているのは人殺しだ。この娘にそれをさせていいのか?
俺の葛藤をよそに追いかけてきていた山賊達は着々と近づいてきていた。