第十一話 休息なんてなかった
日が昇ってからいくらか時間が経った。
俺達2人は人が通らないような獣道の動物達が作った藪のアーチを掻い潜って進んでいた。
「山城君。もっと姿勢を低くして。そんな大きなサイズの動物はいないわよ?」
「わかってるよ。
まったく。こんながさ藪、剣で切り開けば簡単なのに…」
「え?そんなことしたら追跡に居場所を教えるようなものじゃない」
「だからってこんな道じゃなくても…
なんかこの道、所々臭いし」
「普通の山道は騎士団に封鎖されてるし、どうせこの道しかないわ。臭いのは獣の糞だから大丈夫。こっちの臭いを消してくれるわ」
この娘、本当に女の子だっけ?
俺の知ってる女の子というのはこう、動物の糞とか見るだけでキャーキャー騒ぐような人種だったような気がしたのだが…
「山城君?あなたは心の声をのつもりかもしれないけど、所々(ところどころ)声に出てるわよ」
「まじで?」
「読心術だとか思ってたでしょ?」
「うん」
「中二病特有の癖よね。たまにいるし、お店とかで1人でブツブツ言ってる人」
全然気づかなかった。
俺がそんな気持ち悪い奴になっていたなんて。
「俺、他になんか1人で言ってたことあった?」
「結構たくさんね。でも内容までは覚えてないわよ?」
「覚えてなくて結構です」
「もうすぐ道が開けるわ。警戒して」
「了解」
藪のアーチの先は少し開けており、見晴らしが良い場所になっていた。
おそらくここが山の頂上なのだろう。
東の方角を見れば、昨日まで居た街が見える。
西にはこれから超えていかねばならない山々が見える。いまいる山も結構頑張って登ったつもりだったが、それほど高い山でもなかったようだ。
「移動しましょう。ここは見つかりやすいから」
「ああ」
山を下り、また登り。
何度かそれを繰り返した。
険しい道のりだった。
藪のアーチも何度か潜ったし、坂道で転がり落ちそうになったりもした。
そうこうしているうちに日が傾いてきた。
「今日はこの辺で野宿にしましょう」
「了解」
坂道の途中にあるなんの変哲もない開けた場所。しかし、涼風が言うにはここが最適らしい。
「私は近くに川があるから食料を採ってくるわ。山城君は寝床でも作っておいて」
「ん?川なんてあったか?」
「音が聞こえるでしょ?」
確かに落ち着いて耳をすませば、川の音が聞こえる。
全然気がつかなかった。
「それじゃあ行ってくるわ」
「ああ、気をつけて」
涼風はこんな状況でも落ち着いている。
慣れているという印象も受ける。
「さて、寝床を作りますか!」
3分後。寝床完成。
きれいそうな落ち葉を適当に集めただけだから、これでいいのかすごい疑問だが。
これで俺の仕事終了。暇になったな。
そうだ、料理するなら火を起こしておこう。暗くなったら明かりがないといけなくなるし。
というわけで、火起こしをする。
確か現世の知識によると、氷の粒がぶつかることにより生まれる静電気が雷になったはず。
なら、俺の魔術で氷をぶつけて、雷を作って落とせば火がつくのでは?
あれ?俺、天才じゃね?
早速実行しよう。
「で?山城君?あなたは氷を両手に握りしめて何をしようとしているのかしら…」
「いや、これで火起こしを…」
「あなた。馬鹿だったのね」
「面目ないです」
「いいわ。それに火を起こされても困るし」
「え?なんで?」
「煙」
「すみませんでした!!」
深々と頭を下げた。
火をつければ煙が上がってしまう。そんなことになれば、敵にこちらの位置を教えるようなものだ。
「私がやるわ。暗くなれば明かりが漏れないようにすればいいだけだし。山城君はそこの先にある川で魚を捕まえて来て」
と言って、さっき涼風が行った方に指を差す。
「あれ?涼風、魚捕まえて戻って来たわけじゃなかったのか?」
「うっ!」
涼風が固まる。
「ならどうして戻って来たんだ?忘れ物でもないだろうし…」
「山城君。私ね、実は生きてる魚とか触った事ないの」
「で?」
「それで、えーと…その…」
言いづらいのか。なんなのかよくわからない。
「なんなんだ?」
「…怖いの」
顔を赤めた涼風がボソッとつぶやいた。
「は?」
「だから!!生きてる魚とか怖くて触れないの!!!」
というわけで、俺が魚を捕まえることになった。
まったく。彼女の性格にも問題ありだな。
こう見えて俺は釣りは得意だ。
中二病だったり、ゲームやアニメばかり見ている点からインドアな印象を受けているかもしれないが、俺は現世では部活もやってたし、数多のバイトもこなしていた。
家が海に近かったのでよく1人で釣りにも行っていた。
俺は友人関係以外は平均以上のスペックだと自負している。
さっそく俺の実力を見せつけるいい機会だ。
適当な棒を見つけ、カバンから縄を出す。
縄をバラして1本の紐にして、それを巻きつけ釣竿を作る。
カバンは昨日、涼風に会う前に準備しておいたものだ。
本当は爆破犯を拘束するために準備しておいたものだったが、こんな使い方をする事になるとは思ってもいなかった。
釣り針は氷魔術で作る。
俺の氷は水に浸けても溶けないからな。
餌は適当に調達。
かなり雑な釣りセットだったが、どういうわけかかなり釣れた。ほとんど入れ食いだった。
少し気味が悪いくらいだ。
釣れる魚もどこか禍々しい感じがする。
まあ、気のせいということにしよう。
川魚なんて大抵焼けば食べられるし。
なにより俺の腹が限界だ。
釣れた魚をさばいて涼風のところに戻った頃には辺りは真っ暗だった。
「ずいぶんたくさん釣ってきたのね」
「ああ、残ったのは燻製にでもすればいいかと思ってな」
「なるほど」
この魚。焼いてもあまりいい匂いがしないな。
なんてことを考えていた時のことである。
「…山城君」
「…ああ」
草むらの方で音がした。
最初はこの山の獣かなにかかと思ったが、それにしては少し大きい。
人間だ。
涼風が銃を構えて立ち上がる。サイレンサー付きだ。
「…山城君。敵の数を知りたいから、できれば生きて捕らえて。でも、絶対逃がしちゃだめよ」
「了解だ」
俺も剣を構え、立ち上がる。
「合図したら火を消して」
「だけど、そしたら」
「大丈夫。私には暗視スコープがある。私が敵を見つけるから山城君が捕らえて。私は援護するから」
暗視スコープ。暗闇を見通すことが出来る装置
。そんなものまで使えるのか。
「わかった」
「…3…2…1…今よ!」
「ふん!」
火を蹴り消す。
一瞬で辺りは闇に包まれる。
「え?」
涼風が驚きの声を上げる。
「どうした⁉︎」
「いないの」
「なに?」
「ここ周辺には敵もいない!動物すら!」
「馬鹿な!」
じゃあさっきの音はなんだ?
"火砲"
直後。先ほど俺が消したはずの場所に火が灯る。
「なっ!」
俺たちが振り向くとそこには、火に照らされ輝きを放っているかのような美少女が座っていた。
赤い髪でショートヘア。肌は健康そうな褐色。歳は12才くらいだろうか?
まだ幼い容貌と体型。
しかし、胸はでかい。
「兄ちゃんたちこの魚は食べられないよ?」
「「は?」」
なぜかとんでもないくらいドヤ顔の美少女。
俺も涼風もただ驚くことしかできなかった。