第十話 夜明け
現在この国、ウーシャ王国は5つの領土に分かれている。
中心にある黄麟領。
北の玄武領。
南の朱雀領。
今いる東の青龍領。
そして西の白虎領。
もとは領土の一つ一つが一つの国だったが第一次聖魔戦争の際に初代魔王サタンの圧倒的な力に対抗するため一つの国になったらしい。
いまいるのは青龍領。
涼風が行くと言っているのは青龍から海を挟んで隣にある白虎領だ。
俺達は白虎に向かうため。ここから脱出するため行動していた。
「おそらく最善策であろうな」
セルシウスが呟く。それに俺も同意する。
「そうだな。青龍領内に留まるのは自殺行為だ。
言わば、ここはカリハンの庭みたいなものだ。しかも犬付き。番犬から忠犬までなんでもごされだ」
「山城君、皮肉を言う暇があるなら少しでも速く足を動かして」
「ああ、わかってるよ」
涼風は目覚めてからこの方、なかなか手厳しい。
ツンツンしている。
まあ仕方ない、といえばそうだろう。
あえて何も突っ込まない。
「ところでマスター」
「どうした?」
プカプカと宙を浮いていたセルシウスが話を振ってきた。
精霊クラスの使い魔であるセルシウスは空中を飛ぶことができる。
飛ぶというより浮くという感じだが…
「私もそろそろ休もうと思う。疲れたしな。また必要とあらば呼んでくれ」
「ああ、そうだな。
セルシウス今回はありがとう。お前がいなきゃ俺は捕まって今頃、黄麟で牢屋の中だ」
はぁ〜と溜息をつくセルシウス。
「いいかマスター。まだ全然危機は脱していないんだぞ?油断大敵。忘れるなよ」
「わかったよ」
「それでは。頑張れよ、マイマスター」
セルシウスはまるで昇華するかのように消えた。
「とんでもない隠し球を持ってるのね。山城君。
まさか精霊クラスの使い魔を使役できるなんてね」
「ああ、それより涼風。大丈夫なのか?ケルベロスと戦った時の怪我とかは…」
「大丈夫。弱音なんて上げていられないもの…
それより、白虎に向かうにはまず、目の前のケルミス山脈を越えなくてはいけないわ。その後シーブル平原を通って、ケリブル海峡を超えなくてはいけないわ。
ハッキリ言って過酷な旅になることは間違いないわ」
目の前には見たことのないような高さの山々がそびえ立っている。
俺はこれを超えなくてはいけない。
しかもこれを無事超えてもスタートに過ぎない。
もっと厳しい困難が待っている。
「覚悟は出来ている」
「そう」
だが、覚悟はあっても経済的な問題がネックになるな。
宿代。飯代。移動費。野宿のための道具とかも準備が必要か?
旅をしたことないので詳しいことは分からんが…
俺はいま余り持ち合わせがない。
そもそもこの数ヶ月、俺はそんなに金銭的に豊かな生活を送っていたわけではない。
家にある全財産を持ってしても白虎まで旅ができるほどの金はない。たぶん。
「涼風、お前いまどれくらい金持ってるんだ?」
「なに?集り?」
「ちげーよ!」
「じゃあなに?」
振り向きもしない涼風がスタスタと歩いていく。
なんか知らんが早い。なにより態度が冷たい。
「いや、その…」
「もしかして旅のお金を心配しているの?」
「ああ」
「……まあ、山城君は武器商人だったんだもんね。旅の経験ないし、仕方ないか」
呆れたような涼風は溜息ひとつ。その後歩くペースを俺に合わせてから静かに語り始めた。
「えっとね?私は何度か冒険者としてこっちの世界を旅してるからある程度以上にこういうことには詳しいつもり。
だからこの脱出というか、亡命作戦に関しては私に仕切らせてもらっていい?」
「構わないが、涼風。旅とかしたことあったのか。冒険者だったんだろ?」
「そうよ。あのね?実際の冒険者っていうのは、例えるなら野生化したフリーターみたいなものなの。
たまに民営ギルドの冒険者を何でも屋みたいに見てる人もいるけどハッキリ言ってそんな甘くない。私も最初はギルドの先輩によく怒られて……」
話していた涼風の口が急に止まった。
「涼風?」
涼風は目に涙を浮かべていた。
しかし、その涙を流さないようにと必死にこらえている。
殺されたギルドの同僚の事を思い出してしまったのだろう。
「ごめんなさい。なんでもないから、気にしないで…」
そんな状態で、気にするなという方が無理だ。
すごい気にする。なにか声を掛けるべきなのかもしれない。
しかし、俺は涼風に何も声をかけない。
泣いている女の子を放っておくなんて男として間違っているのかもしれない。
だが、俺は男として、とか、そういう社会的価値観などに捕らわれたりしたくない。
1人の人、俺個人として考えた。
そしてこれが俺。山城智一の答えだ。
彼女が気にしないで、と言っているのだ。
無理に突っ込まない方が彼女のためだと思う。
それに、ろくに彼女の事情や境遇も知らないで、形だけの慰めをされる方が嫌だろう。
少なくとも俺は嫌だ。
何にも知らないくせにって怒る。
しかし、会話の都合上、黙る訳にはいかない。
放置すれば空気が死ぬ。
「そういえば涼風って銃の扱いってどうやって覚えたんだ?」
「え?」
少し驚いた涼風が顔を上げる。
すぐ横を歩いていたもので、バッチリ目が合ってしまった。すぐさま視線を進行方向にそびえ立つ山々に移す。
「いや、ほら。こっちの世界には滅多に銃なんてないじゃん?なのに涼風は銃の扱いから何まで上手いから。どこで覚えたのかな〜って」
我ながら中々な慌てぶりだ。
話を逸らす作戦。これが俺の最善策。
「そんな上手くはないわよ……」
少しの間の後、素の。
今日会った人に対して使うのはおかしいかもしれないが、いつもの涼風に戻って話しはじめた。
道には少し傾斜が出てきた。山が近づいている。
「私のお父さんは射撃のプロでね。あまり大きな声では言えないけど、裏社会ではトップクラスと言われるほどの始末屋だったの。だから娘の私もお父さんによく射撃の訓練を受けていたわ」
「って…マジかよ。シティなんたらじゃあるまいし。けど…いいな。俺も射撃とかやってみたかったな。その親父さんには教わるのは気が引けるけど。羨ましいよ」
「でも、私のお父さんかなり厳しい人だから。
門限とか決められてたし。高校も勝手に女子校にされたり。勉強もかなりやらされたわ」
こういうのを箱入り娘と呼ぶのだろうか?
しかも父親はなんたらハンターだ。
本当にこういう境遇の人がいるという所に驚きだ。
「大切にされてたんだな。いい親父さんだよ。たぶん」
「たぶんってなによ!言っとくけどパパは銃を持ってる時はすごく優しいんだからね‼︎」
それは人として大丈夫なのか?
「普通のパパは銃持ってません」
「うう、まあそうだけど」
初めて涼風を言い負かせた気がする。
場の雰囲気も随分と良くなった気がする。
「山城くん。その…」
なにか言いたげな涼風。もじもじしてる仕草がやけに目に付く。耳も少し赤くなっている。
しかし俺には涼風が何を言おうとしているのか、さっぱりわからん。
なら考えろ。考えるんだ。
今の流れで涼風が言いたいけど言いづらいことだ。彼女を苦しませる訳にはいかない。
せっかくここまで持ってきたんだ。
「ああ、わかった。
言わない言わない。親父さんが始末屋だとか言ったりしないよ」
俺の推理の結果。彼女が言いづらい事と言ったらこのことだろう。自分から話した手前。父親が犯罪者であることを黙ってろなんて言いづらいだろうしな。
「え?あ、ああ。そうね。その事は秘密にしておいてくれると嬉しいわ。けど、そうじゃなくてね…」
「それに俺はあっちの世界に帰るつもりないし」
「………そう」
「うん」
空気が壊れた。場が氷った。会話が途絶えた。
俺の一言で妙な静寂が生まれてしまった。
道は完全に山道となっている。あたりには木が生い茂っている。道も険しくなってきた。
いつのまにか日も昇っている。
大変な1日だった。
そして今日も恐らく大変になるのだろう。