悪魔の囁き
ひっそりと町外れの住宅街にその店は営業している。
閑静な住宅地の端っこでの営業は昼間の客も少ない
決して賑わう事の無い
その店の
看板には…
『等価交換堂』と掲げてある。
店の中を覗いてみよう…
おっと!
その前に開店時間と共に現れ
まるで自分の居場所だと主張するように
座り込む黒猫のアズキが居る
このアズキ…
等価交換堂で飼われて居るわけではないが
いつも…入り口に居る。
アズキを避ける様にドアを開けるとカラランと乾いた音を立て客のおとないを主へ告げる。
『おや…いらっしゃいませ。珍しいですね?
貴方がワザワザ私の店に顔を出すなんて。』
私は少し含み笑いを返し
『黒ちゃん…ブレンドを』
早速用意に掛かる黒ちゃんたちまち気品のある芳しい香りが漂ってきた。
香り高いブレンド珈琲が
等価交換堂の売りだ。
辺りを見回してみよう。
良く手入れされた。
調度品やアンティークの時計などが並ぶ
本来はアンティークの店なのだがいつの間にか
珈琲専門店の様になってしまった。
大きな声では言えないが
この店で扱うものはもう一つある。
おやっ?そのもう一つのものを求めて客がやって来た。
私は一刻の間姿を隠すといたしましょう。
カラランっ
カウベルを鳴らし深刻そうな顔をして一人の女が入ってきた。
『いらっしゃいませ…』
『あのう?
ここは巷には流通しない物を扱っているって本当ですか?』
『ええ…大っぴらには扱っていませんが
確かに巷には流通しない
流通するはずが無い
また流通してはいけない
《モノ》を確かに扱っては居ますが?
何をご所望でしょうか?』
『実は…息子の寿命を売って頂きたいのです。』
『息子さんの命とは?』
『実は息子は三歳なのですが拡張型心筋症という根治するには心臓移植しか無い難病に侵され二十歳迄は生きられないと
医者から宣告されました。
このまま二十歳の声すら聞けずまた病院の壁しか知らない人生を余儀なくされた。人生を送らなければいけない息子が不憫で』
『解りました。
但し…ここは…等価交換堂です。貴女の息子さんの寿命に見会うもの
貴女の寿命が対価となります。それでも宜しいですか?』
『息子の命が…寿命が延びるなら私の命が無くなっても構いません』
『母の愛は海よりも深しですね。
ですが?貴女の寿命が尽きてしまったら息子さんの成長を見守る事は出来ませんよ?』
『それは…』
女は一瞬迷ったが直ぐにその迷いを振り払い
『覚悟の上です。!』
女は固い意思を示した。
『そこで…モノは相談ですが…
今此処に貴女の願いを叶える事が出来る適任者がいます。
その人に相談してみませんか?』
戸惑いの色を見せる女は
『本当に私の寿命も尽きず息子の寿命も延びるのですか?』
『それは…その人と相談して下さい』
『その人は此処に居ると仰いましたが?
その方はどちらに?』
等価交換堂の店主黒ちゃんはフッと口許を緩め笑った。
『カモメさん…姿を隠して無いで現して下さい。』
店の奥…暗がりの中確かに誰も居なかった場所に一人のサラリーマンが姿を現した。
『初めまして私…悪魔堂営業部主任…
上級悪魔のカモメと申します。』
と名刺を差し出した。
其処にはたった今自己紹介したように
悪魔堂
営業部主任カモメと書いてある。
女は呆気に取られた
この世に流通しないもの
してはいけないものを扱うからには
何らかの危うさが在ることは覚悟のしていた。
しかし…今目の前に立つサラリーマンは
確かに上級悪魔のカモメと名乗った。
『お客様?』
カモメが訊ねる様に声を掛けてきた。
女はハッと我に返る
『お客様のお名前は何とお呼びすれば宜しいのでしょうか?』
『あ…あら…これは失礼しました。
私の名前は西田直子
息子の名前は西田正です』
『そうですか…
それでは説明をさせていただきます。
その前に悪魔の定義と申しますか?
悪魔の由縁をお話ししなければなりません。
悪魔とは
神が創り出したこの世界の矛盾なのです。
神はその矛盾を容認しているため今も私達悪魔は存在するのです。
ですから私共悪魔には制約が課せられて居ます。
一つは契約に縛られる事
その契約を結ぶとき…
嘘をつくことが出来ないこと。
この制約を蔑ろにすると
この身が消滅します。
そして…
私どもが取り扱う商品は
《美しい魂》この美しい魂の持ち主に対しそれに見合う対価を用意し契約を結びます。
如何です?西田さん
正くんの病気を治して差し上げましょうか?』
『本当に治す事が出来るものなんですか?』
『ええ…但し貴女の魂が対価となります。
しかし…ご安心下さい。
貴女の魂を私共が手に入れるのは
貴女の寿命が尽きた後です。
我々悪魔には直接手を下す事も許されておりませんのでご安心下さい。』
西田直子はカモメから契約書を受け取り
ジックリと中身を読み込み
サインをした。