第75話 ディヴィア
「一体、どうするつもりなんだ?」
マシューは警戒しつつ、そう尋ねた。
それに対して、彼女はこう答えた。
「……歌うだけよ」
当然、それだけでは理解できず、彼は頭上に? を浮かべた。
彼女もおそらく理解できないだろうと思ったためだろう、返答には少し間が空いていたのだ。
「ディヴィア」
彼女は唐突にそう言い放った。
「何だ? それは」
「私の名前」
それは先ほどとは違い、理解できることだったが、辺りの空気は一層張り詰めていた。
「大丈夫。私は王だけど、そんなに力があるわけでもないから」
「王……」
彼は記憶をなくしてから一度、王に遭っている。そう、地の王に。
そして、それは悪魔であることも意味していた。
それ故、彼は自らを王と言った彼女にミラを任せるかどうか、戸惑っていたのだ。
それを気にせず彼女は近づき、本当に歌を歌い始めたのだった。
その歌声は、悪魔とは思えないほどの、天使の声だった。
比喩と断言できなくなるほどの、美しい声。
そして、数秒歌っていると、ミラに変化が表れた。
「う……」
最初はその程度の呻き声しか出なかったが、すぐに意識までもが回復する。
「マシュー……」
「大丈夫か? ミラ」
「ああ。この人が私を?」
「ああ、そうなんだ。ありがとう、本当に」
マシューはディヴィアに頭を下げた。たとえ相手が悪魔だろうが何だろうが、礼はするものだと判断して。
それにしても、悪魔なのになぜ、天敵であるエクソシストの命を救ったのだろうか。それだけが、彼の頭の中に残っていた。
「礼には及ばない。私の力はこういうことにしか使えないから」
ディヴィアはこの場を去ろうと、背を向けながらそう言った。
「こういうことって?」
その問いには、微笑みしか返ってこなかった。
決して、返事はしなかったのだ。
あまり自分の能力を明かしたくないためなのか。
そして、ディヴィアは様々な謎を残し、この場を去って行った。
しかし、彼らの頭に最も強く残ったのは、疑問ではなかったのだ。
残ったのは、微笑み。