第71話 暴走
マークの敵である悪魔の少年はマシューと名乗った。
だが、それはどう考えても、普通の悪魔ではなかった。雰囲気からして、違うのだ。
言葉では言い表すことのできない、雰囲気。
マークは、そのことを自分の命の危険だと判断する。今までは、圧倒的だったはずなのだが……。
「どうした? 震えてんのか? 糞野郎が!」
「…………」
返す言葉もない。
震えてはいないのにも拘わらず、否定できない。おそらく、彼の心のどこかで、恐怖というものができてしまっていたからだろう。
しかし、マシューは話し続ける。
「わかってんだろ? 俺が強すぎるってことくらいよぉ」
「……大した自信だ。確かに、貴様は強いのだろう。だが、それで俺が敗北をするとでも思っていたとしたら、大間違いだ」
もちろん、単なる奇麗事。
マークはマシューに勝てないことを悟っていた。マシューが悪魔の姿に変化した時から。
「へえ。じゃあ、その敗北しない強さってのを見せてくれよ。なぁ!!」
一瞬。
あまりの速さのせいか、轟音が遅れて聞こえてきた。
紫の炎による、轟音が。
「ぎゃはははっ!!!」
「――!!」
スピードと破壊力。その両方を兼ねた紫の炎がマークを襲う。
そのせいで、周囲にいたミラが巻き添えをくらう。大事には、ならなかったが。
そして、マークは何もできないまま吹き飛ばされた。
マシューの炎によって。
「糞野郎が。簡単に吹き飛ばされてんじゃねえよ。楽しませてくれるんじゃなかったのか?」
「く……」
先ほどまでのことが、嘘に思える光景だった。
記憶のない彼は、今はまだ能力を自由に使えないのだろうが、目覚めれば、これほどの力を発揮できる。
死の世界での修行の成果なのか。だが、それにしては幾ら何でも力量からして少し不思議なところがある。
はっきり言うと、今彼が発している力は死の世界にいた時の力の数十倍は出ている。
これは流石に修行しただけでは、無理というもの。考えられるとすれば、やはり血のせいなのか……。
それでも、何が理由だとしても変わらないことがただ一つ。
それは、マークの敗北。
勝てるはずがなかった。
だが、彼はなんと勝つことも負けることなかった。
その場にある者が現れたことにより。
「マークさん。そろそろ退きあげましょう。暴走状態の彼は、少し厄介だから」
「何?」
マシューは、突然現れた者を睨みつける。
茶髪に茶色の目。そして、柔和な表情をした男。
「……仕方ないか」
そう言うと、マークはマシューに背を向ける。暴走状態の悪魔に。
「てめえら……」
「そんなに怒らないでくれないか。僕らは見物しに来ただけなんだよ。君の力をね」
「!!」
謎の男は続ける。
「君のあの石、あれはすさまじい力を放っている。あれがあれば、すごく難しいことでもできるんだよ。すばらしいことだと思わないかい?」
「……へどが出る」
「……まあいい。理解できないのなら、後々してもらうとしよう。今回は、さっきも言ったように、見に来ただけだからね。あれだけすさまじい力を放つ石の持ち主のことだ。すばらしい人材だと思っていたが、やはりその通りだった」
「……俺の所有物で何をする気だ?」
少しずつ、戻っていた。正気が。
「言うわけがないだろう? まあ、君が僕たちの仲間になれば別の話ではあるんだけどね」
「ふっ……。最高にムカツク野郎だぜ」
そこで、マークが割って入る。
「現時点での用は済んだ。ここは退かせてもらうぞ」
「退かせるとでも思ってんのか?」
「ほう。挑発の」
最後までは言えなかった。謎の男が遮ったからだ。
「今は君に死なれては困るんだ。できれば、そこに横たわっている女性を連れて帰ってほしい」
そこで、マシューはミラを見た。警戒しながら。
「ちっ……。俺もそろそろ正直限界だ。退いてくれて構わない」
「ありがとう」
そうして、彼らは去る。
情けをかけられたとしか思えなかった。
でも、彼の心の中では本当に死んでもらっては困るのだろうと語っていた。
それでも、彼は自分のプライドを傷つけた彼らを許さないと誓う。
仲間を傷つけた彼らを。