第66話 力
今アリスは、恐ろしい怪物を目の当たりにしていた。
シオンという怪物を。
ただし、アリスはシオンに遭ったことがなかった。その昔、あれほど暴れていたのにも関わらず、だ。シオンはこの町によく暴れに来ていたため、この町の住人は半分くらいの者が遭遇している。
しかし、アリスは知らない。
その、恐ろしい力を。
「なあ、俺も混ぜてくれよ」
引き裂かれたような笑みを浮かべて、近づいてくるシオン。
その時、アリスの傍にいた不良の左腕が突然吹き飛んだのだ。
「――っ!!」
一瞬遅れて、激痛が走る。
「ぐがああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
断末魔の叫び。
続いて、右耳が吹き飛んだ。
「――っ!!」
不可思議すぎる出来事のせいで、叫ぶことすらできなくなってしまった。
その頭には、恐怖しかなかったのだ。
そして、体のあらゆる部位が次々と無くなっていく。終いには、血だまりしか残っていなかった。
さらに、もう一つ恐ろしいことが。
それは、ただ一人だけ笑っていたこと。
もちろん、アリスではなくシオンの方だ。
アリスは恐怖のあまり震えていた。しかも、震えていること自体、わからないくらいに。
原因は唐突な死だけではない。
シオンの能力がわからないことや、この状況を笑っている彼に恐れているのだ。
アリスはシオンがどんな奴かは知っていた。だが、それを目の前にするのとは全く違うのだ。
全く理解などできない巨大な力。
科学では説明のしようがない力。
刃向かうことなど許されない全ての神の如き力。
それこそが、彼なのかもしれない。そう思えるくらい、次元を異にした存在だった。
だからこそ、逃げるほかに手段はないのだ。アリスには。
そう判断し、アリスは足に雷の力を込める。全速力で逃げるために。
だが、狙った獲物は飽きない限り逃がさないのが彼のやり方だった。
「クズが。こんな程度で逃げきれると思ってんのか?」
三秒遅れてアリスを追いかけたはずなのに、一秒もたたないうちに追いつかれてしまった。
その瞬間、シオンの拳がアリスの腹に直撃する。
アリスは数メートル吹っ飛び、建物を壊してしまう。たった一瞬で瓦礫の山になってしまうくらいの破壊力を誇るパンチをくらって。
当然、そんなものをくらったら、人間はただではすまない。だが、アリスはレベル7の大能力者。簡単には死ななかった。
「へえ~。俺のパンチをくらって立ち上がってくるたあ、たいした奴だぜ。てめえはよお」
だけど、とシオンは続ける。
「俺は全然力を出してないんだけどな。そんなんで、闘えんのか? この俺と」
「闘うつもりはないんだけど……。あんたから攻撃してきたくせに……」
「はっ!! 俺に意見する奴ぁ、初めてだ。最っ高におもしれえよ、てめえ!!」
大気が震える。
比喩などではない。本当に震えているのだ。おそらくは、シオンの能力のせいだろう。
「……」
「なにビビってやがる。ここからが楽しい楽しいショータイムじゃねえか。なぁ!!」
逃げることの許されない、そして、勝つことすらも許されない闘いが幕を開けた。