使命とジョルジュのお妃探し
「いかがでしたか? ミコト様との食事は?」
モーリスは朝食を終えミコトを神殿まで送ったジョルジュに話しかけた。
「……どう? わからないな。ただ、俺は俺の使命を全うするだけだから特別な感情はないと、思う」
ジョルジュはそう言いながらも先ほどミコトの笑顔を見て感じた感覚を思い出した。
神殿の入り口にマグノリアの花が咲いている。
清らかな白い花。初めて見た時ミコトはこの木をずっと見つめていた。生気の無い瞳。青白い顔。今日見たミコトはあまり笑わない娘だったが、初めて見た時よりはずっと顔色は良かった。ただ、どこか暗い印象がある。黒い瞳のせいだろうか?それとも髪色のせい?
「モーリス、ミコトのことはまだ何もわからないが、あのドラゴン、柊は素晴らしいな」
ジョルジュは目を輝かせる。あの水色のドラゴンが五ヶ月後には黄金に輝きドラゴン王になる。
「はい、ジョルジュ様、幼きドラゴンですが、王の器はあります。五ヶ月後にはそれは立派なドラゴン王になるでしょう、それと同時にジョルジュ様もこの国の王に即位されてはいかがでしょうか?」
モーリスもジョルジュの隣に立ちマグノリアを見つめていった。
「ああ、そうだな。ドラゴン王の誕生と人間の王の誕生、慶事だな」
ジョルジュは笑顔を浮かべモーリスに言う。その言葉を受けモーリスは頭を下げ、もう一歩踏み込んだ提案をした。
「さらに、お妃様をお迎えするのはいかがでしょうか? このジョルジュ様が治める世界が盤石となる最高の舞台です」
「ああ、いいだろう」
ジョルジュも同意する。
「では神殿から候補となる令嬢を選定致しましょうか?」
ジョルジュはモーリスの言葉に頷き、早速翌日からジョルジュのお妃探しが始まった。
*
「なあなあ、ジョルジュ様お妃様を探しているって聞いたけどコレット様が候補に上がっているらしいぜ」
ミコトは若い神官が通路で話している内容に驚いた。
これから契りを交わそうとしているジョルジュがお妃候補を探している。その言葉に心臓が強く波打った。
ジョルジュとの契りはあくまで使命だ。これは、この世界の人間ならば誰もがわかっている現実。当たり前だが、そこには一切の愛情はない。あくまで儀式のようなもの。
だからジョルジュはお妃探しをするのだ。
わかっていることだが、ミコトは複雑な気持ちになった。
この世界の人間は親切で、ミコトを大切に扱ってくれる。
それは聖女だからだ。
聖女は使命のために契りを結び、ドラゴン王を誕生させる、それだけの存在。
それだけの存在でしかないのだ。
ジョルジュのお妃探し。
その言葉は思いの外ミコトの心を抉る。この世界のために身を捧げるミコトは、この世界に干渉する権利はなく、使命以外求められていない。
悔しいような心境に奥歯を噛む。
それに、ジョルジュと朝食を摂っただけで特別な感情を抱き始めた自分自身に腹が立つ。恋愛を経験したことのないミコトの弱さは異性の優しさを特別だと解釈したくなることだ。
(明るく優しい、誰からも好かれるジョルジュ様が、異世界から来た人間を、こんなに暗い性格の人間を好きになってくれる訳がない。本来なら相手さえしてもらえないのだから。変な期待はせず、今なら、まだ惹かれる気持ちを止められる)
あの優しい笑顔は特別な意味がない。そこに意味を抱いてはならないのだ。
「フゥ……」
ミコトは自ら自制するよう膨らむ恋心を吐き出すようにため息を吐いた。
ジョルジュの噂をしている神官達はミコトに目もくれない。聖女はこの世界の人間にとってありがたい存在であっても、同じ感情を抱く人間ではないのだ。
ミコトは唇を結び神官の横を通る。神官はそんなミコトを気にする様子を見せず、話を続ける。
「ジョルジュ様はドラゴン王を誕生させ、即位し、そして結婚される。めでたいことが続くなぁ!」
「ああ、やっと平和な世界が始まるんだ!」
「ジョルジュ様はいいなぁ、綺麗な令嬢選びたい放題じゃないか?」
「神官の俺たちが言うのもアレだけど、候補のコレット様は男たちの憧れの人、羨ましいなぁ」
悪気ない神官たちの無神経な言葉に喉が詰まり目頭が熱くなる。
覚悟を決めてもすぐに心が傷つかない訳ではない。何度も繰り返し傷つき傷つかなくなるのだ。それは傷がなくなる訳ではなく、傷だらけになり傷つく場所が無くなるだけの話。慣れとはそんなもの。
そんなことを必死に考えるミコトの気持ちを察する人間はこの世界にいない。
無意識に差別していると気が付かないほど、ミコトは興味を持たれていないのだ。
(でも、そんな感情は……今更辛くない)
ミコトは聞こえてくる雑談を頭の中から追い払うように再びため息を吐き、神殿の入り口にあるマグノリアの木の前に行った。
ここに来ると気持ちが落ち着く。
見たことのない景色、人、空気、全てがミコトにとって新鮮で初めてのこと。けれどそれは、その全てが優しく感じる訳ではない。この世界に来た理由は明確で、果たさなければならない使命は目の前に迫っている。
ジュルジュ・ジュベールは紳士で優しい。けれど、ミコトを見ていない。ミコトを一人の人間として興味が持てないのだとミコトにもわかる。わかるだけにどこか虚しい。だが、興味を持ってもらえる人間にはなれそうにない。
ミコトはマグノリアの花に手を伸ばした。
白いマグノリアの花。柔らかい曲線。葉のない枝に咲く美しい花は葉より早く咲き、早く散る。
まるで幻。
(本当はこの世界も、元の世界も、全てが幻なのかもしれない)




