別れ
「ジュベール公爵家当主!? な、何を仰っているか、理解できません……」
ミコトはジョルジュの言葉に雷を打たれたような衝撃を受ける。一気に体の熱が上がり、顔が真っ赤にかわる。矢継ぎ早に浮かぶ疑問に思考がついてこない。
(ジョルジュ様は何を考えているの?なぜ、私が? 一体何のために? どうして?)
ミコトは困惑した表情を浮かべジョルジュを見た。
ジョルジュは先ほどの紋章の下絵を手に持ち、ミコトに手渡しながら言う。
「ミコト。ジュベール公爵家の当主として、この世界で生きてほしい。この紋章はミコトの為に作った」
ミコトは、ジョルジュの言葉にパニックに近い心境に陥っている。手渡された下絵を持つ手がブルブルと震え出す。
(これがジュベールの、私の為の紋章。柊、木蓮、ドラゴン、そしてジョルジュ様の魔法陣……)
心を熱しられたような感覚。強い衝動。
ミコトは心が破裂しそうなほどの感情に喉元を押さえ、ジョルジュに話しかける。
「ジョ、ジョルジュ様、意味が、意味がわかりません、なぜ?私が公爵様? 位がとても高い貴族……私には恐れ多く、それに」
「それに?」
「私にそんな能力も知識も……何一つありません。そんな私がジョルジュ様の出身家門の当主? 無理です」
気が動転しているミコトは震え始める。何が何だかわからない展開についてゆけない。
(一体どんな理由で私をジュベール公爵家に? ジョルジュ様の考えが全くわからない)
ジョルジュはミコトの震える手を握り、話し始める。
「ミコト、ミコトは何もしなくていいんだ。ミコトをサポートする人間も選定してある。……落ち着いて聞いてくれ」
ジョルジュは動揺するミコトと向き合い、静かに語り出す。
「この世界は魔法の世界。魔法を無効にするミコトは、諸刃の剣。その能力はこの世界の人間にとって喉から手が出るほど欲しい途轍もないものだ。この世界に残ってくれるミコトを守る方法、それは誰もミコトに手出しができないほどの地位しかない。だから俺は俺の権限でミコトをジュベール公爵にした」
その言葉に持っていた下絵が床に落ちた。
(ジョルジュ様は……私のことを、誰よりも、私のことを考えていてくださっていた!!)
予想だにしなかったジョルジュの想いに触れ、地に足がついていないような感覚に陥る。気が遠くなり、頭がクラクラし、立っていられなくなったミコトは崩れるように床に座り込んだ。
ジョルジュは膝を折り放心しているミコトを優しく抱きしめ、揺るぎのない言葉をかけた。
「だから、安心して、ここにいてくれ。そして、今ミコトがいる神殿は、ミコトの屋敷、ジュベール公爵家にする。そして、私たちは、同じ一門の者、家族になるんだ!」
(ジョルジュ様と家族に!!)
ミコトは声が出ない。それほどまでに感情が昂ったことはない。この五ヶ月の思い出全てが喜びの色に塗り替えられ、夢のような現実に声さえ出ない。
(何も考えられない……私を家族にしてくれるの? 出会ってから五ヶ月しか経っていない異世界から来た私を、ここまで……こんな私をこれほどまで思ってくれたジョルジュ様!! ああ、あなたは私の命、私の生きる意味。たとえ愛されなくても、私はあなたのために生きたい!!)
感動のあまり涙を流すミコト。
叫びたいほどの喜び。だが、心の底から溢れ出る感情が胸を押しつぶし、喉元も押さえ、言葉も嗚咽も出ない。心を打つ感情に直面した時は、涙だけが静かに溢れ出るのだとミコトは初めて知った。
唇を震わせ涙を流すミコトを見たジョルジュは、深い眼差しをミコトに向ける。
その眼差しには愛が見える。
だが、ジョルジュはその感情に気が付かない。
指でミコトの涙を拭い、そのまま唇にキスをした。
ミコトは目を見開きジョルジュを見る。
五度目の契りは終わった。
ジョルジュとミコトの間にはもう強制的な結びつきなど何一つない。
キスをする理由など何一つない。
(ジョルジュ様、どうして……でも……今はそんなことを考えたくない。この時間を惜しむように、理由のわからないジョルジュ様の感情に全てを委ねたい!)
ミコトは両手を伸ばしジョルジュを抱きしめた。
ジョルジュもミコトを強く抱きしめ、何度も口づけを交わす。
込み上げる感情、溢れ出す涙、息ができないほどのキス。燃え上がる炎よりも熱く激しい感情がミコトの心を駆け巡る。
(この感情がジョルジュ様に届かなくてもいい、今この瞬間ジョルジュ様といることが私にとって全てだから)
これが最後、もう二度とない逢瀬。
離れがたいその思いが二人を再び結びつける。
ジョルジュはもう一度ミコトを抱いた。
既に、五回目の契りは終わっている。
ジョルジュにはこの行動の理由がわからない。感情の赴くままジョルジュはミコトを抱く。
だが、その感情こそ、紛れもない愛なのだ。
濃厚な時間、ジョルジュと過ごす最後の夜。抱き合った後ジョルジュはもう一度ミコトにキスをした。
そのキスは初めてするキスのように甘い緊張感があり、それが最後のキスだとミコトにはわかった。
ジョルジュはそのまま床に寝転び、ミコトを抱きしめながら眠ってしまった。
ミコトは空がうっすらと明るくなるまで目の前のジョルジュを見つめていた。
この先コレットと結婚するジョルジュ。
四日後に結婚式を控えたジョルジュ。
形式上でも結婚式に招待されているミコト。
ジュベール公爵家当主として幸せになる二人の姿を見ることになるだろう。
(考えるだけで辛い。嫉妬の気持ちも否定できない。けれど、これほどまでに私を思い準備してくれたジョルジュ様を家族として祝ってあげたい。亡くなった一族の方々の為にも。四日、四日でこの気持ちを立て直せばいい。今は無理でも……)
ジョルジュの顔が涙で滲む。だがミコトは前を向いた。
この思い出さえあれば生きて行ける。たとえ、ジョルジュがコレットを深く愛し、この五ヶ月を忘れたとしても、ミコトはジョルジュのしてくれたことを忘れない。
そしてジョルジュを愛したことも絶対に忘れない。
ミコトはジョルジュを起こさないよう静かに起き上がり、明けゆく空を見上げた。
夕焼けと違い淡く柔らかい色から始まる朝焼け。青い空は限りなくベージュに近い優しい色。その色が刻々と強い青に変化して行く。
その青はミコトの愛するジョルジュの瞳の色。
ミコトはこの部屋から見える街の景色を見つめ、再び涙を流した。
部屋からはミコトが住んでいる神殿が、あの木蓮の木が真正面に見えた。
まるでミコトを守っているかのように。
ミコトはシーツを体に巻き付け、部屋のバルコニーに出て柊を呼んだ。
どこからか柊は現れ、ミコトを背中に乗せ、二人は城を後にした。
さよなら、ジョルジュ・ジュベール。
私だけの大魔法使い




