孤独な二人
最後の契りの日、ミコトは早い時間からジョルジュの隠れ家に行った。まだ昼過ぎ、近くにある街が見渡せるあの丘で過ごそうと柊と共に出向いた。草むらをかき分け、小高い丘を登る。
あの日ジョルジュがバスローブと裸足でここを駆け上がったと想像するだけで笑みが溢れる。
頂上に到着し、木蓮の木の下に座り目を閉じる。風の音、草の囁き、木々の声。なぜそんな声が聞こえるようになったのか始めはわからなかった。
けれどいつからか、聖女はとても孤独だから神様がそんな声を、命の息遣いを聞こえるようにしてくれたのだと理解した。
それならば、大魔法使いのジョルジュは何が聞こえるのだろう?
そんなことを考えながら、暮れ行く空を眺めた。
初めての契りの時、無我夢中で城から逃げたあの日に見つけた場所。ここにも木蓮の木が、ミコトを迎えてくれるように立っていた。
(この先、私のような聖女がここに来て、同じようにこの木蓮を、この空を眺めるかもしれない)
ミコトは木蓮に話しかける。
「どうかこの先も、私のような孤独な聖女のために、ここで見守っていてください。そして大魔法使いもきっと聖女と同じ孤独を感じているはず。どうか大魔法使いの重責を忘れさせるような空間でありますように」
ミコトは祝福の力を木蓮に注ぐ。木蓮はそれに応えるように花を揺らした。
次第に太陽は傾き空が絵の具を混ぜたような美しい色彩を見せ始め、ミコトはその美しさに息を呑んだ。
暮れ行く空を見ていると、時間が刻々と過ぎてゆくのがわかる。形を変える雲、空の色、そして太陽。もう二度と戻らないこの景色。その一瞬一瞬が愛おしく、その刹那に思いを馳せた。
ミコトが選ぶこの先の人生も、この空のように日々変化し、その刹那が愛おしいものに変わる。そんな希望に満ちた感情と、今日でジョルジュとの契りが終わる寂しさにミコトはため息を吐いた。
柊はそんなミコトを見つめ頭を擦り付け、そして大空に飛び立った。
大きな羽、大きな体。柊はもう子供ではない。その後ろ姿にミコトは声を漏らす。
「すっかり大人になって。少し寂しいと思うのは、どうしてかしら」
「きっとそれは、ミコトが柊を自分の子供のような感覚で愛しているからだよ」
ジョルジュが現れミコトの隣に腰掛ける。
(ジョルジュ様が来たから柊は安心して飛び立ったのね)
ミコトはクスリと笑う。柊を子供だと心配していたけれど、本当は逆に心配されている。
ジョルジュは柔らかな微笑みを浮かべミコトを見つめた。
ミコトもジョルジュを見つめる。
疲れている顔、こんなジョルジュを見たことがなかった。それほど忙しい日々を送っている中で、ミコトのことを考えてくれたその姿に堪えきれない感謝の想いが涙となって溢れ出した。
「ミコト……」
ジョルジュは驚いた表情を浮かべミコトを覗き込む。ミコトは両手で涙を拭い嗚咽を堪える。
(言葉にできないほどの気持ち。その一つ一つの感情を伝えられたら……ありがとう、その言葉に何千、何万もの気持ちが含まれているだなんて、ジョルジュ様に会うまで知らなかった……)
ジョルジュは声を殺し泣き続けるミコトを抱き寄せた。ミコトもジョルジュの胸の中で嗚咽を堪えながら、涙の向こうに見える輝く夕陽を見つめ、絞り出すようにジョルジュに言葉をかけた。
「ジョ、ジョルジュ……様、色々、ありがと……」
精一杯伝えた言葉、これ以上口を開いたら声をあげて泣きそうになる。だからミコトは震える唇を結び、感謝と寂しさで崩れそうになる心を必死に支えた。
ジョルジュはミコトの言葉を聞き、一旦唇を結んだ。ミコトの言葉が胸を打つ。これほどの感謝を向けられるとは思ってもいなかった。だからこそ、話さなければならないことがある。
ジョルジュは覚悟を決め静かに話し出した。
「ミコト、大魔法使いは、この世界で一人しかいない。それほどまでの魔力を神から授かった……それは聖女を守るため、そしてドラゴン王を誕生させ……世界を安寧へと導く為」
ジョルジュは一旦言葉を止め。ミコトの頭にキスをし、話を続けた。
「聖女も同じ一人しかいない存在。俺たちは……孤独な人間同士なのだ。聖女は異世界からこの世界に降臨する。だが、この世界の因果律にはもともと聖女はいない。だから無意識に異物として扱われ、そして、大魔法使いも聖女が降臨する時……人を愛する心を……失ってしまう」
ミコトはその言葉に心臓を貫かれる。
(人を愛する気持ちを失う……)
「だが、最後の契りが終われば、徐々にその心を取り戻す。それがメシエの意志。だから、聖女は選べるのだ。ここに残りたいか、それとも、帰りたいか」
その言葉の意味、その言葉の真意は一体何を指すのか。
(大魔法使いは聖女を愛さない? だから帰る選択もある、そう言いたかったの?)
ミコトはジョルジュの言葉に息が止まった。
「おそらく、聖女がこの世界に残る場合、その力は無くなり、ただの人として生きることになる。なぜなら聖女としての力がある限り聖女はこの世界の異物だからだ。ただし、これは仮説。正しいとは限らない」
ジョルジュは何も答えないミコトを強く抱き寄せ言った。
「それでも、俺は、ミコトに、ここに残って欲しいと願っている」
ジョルジュの言葉にミコトは両手で顔を覆う。ジョルジュが言った意味は何を指しているのか、ミコトには見当がつかない。
『それでも』は何を指しているのか。
ジョルジュはミコトを愛していない、それでもここに残って欲しい?
それとも、
この先愛する気持ちを取り戻しても、ミコトを愛することはない、それでもここに残って欲しい?
どちらにしても、ジョルジュが言った『それでも』は、ミコトにとって何かを諦め受け入れて欲しいという意味だろう。
ミコトにとって首を絞められるほど苦しい現実を、それを淡々と話すジョルジュの言葉が真実を映し出している。
(大魔法使いは聖女を、異世界の人間を愛さない。それでも私はここに残るのだろうか? それでも)




