決断とモーリスの優しさ
それからあっという間に時が過ぎた。
明日は最後の契り。このひと月ミコトはずっと考えていた。この先の人生どう生きるのかを。
そしてミコトは結論を出した。
この世界に残ろうと。
元の世界に戻ることはミコトにとって生き地獄のようなもの。その地獄から抜け出し新たな人生を歩むチャンスを神から与えてもらった。
恋心に苦しんでも、それでもあの苦しみよりはマシなのだ。生きていると感じられるこの世界。生きているからこそ人を愛し、その感情で苦しみ、悩み、嫉妬する。
その絶え間ない感情の変化こそ生きる証なのだ。
(聖女としての役割が終わったら魔力を持たない私でも出来る仕事もあるかもしれない。神殿を浄化したような、何か役に立てることがきっとある)
ミコトは結婚の準備で忙しいモーリスに話がしたいと時間をとってもらった。
「モーリスさん、忙しい中時間を頂き申し訳ありません」
ミコトはモーリスに頭を下げた。
「ミコト様、頭をあげてください。ご相談があると伺いまして、私でよかったらと」
モーリスは珍しく嬉しそうな笑顔を浮かべミコトに言った。
ミコトはモーリスの笑顔を見て安心する。モーリスはあの日以来不思議とミコトを気にし、優しく接してくれる。
それは他言するなという意味ではなく、純粋な好意だ。モーリスに認められてような感覚にミコトも心を開くことができる。
「まだ、ジョルジュ様には言っていませんが、私、この世界に残ろうと思っています」
モーリスはミコトの言葉を聞き泣き出した。
「!? モーリスさん? ど、どうされました? 私、残らない方が……良いでしょうか……」
ミコトはモーリスの涙を見て心が冷えた。まさか泣くほど嫌だと思われていたとは思わなかった。
表情が固くなるミコトを見たモーリスは慌てて言葉を発する。
「ち、違います!! 喜びの、喜びの涙でございます!!」
モーリスはアタフタしながらミコトに言う。ミコトはその言葉に目を見開きモーリスを見つめた。
「本当に、本当にそう思ってくださるのですか? 喜んで、くれている?」
ミコトの言葉にモーリスは首が取れてしまうのではないかと心配するほど強く何度も頷いた。
「プッ、モーリスさん、ありがとうございます。本当にそう思ってくださるとは、とても嬉しいです。それで……」
ミコトは本題を話し出す。モーリスは緊張した面持ちでミコトを見た。
「それで、私は使命を終えたら聖女ではなくなります。こうして保護していただくこともないでしょうし、この先の生き方を相談したいと思いまして……」
モーリスはその言葉に即反応し言った。
「ミコト様、その件は、ジョルジュ様が、あ、話して良いのか分かりませんが、ジョルジュ様がこのひと月の間、貴族達と話し合い、強引ではありましたがジョルジュ様がミコト様の身分を保証されました。恐らく明日、ジョルジュ様よりお話があるかと……」
ミコトはその言葉に心臓が止まりそうになった。結婚の準備で忙しいジョルジュがミコトのことを考え話し合ってくれていた事実。
ジョルジュには何一つ言っていない中でその準備を、ミコトの知らないところでしたくれていた事実にミコトの喉は詰まり、込み上げる感情が目頭を熱くさせる。
(ジョルジュ様が、私を、私のことを考えていてくれた……)
目の前の景色が変わるほどの喜び、この世界の全てに祝福されているような喜びと安らぎをミコトは感じた。溢れ出しそうな涙を我慢しようと目に力を込めたがもはや手遅れだった。
「ウッ……グズ……」
込み上げる喜びが嗚咽となりミコトは我慢できなくなった。
ポロポロと泣き出したミコトを見てモーリスは慌てふためく。それほどまでに先の人生に不安を抱いていたのだと察したモーリスは唇を噛む。
(なぜもっと早く言ってあげられなかったのか、ジョルジュ様はなぜミコト様に一言でも伝えなかったのか)
ジョルジュを責める気持ちをモーリスは初めて抱く。そんな自分に驚きながらも目の前で泣き崩れそうになっているミコトを見て居ても立っても居られなくなった。
モーリスはポケットからハンカチを出し、ミコトに触れないようその涙を拭う。
ミコトはモーリスの突然の行動に驚きながらもそのぎこちない不器用な手の動きに次第に笑いが込み上げた。
ミコトはクスクスと笑い出しゴシゴシと涙を拭ってくれるモーリスに言った。
「モーリスさん、ありがとうございます。私が聖女ではなくなったら、モーリスさんと握手して、そして、一緒にお茶を飲んだり、お祈りしたり……仲良く、してくれますか?」
ミコトのその言葉にモーリスは顔を赤ながら嬉しそうに頷いた。
モーリスはミコトに対する仄かな思いを隠しながらも、ミコトがこの世界を選んでくれた現実に喜びを噛み締めた。そしてそれを誰よりも先に相談してくれたことにこの上ない幸せを感じた。
ミコトがこの世界で安心してくれせるように、ジョルジュの代わりにミコトを守ろうと心に決めた。




