敗北感
「ミコト様、最後の契りの日程が決まりました。三十日後となります」
モーリスはミコトを目の前にし、いつもと同じ自分を装い契りの日程を伝えた。
内心あの日以来、ミコトに会うたびに気まずさがあった。だがミコトはいつも通り変わらない。それにジョルジュへの恋心を否定しなかったミコト。そんなミコトにもモーリスは興味を抱いた。
だが、それも同じように隠している。
「三十日後……」
ミコトはそれだけ言って俯き黙った。
まさか、最後のひと月、最後の契りが望み通り三十日後に組まれるとは思っていなかった。
夢のような現実に、ジョルジュに対する自制心が崩れそうになる。
(もしかして、私と同じ気持ちを持ってくれたの? 少しでも長くこの関係を続けたいと)
だがミコトはモーリスの手前、喜びを隠すように両手を握り、つぶやくように返事した。
「はい。わかりました」
モーリスはそんなミコトの様子を気にし、声をかける。
「ミコト様、嫌でしたら断っても良いのです」
(え!? 私の演技を信じちゃったの? いつも冷静なモーリスさんが!?)
モーリスの意外な言葉にミコトは顔をあげる。
モーリスは突然顔をあげたミコトを見て少し戸惑いながらもミコトを見つめる。
「……モーリスさんが、そんなことを言うとは……少し驚きました」
「……私も、自分がそんなことを言うとは……」
ミコトはその言葉に笑い出す。
「うふふ、モーリスさん、見た目、迫力ありますが、本当は繊細で優しい」
ミコトのその言葉にモーリスは顔が真っ赤に変わる。その意外な反応にミコトは驚きながらも再び声をかける。
「モーリスさん、あの、残り三十日、ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします」
モーリスはミコトの言葉に照れ隠しをするように咳払いする。
モーリスは言葉少ないミコトの気遣いにくすぐったい気持ちを抱いた。
(いつからか心を許してくれるようになったミコト。不思議な聖女様)
「ミコト様、お気遣い感謝致します。それで、いかがしますか? 希望があればジョルジュ様には私からお願いしますが……」
モーリスはもう一度ミコトに気を遣いながら聞く。
「……いえ、三十日後で、大丈夫です」
ミコトはそう言って頭を下げた。
*
最後の契りの日が決まり、その後、ジョルジュとコレットの結婚式の日取りが発表された。
契りの四日後だ。
その日程を聞き、ミコトはなんとも言い難い重苦しい気持ちに陥った。
ドラゴン王の誕生を待ってましたと言わんばかりの日程だ。せめて一週間、開けてくれたらこんな気持ちにはならない。
ドラゴン王の誕生はとてつもない喜びだ。そしてそのすぐ後にジョルジュの即位と結婚、これも同じような喜び。だからその日程を詰めることは理解できる。だが、素直にジョルジュの結婚を受け止められない心境を抱くミコトの気持ちも間違っていない。
ミコトはその使命を終え、聖女ではなくなり、ジョルジュにとって必要のない人間になる。
それを突きつけられているように感じてしまうのは、ミコトがジョルジュに恋をしているからだ。
ミコトは結婚式の日程が決まるまでは聖女でいられる時間が長いことに喜びを感じていた。けれど今は違う。きっと世間はもっと契りの日が早くても良いのではないかと思っているだろう。
(コレット様はどう思っているのだろう? ジョルジュ様は……)
最後の契りの日がなぜ三十日後に決まったのかミコトにはわからない。どのような意志が働いたのか。
それまでの間、これから先に対する不安と、ジョルジュの結婚に対する複雑な思いを持ち生活しなければならない現実にミコトの気持ちは晴れない。
だが、神殿はそんなミコトの思いとは裏腹に結婚の準備に賑わっている。騒がしくなる日常に耳を塞ぎたくなった。
コレットは結婚の準備で忙しくミコトに会いに来れなくなった。だが、頻繁にコレットからの手紙や、差し入れの花やお菓子が届く。そこには間違いなくミコトへの愛情がうかがえる。そんなコレットにミコトも返事を書いたりしているが、そんなある日、望んでいない招待状が届いてしまった。
ジョルジュとの結婚式の招待状だ。
ショックに息が止まりすぐにカードを閉じた。ただ、そこには一枚紙が挟んでありヒラヒラと床に落ちる。ミコトは動揺し震える指先でその紙を拾い上げた。
その紙にはコレットからのメッセージが書かれていた。
『ミコト様、ジョルジュ様との結婚式の招待状ですが、これは形式上のものでございます。大変なお役目の後すぐに出席いただけるとは思っておりません。どうか、気になさらないでくださいませ。ミコト様の心の安寧を誰よりも願っております。コレット』
ミコトはそのメッセージを読み、居ても立っても居られない気持ちに陥る。罪悪感、恥、動揺、複雑な感情が入り混じる。コレットはミコトの気持ちに気がついているのだ。だからコレットなりに配慮したメッセージを送ってくれた。
(なぜこれほどコレット様は私に親切にしてくださるのだろう? 友達だから?)
ミコトはもう一度メッセージを読み返した。そこに悪意はない。だが無いからこそコレットの気持ちに気が付いた。
(コレット様はジョルジュ様を心から愛しているのだわ!! だから、ジョルジュ様の使命も理解し、それを支えている私をも大切に思ってくださっている。誰よりもジョルジュ様を愛し、大切に思っている……)
ミコトはコレットの気持ちを知り、その大きな器に愕然とした。
(敵うわけがない。私のような人間が敵う相手ではない。これほどの人がジョルジュ様を支え共に歩んで下さるのだから、ジョルジュ様が、こんななんでもない私を見てくれることなどある訳がない。三十日後も、私が思うような意図など、ジョルジュ様には全くないのだわ)
悲しいのか、悔しいのかわからない敗北感の涙が流れる。
(それに、コレット様もこれほど忙しいならば、ジョルジュ様はもっと忙しい。三十日後になったのは結婚の準備があるからだわ。そんなことに気がつけないなど、私は一体何を見ていたんだろう)
ミコトはジョルジュとのひとときだけを見つめているが、ジョルジュの見ている世界は違う。ミコトのことなど月に一度思い出すだけの存在だ。
それを裏付けるようにジョルジュはミコトに会いに来ない。ミコトは自分からジョルジュに会いに行くことができないこの現実が答えなのだ。
最後のひと月でようやくそれに気がついた自分をミコトは情けなく思う。
ミコトはその現実にただただ涙を流した。だが、泣いても何も変わらない。
この世界の歯車でしかないミコトは一人部屋で泣く以外どうすることも出来ないのだ。
だが、ミコトが泣き出すと出かけていた柊は必ず戻ってくる。心配そうにミコトの顔を見つめ寄り添ってくれる。ミコトも柊に心配かけていることを気に病みながらも、今はその温かさに慰められたいと柊を抱きしめる。
聖女とドラゴン、一身一体の存在。ドラゴンは常に聖女に寄り添い、聖女は深い愛をドラゴンに注ぐ。その仲を引き裂くことは誰一人できないのだ。
ミコトは柊と共にマグノリアの木の元に行った。
結婚の準備で賑わう中、誰一人ミコトに声をかける人はいない。皆明るい未来を見ているからだ。ミコトはまるで自分がいない人間のように感じていた。特に最後のこの月はその思いが強くなる。
自分の存在、存在価値、一人の人間として、何一つ証明できるものがない。
まるで儚い夢のような存在。それがミコトなのだ。
マグノリアの木下でミコトは白い花を見つめる。五ヶ月前と同じ虚な瞳、生気のない存在。
ただ、いつもと違うのは物静かな木蓮の木がミコトに話しかけた。
『聖女様、悲しむ必要はありません。聖女様の存在の価値は比べることができないほどのもの。どうか顔をあげて下さい。そして聖女様によりそうこの木蓮の願い、ドラゴン王の誕生の栄誉をこの木蓮にくださいませ。この木下で、最後の覚醒を、ドラゴン王の誕生をなさってください。さすれば私は未来永劫聖女様にお仕えいたします』
ミコトはその声に驚き木蓮を見つめる。
「今の話は本当にあなたがしたの?」
木蓮は返事をする代わりにその芳香を漂わせた。
柊はその芳しい香りに喜び木蓮の枝によじ登る。その愛らしい姿にミコトは笑みが溢れる。
「約束します。いつも私に寄り添ってくれたこの木の下で最後の覚醒を約束します」
その言葉に反応するように木蓮は白い花を揺らした。




