年下!?
その十日後、ジョルジュとミコトは三度目の契りを結んだ。
契りを結ぶ前、ジョルジュはミコトと話をしようと、一緒に食事をとることにした。
食事の前、ミコトは勇気を出しジョルジュに言った。
「ジョルジュ様、婚約おめでとうございます」
そう言ってミコトはジョルジュに頭を下げる。
何度も何度も練習した言葉。たったこれだけの言葉にどれほどの時間をかけたのだろうか? 笑顔は無理でも、それでも気持ちが伝わるような声色、口調、柊の前で何度も練習するうちに『おめでとう』という言葉に柊も頭を下げるようになった。
「ありがとう」
ジョルジュは短く答え、すぐにミコトをテーブルにエスコートし、早速食事が始まった。
ミコトは複雑な気持ちを抱く。
(あれほど練習した言葉にたったそれだけの返事とは。でも、ジョルジュ様らしいと言えばらしい。優しいけれど、どこか飄々としているところがあるから……)
「ーーそれで、ミコト。食事をしながら話をしたいと思ってな。ミコトの住んでいた世界はどんな世界だ?」
ジョルジュは考え込むミコトを見ながらワインを一口のみ、ミコトに話しかけた。
ミコトは目の前で姿勢正しく食事を楽しむジョルジュを見て、少し恥ずかしくなる。この世界に来て三ヶ月。多少のマナーは身につけたが、ジョルジュの前で対等に食事するほどのマナーは身についていない。
これが神官との食事だったらそんなことは思わない。ジョルジュだからそう思うのだ。
そんな自らの恋心に戸惑いながらも、ミコトはジョルジュの問いに答える。
「全ての人は魔法が使えない世界です。ドラゴンもいません……それ以外は特に……」
「全ての人が魔法を使えない? 想像つかないな。不便じゃないか?」
ジョルジュの答えにミコトは笑った。
「ふふ、ジョルジュ様、それが普通だと、不便は感じません」
「ミコト、笑えるようになったのだな。よかったよ」
ジョルジュはさらっとそんなことを言った。
ミコトはその言葉に胸を締め付けられる思いがした。ジョルジュはミコトがあまり笑わないことを知っていてくれた。その何気ない一言でミコトの心は満たされる。
沈んだ心にお日様の光が差し込むような暖かさを感じた。
「ところで、ミコト、家族は? それに年齢は? いくつくらい?」
ジョルジュはフォークとナイフを使い目の前の肉を切っている。ナイフを持つ指の美しさに見惚れていたミコトは、突然の質問に口篭った。
「あ、はい。家族は、両、両親がいます。私の年齢は、十……、二十三歳です」
ジョルジュはミコトの言葉に手をとめる。
「え!? ミコトは俺より年上だ」
「!? ジョルジュ様が年下、本当ですか? 信じられない、こんな大人っぽい人が年下……」
ミコトは持っていたフォークを落としそうになった。年下のジョルジュにリードされていることにミコトは衝撃を受ける。こちらの世界の住人は実年齢よりも大人だ。おそらく常に戦いや死が隣にあったからだろう。だがなんとなく、気まずい。
(幾つ年下なの?)
ミコトは気まずい気持ちを隠すようにジョルジュから視線を逸らした。そんなミコトを見たジョルジュは口角をあげ言った。
「ミコトは見た目も、精神年齢も若いな」
ジョルジュは愛嬌たっぷりにウィンクをする。その態度がまたチャーミングで、また大人っぽく、ミコトは弄ばれているような感覚に動揺する。二十三歳の女性がどんな態度を取るべきなのかミコトにはわからない。だが子供っぽい態度をとってはダメだと余裕あるようにぎこちなく笑いかけ、目の前の水を飲み干した。
ジョルジュはそんなミコトの様子に吹き出しそうになった。ミコトは年齢よりも幼く感じる。見た目も幼く見える。だが体は子供ではない。そのアンバランスなところがミコトの魅力だとジョルジュは理解した。
「ところでミコト、好きなこととか、趣味とかある?」
ジョルジュの質問にミコトは首をふる。ミコトは好きなことも趣味も思い浮かばない。答えようのない質問に汗が出る。
会話が途切れた。ジョルジュはなんとかミコトを理解したいと思っている。だから再び質問をした。
「ミコト、欲しいものとかは? こちらの世界の女性は宝石とか、ドレスとか、欲しいものが沢山ある。ミコトはどう?」
ミコトは黙って首を振る。宝石もドレスも欲しくない。そんなものあっても、ミコトには似合わないし、先の見えないミコトにはどうしようも出来ないものなのだ。
何も答えないミコトに対し、ジョルジュはムッとした表情を浮かべた。
「ミコト、俺ばかり話しているではないか、ミコトは何か話はないのか? 俺に聞きたいこととか?」
ミコトは眉間に皺を寄せるジョルジュを見て感心した。かっこいい人はどんな顔しても崩れない。
きっと、泣いても綺麗だろう。
それに、いつからかジョルジュはミコトの前で『俺』と言うようになった。その変化がミコトの心をくすぐる。心を許してくれたようでミコトの心は満たされる。ミコトの欲しいもの、ミコトの好きは全てここにある。
(ジョルジュ様に聞きたいこと。ない訳がない。どんな食べ物が好き? 何色が好き? 趣味は? 好みの……女の子は?)
だが、そんなことを聞いてもジョルジュにとってミコトは異性であっても異性ではない。
本当はもっともっとジョルジュを知りたい。けれどそれは、個人的な感情である限り聞くことは出来ない。聞いてしまえば、恋心をもっと膨らませてしまう。
「……ありません」
ミコトは感情を堪え短く答える。
ジョルジュは短くため息を吐き、無いと言い続けるミコトにとうとう苛立ってしまった。
「ミコト、もっと人とコミニケーションをとった方がいい。人は一人で生きられない。そんなミコトを見て人は魅力的に感じない」
ジョルジュは語気を強め言った。
ミコトはその言葉にショックを受ける。先ほどまでの喜びが一瞬で消え、喉が締め付けられたように苦しい。やっぱり私はダメなんだと言う気持ちに押しつぶされる。
(そんなこと、わかっている。いわれなくてもわかっている。だけど、私は……自分の気持ちを言うことができない)
ミコトは唇を噛んだ。両手を握り感情を押し込めようとする。
だが、込み上げる悔しさや悲しさ、わかってもらうことのない行き場のない気持ちは心から溢れ出し止められそうにない。
この感情をそれを口にできたらどれほど救われるか。けれどジョルジュにとってミコトは聖女であり使命の対象。この感情を口にすることはできない。それにミコトが抱える事情などジョルジュには関係がないのだ。
だが、我慢すればするほど込み上げる感情が目の奥を熱くさせ、握りしめた手の上に涙がハラハラとこぼれ落ちた。
「す、すみません、少し失礼します」
ミコトはハンカチを目元に当て立ち上がり、部屋を出ていった。
ジョルジュはまさかミコトが泣き出すとは思わず、慌てて立ち上がりミコトを追いかける。
先日からミコトとの関係が行き詰まっていると感じ、こんな時間をとった。
(だが、なぜか上手くいかない)
ジョルジュにとってミコトは全く理解できない異世界の人間なのだ。




