君が、わからない
日を追うごとに気持ちが落ち込んでゆく。
ミコトは早朝、部屋の窓から大空に飛び立っていった柊の後ろ姿を眺めながら視線を城へと移した。
三回目の契りは月末に決まった。
その前にジョルジュとコレットは婚約式を行う。神殿は祝福に包まれ、神官たちは浮かれている。
街も、この世界のすべての住人もその婚約を喜んでいる。
ミコトは複雑な心境を抱いている。この世界の住人は皆未来を見つめている。五回目の契りが終わった後ドラゴン王が誕生し、世界に安寧がもたらされ、ジョルジュが即位し、コレットを王妃に迎え平和な世界が始まる。
そこに、ミコトはいない。ミコトのその後を心配する人間は一人もいないのだ。
使命を終えたらこの世界にとどまることも出来る。
そして元の世界に帰ることも、それを決めるのはミコト自身だ。
けれどミコトがこの世界に留まりたいと思っても使命を終えた聖女は異物に過ぎない。
聖女ではなくなったミコトの身分を生活を保証するものが何一つない中で、魔法の使えない、それも使命を終えたミコトを受け入れてくれる人などいないのだ。
そう考え始めると目の前の景色が滲む。わかっていることだが、この世界の人間はミコトを受け入れていないのだ。ただ、この世界を動かす歯車でしかない。わかっていることだが、日を追うごとにその現実が重くのしかかる。だからと言って元の世界に戻る、その選択が、覚悟が出来ない。
ミコトはカーテンを掴み流れる涙を拭う。白いカーテンが涙で滲む。
(このカーテンで何度涙を拭ったのだろう?)
誰にも言えない気持ちを抱えるミコトはできるだけ人と関わらないように部屋に篭る時間が多くなった。
モーリスはそんなミコトの変化に気が付き、声をかける。だが、ミコトの、元々の性格も明るくないことを知っているモーリスはミコトの本当の気持ちを諭ことはできない。異世界の人間の性質だろうとジョルジュには言わなかった。
部屋に篭り続けるミコトはこれではダメだと思い直し、久しぶりに散歩に出かけることにした。
ジョルジュの婚約式の一週間前、婚約式は神殿で行われる。その準備で神殿の中は活気に溢れていた。
その様子を横目にミコトは神殿の中を歩いていた。
ジョルジュの婚約式、もちろんミコトは招待されていないし、誘われてもいない。
その日もいつも通り部屋で過ごす。
神殿の中心の大きな祈りの間を通りがかった時、モーリスとジョルジュの姿が目に飛び込んできた。
ミコトは意味もなく柱の影に隠れる。なぜ隠れるのか自分自身でもわからない。
久しぶりに見るジョルジュの姿は輝いている。金色の髪はシルクのような光沢があり、青い瞳はキラキラと光を反射しその美しさにため息が出る。
(ジョルジュ様、私の使命の相手……あの胸に抱かれた……)
その事実がミコトの胸をときめかせる。けれど、それは一方的な感情であり、必要のない思い。ジョルジュにとって迷惑でしかない愛なのだ。
ミコトは唇を結ぶ。そんなことを考える自分に嫌気を感じた時、モーリスの言葉が耳に飛び込んできた。
「ジョルジュ様、下世話な噂を耳にしました」
モーリスの言葉にミコトはピンと来た。コレット令嬢がジョルジュをミコトの元に送る時複雑な思いを抱いているという、あの噂だ。
(ジョルジュ様はどう答えるの?)
聞きたくない気持ちと聞いてみたい気持ちがミコトの心を揺らす。心臓の音が耳元で鳴り響き緊張が体を硬直させる。
(どうか、聞きたくない言葉ではありませんように……)
意味のない願いを祈りながらジョルジュの言葉を待つ。
ジョルジュはモーリスの言葉に笑いながら答えた。
「モーリス、馬鹿馬鹿しい噂だ。なぜミコトが出てくる? 彼女は使命を背負った聖女だ。そんな感情を持って見る相手ではない」
ミコトはその言葉を聞き息が止まる。
ジョルジュにとってそんな存在だとわかっていたはずだが、本人の口から聞くとその衝撃はミコトの心臓を握りつぶす。
わなわなと震える唇に震える手を当て、叫びそうになる気持ちを押し込める。足も震え膝から崩れ落ちそうになるが必死に堪える。
ジョルジュとモーリスはミコトに気付かぬま神殿の奥に消えた。
ミコトは両手で顔を覆い走って部屋に飛び込んだ。
そのままベットに倒れ込み声を殺し泣き出した。
(聞きたくなかった。できれば聞きたくなかったのに!!)
ミコトはジョルジュの言葉に傷ついた。わかっていた言葉だが、本人の口からその言葉を聞く辛さは想像以上の衝撃を受ける。
そしてミコトのいないところでそんな話をした二人に対する不信感に近い怒りがミコトの心を煽るように燃え上がらせる。
(なぜこんな思いをしなければいけないの? 私に一切メリットがないこの使命、それを当たり前のように思っているこの世界の人、私は皆と同じ一人の人間なのに、なぜそうみてくれないの!?)
ミコトはベットから起き上がり衝動的に窓に手をかけ窓枠を乗り越えようとした。
(ここから飛び降りたらきっと死ねる。私が死んだら、そしたら……全てが壊れる。)
ミコトは息を飲み目を閉じた。この土壇場で迷ってしまう。
(このまま飛び降りたら、この気持ちも晴れる? そんな問題?)
「ミコト!!」
振り返るとジョルジュが部屋のドアを開け飛び降りろうとしたミコトを見つけ駆け寄って来る。
(なぜここに!? こんな姿、見られたくなかった……)
ミコトは目を見開き、今の自分をみられた羞恥心のような感情に飲み込まれ全てから逃げたくなった。
(もう、いい、こんな私を見られたならば、ここで終わりにしよう。柊、ごめんね)
ミコトは掴んでいた窓枠から手を離した。
体が下に引っ張られるように落ちてゆく。ミコトはそのまま意識を失った。
目覚めた時、目の前に柊の顔があった。柊は目覚めたミコトの頬を舐める。ミコトは意識朦朧としながらも柊を撫でる。だが腕に力が入らない。生きているのか死んでいるのかわからない、あの感覚にミコトは瞼を閉じた。
次に目覚めた時、目の前にジョルジュがいた。ミコトは黙ってジョルジュを見つめる。ジョルジュは怒ったような表情を浮かべ、ミコトの頬にそっと触れる。
「なぜ、なぜあんなことを……」
ジョルジュは言葉に詰まったように話し始める。ミコトはその言葉に答える元気はない。
「ミコト、なぜなんだ? 俺の何が気に入らない? なぜ、俺をみて、手を離した? どうして……君がわからない……」
ジョルジュの言葉が胸に刺さる。確かにジョルジュを見て手を離した。だけどジョルジュが嫌になったわけではない。こんな惨めな自分をみられたことが嫌だったのだ。




