噛み合わない二人
数日後、ジョルジュはモーリスと共にミコトの前に現れた。
ジョルジュはミコトと目が合うと優しく微笑む。その微笑みは雪解けの春のような暖かさを感じさせる。舞い上がる心を悟られぬよう咄嗟にジョルジュから目を逸らし頭を下げる。緊張と喜びで指先が震えそうになった。
「ミコト様、柊さまは?」
モーリスは部屋に入るなりキョロキョロとしながらミコトに話しかける。
「モーリスさん、柊は先ほど何処かに出かけてしまいました」
ミコトは申し訳なさそうにモーリスに言った。
柊に力を渡してから、その成長は著しく、最近は本来の姿に戻り日中はどこかに出かける様になった。柊の本来の姿はすでに大人の人間ほどになっていた。ただ、ミコトの前では小さなドラゴンに戻る。
柊はミコトを母親のように思いミコトの作ったポンチョを着て、その腕に抱かれている。ドラゴン王として覚醒し始めた柊にとってミコトとの時間は安心できる時間なのだ。
「……ジョルジュ様、申し訳ありません、柊様がいない様ですので、また改めましょうか」
モーリスは申し訳なさそうにジョルジュに言った。その言葉を聞いたジョルジュは目を見開き強い口調を使いモーリスに言う。
「モーリス! 私は柊だけに会いにきたわけではない。ミコトにも会いたかったのだ」
ミコトはその言葉を聞き顔をあげジョルジュを見た。
(そんな言葉を言ってくれるとは!!)
ミコトは、息が止まりそうになる。先日、柊に会いに来たと言った言葉に複雑な心境を抱いたが、今は真逆な心境に至っている。ただただ嬉しい。喜びが全身を駆け巡る。ミコトは震え始める両手を握り唇を結んだ。
「ミコト様。これは大変失礼を、申し訳ありません」
モーリスは顔面蒼白になりミコトに頭を下げる。ミコトはモーリスの顔色が変わったことに申し訳なさも感じた。モーリスは間違ったことは言っていない。神殿の人間としてドラゴン王となる柊を優先し考えるのは当たり前だからだ。聖女はドラゴン王が誕生した後、この世界に必要のない人間だ。後回しに考えることは不思議ではない。
ただ、ジョルジュの怒りを買ったモーリスを気の毒に思いミコトは声をかけた。
「だ、大丈夫です。モーリスさん、気にしませんから……ね」
戸惑い気の毒そうな表情を浮かべモーリスを気遣うミコトを見て、ジョルジュは口元を緩めた。そのままミコトに近づき、その手を取り部屋を出て歩き出した。
「あ、あの……」
ミコトは戸惑いジョルジュに声をかける。指先が僅かに震えているのがわかったのかジョルジュはミコトの手を強く握る。ジョルジュの手の温かさにミコトの心は溶けそうになる。
「ミコト、この神殿のつくり、不思議だろ?ここは私の屋敷のあった場所。だからこんな広い庭園がある」
ジョルジュはミコトの手を握り颯爽と神殿の通路を横切り、神殿のエントランス前にあるマグノリアの木の前に立った。
「……ミコト、この花、好きなのか?」
ジョルジュはミコトの手を離しミコトに聞く。城から見ていたミコトはいつもこの花を見つめていた。
ミコトは突然のジョルジュの行動に心拍数が上がっている。それになぜこの木蓮の花を好きなのかと聞いたジョルジュの質問の意味もミコトにはわからない。
ただ、わかるのはジョルジュに握られていた手の温かさがミコトの気持ちまでも温め、ジョルジュのその言葉に胸が弾んでいる。そんな自分自身に戸惑いながらもミコトはジョルジュの質問に答えた。
「ジョルジュ様、この花は私の世界の言葉で木蓮と言います。木蓮は、世界最古の木と言われていて……春に咲くこの白い花が大好きで……」
ミコトは言葉を止めた。こんなつまらない話をジョルジュに話している自分に気がつき慌てて話を逸らす。
「あ、それよりジョルジュ様、そういえば、あの日、大丈夫でしたか?」
ミコトはあの日ジョルジュが突然現れた日のことを聞いた。あれから城に戻ったジョルジュは抜け出したことを上手く誤魔化せたのだろうか?
「……あの日?」
ジョルジュは首を傾げる。なんのことかわからないような表情を浮かべジョルジュはミコトを見つめている。
ミコトはジョルジュの様子を見て体が熱くなった。
あの日といえばすぐにピンと来るはずのジョルジュは何を指しているかわからないでいる。
あの夜、晩餐会の前に訪ねてきてくれたことは、ミコトにとって大きな喜びだったが、ジョルジュにとって覚えていないほど、どうでもいいことだったのだ。ミコトはそんな自分が恥ずかしくなった。
「ごめんなさい、勘違いです、何でもないです。それより、あの、モーリスさんが待っていらっしゃる様です」
ミコトは少し離れた場所で立っているモーリスに視線を向け、ジョルジュに言った。
モーリスの視線の先にはいつもジョルジュがいる。
ジョルジュはミコトの視線の先にいるモーリスを見た。そしてまたミコトを見つめ言った。
「ミコト、二回目の契りのことだが……」
その言葉にミコトの背筋が伸びる。ジョルジュの言葉にどこか戸惑いのようなニュアンスを感じたからだ。
「……はい」
ミコトは不安に鳴り響く心臓の音に耳を塞ぎたくなったが、平静を装い答える。
ジョルジュは笑顔のないミコトを見て複雑な気持ちになる。ミコトは決してジョルジュに心を開かない。開いて欲しいわけではないが、あまりにも他の女性と違うその態度にどこか苛立ちにような気持ちを抱いてしまう。わけもわからぬ傷つけたい衝動、自分の言葉で泣かせたい衝動、それを見て安心したいエゴのような醜い気持ちが生まれる。
「契りは、お互いの使命だから……。ミコト、二回目、あのマグノリアの屋敷でいいか?」
ジョルジュのテンションが下がったような言い方にミコトの気持ちも下がる。
義務、使命。
そんな関係でしかない二人にそれ以外の感情など湧くはずがない。
ミコトは返事の代わりにゆっくりと頷いた。
「……では、またその時に……」
ジョルジュはミコトから目を逸らし、モーリスと共に神殿から去っていった。
ミコトはジョルジュの後ろ姿を見送った後大きなため息を吐いた。
(明るい太陽のような性格のジョルジュ様と、暗い性格の私。お互いの性格が合わないことはわかる。だけど、ジョルジュ様と全く噛み合わない状態で二回目の契りは、気が重い)
ミコトは複雑な思いを胸に木蓮を見つめる。この世界に来た時から咲いている木蓮。
(この世界では木蓮の花は咲き続けるのだろうか?)
ミコトは散る様子のない木蓮を見つめた。




