気まぐれ企画 気晴らしはさせたかったけど、何も異世界転移じゃなくてもよかったのに
夫婦というより、カップルのこの二人は、今はさっさと戻る算段をしていますが、本当は異世界の生態調査をしたいのではと、思います。
何事も、気晴らしは必要だ。
特に、最近ようやく働きづめの状態を脱し、一息つくことを思い出した男には。
「引継ぎは終わったし、ようやく感傷に浸れるかなと、そう思っていたのにな……」
暗く呟く男に、朱鷺は申し訳ない気持ちになる。
男、狭霧の父が亡くなって、数年。
悲しみを紛らわすように、ずっと働きづめだった。
母親と共に育てていた娘が結婚し、子供を授かった後も、最近早期引退を決めるまで、休むこともないほどに仕事に没頭していたが、ようやく我に返ったのだ。
それを痛々しいと思いながらも見守り、そこまで落ち着いたのを見計らった朱鷺が、気晴らしにデートに誘ったのだが……。
待ち合わせ場所に二人が揃った途端、地面にまばゆい光が出現し、気づいたら見知らぬ土地の見知らぬ村らしき場所の、ど真ん中にいた。
「ひっ、魔人っっ」
突如出現した大小の男女に、通行していた人間らしき連中が悲鳴を上げ、逃げ出す。
溜息を吐く狭霧の隣で、逃げていく村人たちの背を見ながら朱鷺は顔をしかめた。
「いや、魔人って。ここの人たちの方が、魔人じゃないか」
「……狐の混血だって、魔人の仲間だろ」
落ち込みながらも、狭霧は女の声には反応する。
そんな男に、朱鷺は後ろめたい気持ちで謝った。
「御免、狭霧。変なところに連れてきちゃった」
「? 朱鷺が連れてきたわけじゃ、ないだろ?」
「いや、多分これ、祖父さんのせい」
「あ」
そう指摘されてようやく、狭霧は周囲の異常さに気付いた。
「そういえば、さっきの人たち、耳が長かったな」
「うん。多分、前に蓮が言っていた、異世界ってとこだよ」
「ってことは、あれ、エルフとかいう生き物?」
だからかあと、狭霧は村を見回した。
大樹に囲まれた、閉鎖的な空間に、それより小ぶりな木々が立ち並び、その一本一本に、数個の穴が開いているのが見える。
「本当に、木に住んでるんだな。孫が言ってた通りだ」
ひとしきり感心した後、狭霧はふと気づいた。
「村の出口、何処だろ? 魔人と怯えられたってことは、敵認定されてるよね?」
「そうだね。早くここを出よう。大事になる前に」
「え?」
「え? って?」
素直に頷いた朱鷺の言葉に、男は何故か驚いた。
そのことに驚いて返す女に、狭霧は不思議そうに首を傾げた。
「いいのか?」
「何が?」
「解剖しなくて?」
「そんな場合じゃ、ないだろ」
穏便にここを出たいのに、耳がいいらしい村人たちが、木々の中で緊迫してしまった。
慌てて窘めたが、遅かった。
何かが風を切って、朱鷺の方に飛んできた。
狭霧が無造作に手を振ると、軽い音とともに何かが地面に落ちる。
いつの間にか男の手に、父親の形見が握られていた。
「……誰だ? 女を矢で狙った最低な耳長は」
風を切った矢を、警棒で瞬時に撃ち落とした長身な男は、その端正な顔に剣を滲ませながら、矢が飛んできた方向を見やった。
「長いだけで使い物にならない耳は、この場ではぎ落してやろうか?」
「狭霧、怒り方がおかしい」
我に返ったとはいえ、最近まで働きづめだった男は、考えが大袈裟になってるようだ。
小柄な女は男を宥めながら、出口らしきところを見つけ、そちらに移動していった。
その間に、二人には矢の嵐が降り注いでいたが、狭霧がすべて警棒一本ではじき返していた。
持つべきものは、戦闘能力の高い連れ合いだ。
何とも誇らしい気持ちで、それでも冷静に逃走経路を確保して歩いていた女は、聞き慣れた悲鳴がこちらに近づいているのに気づき、足を止めた。
「……? あれ、この声……」
矢を上手に弾きながら、狭霧も首を傾げる。
「ここって、異世界だよな? 何で、叔父さんの声がするんだろ?」
「しかも、悲鳴? 珍しい」
戸惑って立ち止まった二人の前に、悲鳴の主が現れた。
狭霧くらいの長身の優し気な男が、今は珍しいほどに取り乱して、走ってくる。
その後を追ってくるのは……数本の大樹、だ。
「へ?」
間抜けな声を出した朱鷺の横で、狭霧が歓声を上げた。
「雅、面白いものを乗りこなしてるなっ。かっこいいぞっ」
え、何処?
女が狭霧の視線を追うと、その大樹の一本に、見慣れた女がしがみついていた。
「へ? 何してんのっ?」
思わず叫んだ朱鷺の声と、優しい声が重なった。
「いい加減に、その人を追うのは、やめろ。核を叩きつぶすぞ」
「? 雅、怒ってるのか? あれ、エン叔父さん?」
首を傾げながら思い出し、背後を振り返った狭霧は、他の数本の大樹が、その叔父さんを枝で絡めとるのを見た。
高々と高所に持ち上げられ、その男は失神寸前だ。
「っ、叔父さんっ」
狭霧が叫び、助けに向かう前に、朱鷺が低い声を出した。
「動かないで。もう、いいや。この村」
吐息と共に吐き出された言葉は、完全に怒りを籠らせていた。
「へ?」
今度は狭霧が間抜けな声を出す横で、女は立ち尽くしたまま空を仰いだ。
「折角、気晴らしできるほどに回復したのに。雅ちゃんだって、これまで子育てて忙しくしてたから、最近ようやく感傷に浸れるんだよ? そんな時期に、あの祖父さんはっっ」
うわあ。
思わず声を出し、男は高所にいる叔父を見上げた。
うまく失神しているようだから、受け止める必要はない。
それを確かめた途端、全ての大樹が動きを止めた。
それに気づいた長身の美女が、しがみついていた樹木から飛び降り、旦那の方へと駆け出す。
その間に、周囲の植物たちは、次々と枯れ始めていた。
一人の男を襲っていた大樹たちも、村の大樹たちも、ついでに、村人たちの住処も。
ちょっと、異世界に連れて行き過ぎたせいで、どう収めればいいのか迷っております。




