第九話 「真相」
「シャリア! シャーレ!」
マーマを寮母に預けた後、未明の寮棟を駆け抜ける。シャリアの部屋を目指して、全速で。
「どうしたんですかファブリエルさん、ノックもなしに入るだなんて……」
「急いでください……はぁ、はぁ、犯人、犯人見つけましたから!!」
「……! シャーレ!!」
「こちらに」
「ファブリエルさん、蝶を出してください。行きましょう」
私とは対照的に、彼女らは怒りつつも落ち着いていた。そのことに微細な実力差を感じつつも二人をそれぞれ乗せた。『蝶報』の魔力を辿って現場へと向かう。
東の空がだんだんと白み出している。
「反応はこの奥です」
「ここは……?」
「ズウィヒ教の教会です。王都ではあまり珍しいものじゃありません」
辿り着いたのは、真っ白な石造りの教会。見上げるほどの高さの塔の頂上には、祈りを捧げる少女の像がある。
「行きましょう」
シャリアの号令で、シャーレが重厚な扉を開けた。キキィと嫌な音が闇に響く。その音を私の脈動がかき消すようだった。
「こんな時間にお客様様でしょうか……?」
「ッ──!!」
私の魔力が彼女から放たれていた。深夜まで祈りを捧げる信心深いシスターから、私の、『蝶報』の魔力が。
「シャリア! 彼女です!」
言い終わるよりも前にシャリアは剣を抜いていた。臨戦態勢。
「貴方はなぜ人攫いをしたんですか」
「人攫い? あ、まさか」
「攫った人たちはどこにいるんですか……!」
ジリジリと距離を詰める。シスターはありもしない逃げ場を求めて壁と背を密着させ、震えていた。
「貴方が誘拐した人たちの中に……私の妹がいるかもしれない。次期イスカ皇帝たる私の妹がです!!」
「シャリア、落ち着いて──」
「落ち着いていられますか!!」
「やっと妹に会えるかもしれないんです。7年間全く見つからなかった、妹の痕跡が掴めるかもしれないんです。どうしてシャーレはそんなに落ち着いてるんですか!!」
光がシスターの首筋を捉える。
「白状なさい! 貴方が攫った人たちはどこにいるのか。その中に『死者の声が聞こえる』という娘はいなかったか!」
「わ、私はただ子どもの保護を……」
「いいえ、それはありません」
私はシスターの言葉に割って入る。私が空から見た一切の事実。それが彼女を否定した、その時だった。
「ファビィ!!」
声のする方を振り返ると、肩を上下に揺らしたエトナがいた。
「その人は……悪い人じゃありません!!」
───────
「この方はシスター・ソラファ。ここで孤児院を運営している方で、私の育ての親です」
「だからって!!」
「シャリア、今は落ち着きましょう」
エトナはいまだ警戒を解かないシスターを庇っている。後ろから刺されたりしないよう、いつでも魔法の発動はできるようにしておく。
「ですが、私は彼女がマーマに何かした場面を見たんです」
「そ、それは私の『守ろうとした相手から信頼される』魔法です」
「なぜ使ったんですか?」
「頑固な子も中にはいますから、話を聞こうと思って使ったんです。決して悪いことには使っていません」
「ソラファさんは、マーマさんを孤児だと思ったのでしょう。夜に一人で出歩くなんて、よっぽどの理由が必要ですし。魔法を使って話を聞こうとして、そしてその瞬間をファビィが見た……というのが事件の顛末だと思われます」
エトナはそう付け足した。まさか、シスターはエトナにも魔法をかけて、無条件の信頼を得ているのではないだろうか。
「私から質問です」
「あなたは……?」
「申し遅れました。私はシャーレ・ルアン・イスカです。この一連の人攫い事件、もしそこにいらっしゃるシスター・ソラファが犯人でないとした場合、成人も被害を受けている現状と矛盾する」
「わ、私は誘拐などしていません! ただ路頭に迷う子どもたちを助けたかっただけで……もちろん、それが皆様にご迷惑をかけたことは謝罪します。ですが、ズウィヒ様に誓って申し上げます。それ以外のことは一切やっておりません」
しかし、それは杞憂だった。エトナとシスターの目は、疑う理由が足りないように感じる。これはグリスと同じ目だ。自分は正しい行いをした、するべきであると思っている清い目だ。
「わかりました、エトナとあなたを信じます。今回は本当に申し訳ありませんでした。ご無礼をお許しください」
「ファブリエルさん!」
「どうにもこの人は間違っていないように思えます。妹さんは……また探しましょう。協力してくれませんか、エトナ」
「それが、ファビィの頼みなら」
少しずつ、ステンドグラス越しの彩れられた光が教会内に差してきた。もう日の出か。
「そうなると、人攫いの犯人は別にいることになりますね」
シャーレは顎に手を当てて考えながらそう言った。そうだ、事件はまだなにも解決していない。真犯人は別にいるのだ。
「……一度、戻って休みます。疲れてしまいました」
シャリアは体をぶらりとさせながら俯いている。私との出会い、そして今日。彼女は二回も期待を裏切られた。私は彼女に恩を感じている。エトナと出会えたのは、彼女があのクラスに私を私を編入させてくれたからだ。最善の努力をしよう。
「シスター・ソラファ。本当にご迷惑をおかけしました。本日のお詫びは必ず」
「気にしないでください。あなたも事情があってのことでしょうから。妹さんが見つかるよう、私も祈っています」
二人は互いに軽く礼すると、それぞれの道を向く。
今回は、私の責任が大きい。私が勘違いしたことでシスターにももエトナにも、シャリアにもシャーレにも要らぬ迷惑をかけてしまった。虚脱感が体を蝕むような感覚に陥る。
私にできることは……せめて、真犯人を見つけることか。攫われた人たちを、誰一人欠けることなく救い出してみせる。
────ファブリエルが、空を舞っていた頃だろうか。
コツコツコツ。石畳の上を一人の男が歩いていた。宵闇に似合わぬ白の礼服に身を包んだ、不思議な男だった。一つ特徴を挙げるなら、腰のポケットから小さな可愛らしい人形が顔を出していることだろうか。
男は、大きな屋敷へと向かっていた。門を開けると、鉄と路面の擦れる痛々しい音が鳴る。それがむしろ心地良いとでも言うかのような、いかにも楽しそうな様相であった。
「おかえりなさいませ」
「ああ。ただいま。いつものをするから、人払いをしておいてくれ」
「承知しました」
男は使用人にそう告げると、隠し扉を開けて地下室へと向かった。手に持った燭台が不気味に光る。
「皆さんごきげんよう。今宵は月が綺麗ですよ。まるで、今のあなたたちのようだ」
地下室は、牢獄だった。と言っても鉄格子で区切られた奴隷商のようなものではなく、地下にある集合住宅のような感じだ。両手に、二部屋ずつあり、白い壁にチョコレートのようなドアが貼り付けられていた。
一つの部屋につき、四、五人の人間が詰め込まれている。中の者はというと、傷一つついていない綺麗な体をしていた。服は個人に合わせてぴったりのものが縫製されていて、まるでそこに暮らしているかのようだった。彼らは、自分たちが誘拐されたという事実を忘れつつある。
「あ、ツァイトさん。お帰りなさい」
「ただいま帰りました」
部屋のドアを開けて、一人の娘が出てきた。16歳ほどの少女だ。
「……。よろしければ、上まで来てもらえませんか」
「もちろんです! 何かあったんですか?」
ツァイトは答えることなく、少女の腕を引いて地上へ上がった。そして、隠し扉の左にある大きな部屋へと入る。
「そこに座って、楽にしていてくださいね」
「へぇ……ツァイトさんの屋敷ってこんな感じ──」
「『変幻』」
そうツァイトが唱えたとき、娘の意識は途絶えていた。彼女はツァイトの掌にそっと収まるような、人形へと変わっていく。皮膚が歪み、瞳の輝きは人工的になり、服はミニマムに。
「今日から、改めてよろしくお願いします」
ツァイトはそっと、人形へと変わり果てた彼女に口づけをした。永遠の魂を求めて。




