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蝶の軌跡は綴られぬ ─記憶喪失冒険譚─  作者: 御門 厳寺
第一章 バタフライエフェクト
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第八話 「他称イケメンと口無し王女」

 グリス・フォードロイヤル。幾千の空島で構成されたイスカ帝国の右斜下、国土の半分が日陰になっているドドラ王国の第三王子。父はドドラ・フォードロイヤル、母はゲック・フォードロイヤル。兄と姉がそれぞれタイタンとメディ。彼は末っ子だった。


 通称「駄目馬鹿王子」。

 なんとも語彙の足りない民衆だ。


 以上がシャリアの資料に載っていた情報。さすがは王族、秘匿性が高い。あまり有用といえるものは無さそうである。

 

 早速私はグリスを校庭に呼び寄せた。昼下がりの太陽は、どうにもこうにも眠気を強める。欠伸をしていると、向こうからグリスがやってきた。尋問開始だ。


「ファブリエル、先日はどうもありがとう」

「そんなそんな。私はただ開始の合図を出しただけですよ」


 彼はなんの断りもなく私の隣へと座った。そういえば、オールバックはイスカじゃあまり見かけない。ドドラの伝統かなにかだろうか。


「この髪型が気になる?」

「すみません」

「謝ることじゃないよ。ただ戦うときに邪魔だから。切ろうとしたんだけど、国王陛下に咎められてね」


 彼は恥ずかしそうに笑った。その雰囲気は、どことなくシャリアに似ている気もする。


「それで、本題は?」

「王都で頻発する、人攫いのことです。私は色々と捜査を進めているんですが、グリスはなにか情報を持っていませんか?」

「いや、ないな」


 彼は真っ直ぐな目つきだ。即答である。


「この国に来て何年か経つけど、母国の何倍も治安がいい。前に決闘をふっかけられたときも、きちんと騎士隊が割って入ってくれた」

「それを根拠に『治安がいい』と言うのは無理があるのでは?」

「少なくとも、人攫いの噂は聞かないね」


 話が噛み合っていない気がする。世間知らずとも少し違うが。


「……申し訳ありません、私はグリスを疑っています」

「そうなのか!?」

「あなたがドドラ王国のスパイである可能性も否定できませんし」

「そんな……僕はこの国が心から好きなのに」


 留学生とはそういうものだ。厄介払いされたか、スパイかの二択である。が……


「ですがまあ、嘘はつけなさそうですね」

「そこまで言われると照れるよ……」


 違う、そうじゃない。私は「あなたに嘘をつけるほどの賢さはないでしょう」と言ったのだ。全く。


「じゃあ、僕は何をしたらいい?」


 そのセリフを理解するのに、数秒を要した。

 

「え、協力してくれるんですか!?」

「悪い奴らは許しておけないから。絶対に探し出して、裁きを受けさせてやる。まあ……僕にできることは少ないだろうけど」


 彼はまた、恥ずかしそうに笑う。その言葉一つ一つに陰りがなく、その瞳は一欠片の打算もない、透明に輝く水晶だった。


「でも僕は、正しい人間でありたいんだ。できないからって、やらないわけにはいかない」

「だから協力させてほしい。必ず役に立ってみせるから」


 彼はベンチから立ち上がり、私に頭を下げた。グレイバックに戦いを申し込んだときのような、直角で、誠実な嘆願だった。


「……」


 私は自分を恥じた。己の浅さを、噛み締めた。


 彼は私よりもずっとずっと、日に照らされた真っ当な道を生きている。彼のどこが駄目で、馬鹿なのだろう。語彙の足りない民衆だ。


「ありがとうございます、グリス」


 私は彼の手をぐっと握りしめた。信頼と、尊敬の証として。


────その後、次の“参考人”へと向かった。


 サウレカ・フリッジ。イスカから馬車で1カ月ほどのところにある、ニパソナ王国の貴族の出で、なんでも非常に高い技術力を持っているそうだ。

 シャリアの資料はやはり優秀である。


 事前にアポを取ったところ、指定されたのは中等学校舎の地下二階に午後5時だった。薄暗い階段を下り、洞窟のような廊下を渡った先にその部屋はある。 奇妙な佇まいだ。


 コンコンコンとノックをする。が、返事がない。いないのだろうか。


「サウレカさーん? 入りますよ?」


 そっとドアを開けると、薄暗い部屋の中に何かがいる。その正体──唸り声を上げる紫の毛むくじゃらと目が合った。()()()()()()()()()()()()のに、目が合った。



「ゔっ……ぁ……!」


「い゙ぃやぁぁぁあ!!!」


 自分でも驚くような金切り声をあげて、私は逃げ出した。車輪のように足が回る。間違いなくあの怪物が人攫いの犯人だ。あいつはサウレカを食べたんだ。早く……早く……シャリアに伝えないと!!


「ま、待って!!」


 後ろから少女の声がした。 

 まずい、逃げ遅れた被害者が……!!


「わたし、私がサウレカだよ」


 振り返ると、紫の毛むくじゃらはサウレカと名乗った。 


───


「先ほどはすいませんでした……!!」

「気にしないで……私も悪いし」


 サウレカは私を部屋に通してお茶を出してくれた。部屋の中はランプで照らされ、辺りには本や魔方陣の描かれた紙が散乱している。中空に静止した金属の立方体や、僅かなスピードで回転を続ける円盤など、珍妙な物体がところ狭しと飾られていた。


「今日は遊びに来てくれてありがとう。私はあんなあだ名を付けられてるから、友達もあんまりできなくて」

「『口無し王女』ですか」

「魔法陣の副作用で、しばらく喋れなかっただけなんだけどね」


 サウレカは寂しそうだった。この研究室も、本来ならもっと日の当たる暖かい場所にあったのだろう。それが今は、洞窟の中に。


「サウレカ、単刀直入にお聞きします」 

「なにかな」


 その後、グリスと同じようなことを伝えた。うんうんと相槌を打ちつつも、途中で顔を顰めるような素振りを見せる。白か……?


「因みに、犯人の目星は?」

「それが全くです」

「そっか……なら私にできることは少ないかも。ごめんね」

「いいえ、構いませんよ。元より無理なお願いなのは承知してますから。私とグリスと、生徒会で捜査を進めます」


 私がそう言うと、彼女がピクリと反応した。また魔法陣の効果が出てきたのか。


「……わかったよファブリエルちゃん、私も手伝う」

「あ……ありがとうございます!」


 いや、違った。サウレカもグリスと同じで、正義感に富んだいい奴なのかもしれない。


「もしここで生徒会長に恩を売れば、まともな研究室が割り振られるかも!」

「……?」

「そうと決まればファブリエルちゃん、捜査は私に任せて。絶対探し出してやる……!」

  

 なぜだろうか、同じセリフなのにグリスとサウレカでこうも違う。私の中でサウレカの印象がコロコロと変わってくのを感じた。毛むくじゃらの怪物、研究者、意外と強か。これら全てがサウレカの構成要素なのだろう。


「ではサウレカ、私はこれで……」

「うん! 来てくれてありがとうね」


 口無し王女。その名前は彼女には相応しくないことくらい、私にもわかった。彼女もやはり、尊敬するべき友人だ。


 地下から階段を登って地上へ出ると、外は少しずつ茜色に染まっていた。この感覚はエトナと食事をするときと似ている。友達と大切な時を過ごした感覚だ。私は寮に戻ることにした。


───────


「ん……うん」


 ふと、目が覚めた。サウレカから貰った壁掛け時計は午前2時を指し示している。


 今日の二人は、私とあまりにも違っていた。グリスは理想を叶えようと努力していて、サウレカは研究に勤しんでいる。

 一方私は、魔王を倒すだのと仰々しいことを言っておきながら、何もしていないのが現実……なんだか今は夜風を浴びたい気分だ。


 普段着に着替え、出かける準備をする。


「……ベーコンベーコ……」

「ふふっ」


 まさかエトナは夢の中でもご飯を食べているのだろうか。こういうところが可愛い。

 そういえば、エトナにはまだ捜査の件を話していないな。親友に隠し事などはしたくないし、朝食の時にでも話すことにしよう。


「行ってきますね」


 エトナの髪を一撫でして、私は音を鳴らさないようにそっとドアを開け外へと駆り出した。


 今夜は満月だ。透き通った空気が私の肺をいっぱいに注ぎ、足元の花が揺れる。花鳥風月という言葉がぴったりな時間だ。


「『(ガリアード)』」


 寮の庭でそう唱えれば、魔力の粒子が光を放ちながら蝶の形を成す。私はいつものように跨って、夜の王都を探検することにした。ここからは私が夜の支配者である。


「見て、地上が星空みたいだ」


 そう言っても、蝶が返事をすることはない。ただ私に従って羽ばたくのみだ。しかし言わずにはいられなかった。


 冒険者街は明かりをあちこちに灯して、酒を飲みながらどんちゃん騒ぎ。貴族街や居住区は屋根や川が月明かりを反射して銀に輝く。


「私たちも、いつかああいうことをしたいな」

  

 返事をしない相棒へと、語りかけるのだった。



「ん……?」


 目を凝らすと、路地裏に青髪のクラスメイトが見えた。確か名前は……マーマといったか。こんな時間に何をしているのだろう。私は好奇心のままに、彼女を空から追いかけてみた。


「───」


 その時、後ろからフードを被った何者かが、マーマに何かをした。警戒心もなしに、陶酔したようについて行ってしまうような何かを。


 今日二度目の確信が私を突き動かす。


「マーマ!!」


 重力を乗せて加速し、全速力で下降する。下へと手を伸ばし彼女を掬い上げ──

 

「ッ!」


 私が近づくのに気付いたのか、犯人は逃げ去っていく。取り逃したくはないが、まずはマーマが優先である。しかしそれは、私から逃げられたと錯覚する根拠にはならない。


「『蝶報(オスティナート)』」


 見失う前に、私は小指の爪ほどの大きさの蝶を奴の服に向かって飛ばし、付着させた。これでしばらくの間なら、奴の居場所から私の魔力が放たれる。追跡が容易になるというわけだ。


 適当なところで蝶を降りて、マーマに駆け寄る。彼女はドサッと崩れ落ち、魂が抜けたようだった。一致しない焦点を、なんとか私へ向けてくれている。


「マーマ、大丈夫?」

「あなたは確か……」

「新入生のファブリエルです。とにかく逃げますよ。しっかり掴まってくださいね!」


 私はマーマの手を取り、蝶の背中に乗せて学校へと引き上げた。彼女を送り届けた後、シャリアとシャーレと私で犯人を追跡する。


 犯人の尾が、見え隠れしてきた。

次回:第九話


「真相」

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