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蝶の軌跡は綴られぬ ─記憶喪失冒険譚─  作者: 御門 厳寺
第一章 バタフライエフェクト
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第五話 「バタフライエフェクト」

「みなさん、前々からお伝えしていたように……今日からこの学校に新入生が来ます。温かく迎えてあげてください」

  

 壇上に立つ、少し疲れのたまった先生がそう言った教室は、私を含めて7人程しかいない。どこからどう見てもスカスカだろう。そして今日、その人口密度が少しだけ改善されるらしい。


 新しい仲間というのは、この学校においてあまり珍しいことではない。諸外国から留学という名目で厄介払いされた王族がそれなりにいる。そこにいる金髪の、他称イケメンのグリスや口無し王女のサウレカ、あとはまあ……一応私。王族ではないが、厄介払いされたのは変わらない。


 しかし、新入生。つまるところ、今まで学校に通ってこなかった者がこの学び舎にやってくるということ。私は少し驚きつつも、魔導書を読む手を止めなかった。


「入っていいですよ」

「失礼します」


 ガラガラと扉を開けて入ってきたのは、7歳くらいの黒髪の少女だ。


(まさか……飛び級? いや、ただ体格が小さいだけかも)


 私がそう否定したかったのは、彼女があまりにも大人だったからだ。立ち居振る舞いの全てが妖しい花の香りを放つような少女。私の無意識が彼女に魅了されてしまっている。


 私と目が合った彼女は少しばかり会釈をすると、壇上の中心に立って挨拶をした。


「始めまして。今日からこのクラスでお世話になります、ファブリエル・フロントライン、7歳です。至らぬ点もあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いします」


 放たれた所作は貴族の生まれかと思わせるほど完璧なものだった、しかし見た目は平民そのもの。髪が艶めかしいというわけでも、高価な装飾をつけているわけでもない。だからこそ、その対比の中で、完成された異常性が際立つ。


 だからきっと、あの子は嘘をついている。7歳などと嘘をつき、自分を誇示しようとしているのだ。


「ファブリエルさんは飛び級でこのクラスへと編入されました。席は……見ての通りスカスカですので、好きなところにどうぞ」


「飛び級……?」

「私より年下が……」


 「飛び級」という言葉が聞こえたのを皮切りに、クラスメイトが騒ぎだした。無論、その中には私も含まれる。


(本当に7歳……じゃあ、あの雰囲気は……)


 ファブリエルと紹介された少女はしゃなりしゃなりという音を感じさせながらこちらへ歩いて来た。グリスの隣でも狙っているのだろう。そう思っていた。


「今日からよろしくお願いします」

「ええっと……はい」


 にこやかな彼女は私──エトナ・クリリースへ右手を差し出した。


───────


 イスカ国立初等学校において、魔法が使えるか否かは進級に大きく影響する。一般的には、10歳にもなれば魔法を習得して上級に進むらしい。


 逆に言えば、多くの生徒に10歳にならないと魔法は使えない。その点において、私は外れ値である……と試験のとき聞かされた。なにせ、あれほど大きな蝶で会場に乗り込んだのだから、そう思うのも無理はないだろう。


「はじめまして。教頭のヴァーザと申す者です」

「はじめまして。ファブリエル・フロントラインです」


 私を門で出迎えてくれたのは、物腰の柔らかいお爺さんであった。みんなから慕われ、懐かれるような感じだ。銀髪を短く切りそろえ、右目にはモノクルをつけている。先生、というよりも執事という言葉が似合うかもしれない。


「本日は、色々と学校を見て回りましょうか。ついてきてください」

「よろしくお願いします」


 この学校は、初等学校という名がついているものの実際には中等、高等学校と校舎を共有している。北を校舎、西と南を寮、東は門といった具合に敷地が区切られていた。中央には広大なグラウンドを有する、王都らしい場所である。


 高等学校の授業を覗いたが、授業というよりも研究だった。なにやら仄かに光る石を様々な角度で見つめ、それを加工している。


「ヴァーザさん、あの石はなんというのでしょう」

「あれは『魔鉱石(ジュエル)』と呼ばれる新発見の素材でして。魔力を貯めたり放出したり、増幅したり減衰させたり……様々な効果が発見されてきています。ちょうど『特異点』頃からですかね」

「『特異点』?」

「ええ、それは──」


 ヴァーザが言いかけたとき、廊下の向こうから金色の空気が流れてくる。見ると、高貴な雰囲気を漲らせた少女が、こちらへと走ってきて……私に抱きついた。


「やっっと会えましたね……アレィ……!」

「ちょ、ちょっと! 急に何ですか!」

「驚くのも無理はありません。だって貴方が私と引き裂かれたのは7年も前のことで……」


 その後も彼女は、ヴァーザが止めるまで20分ほど喋り続けた。アレィという子を随分と溺愛しているらしい。


「シャリアさん、その子は貴方の妹ではありません。新入生のファブリエル・フロントラインさんです」

「で、でも! たしか魔法の腕前がすごいんですよね!? じゃあやっぱり……」

「貴方の妹なら、髪色が違うはずないでしょう」


 言われてみれば確かに……という顔をシャリアと呼ばれた彼女はしていた。考えるよりも先に行動が出るタイプと見た。こういうのは嫌いじゃあない。


 すると彼女はんっんと咳払いをして、優雅な挨拶を始めた。


「はじめまして、ファブリエルさん。私はイスカ国立高等学校の生徒会長を務めております、シャリア・パラディン・イスカと申します。先ほどは大変なご無礼を。どうかお許しください」

「い、いえ。お顔をお上げください」

「お心遣い、感謝します」


 生徒会長か……なんというか、シャリアは二面性の激しい人だな。


「妹さんは見つかりましたか?」


 私が呆気に取られていると、どこからともなく黒服に身を包んだ執事と思しき人が現れそう言った。 かっこいい声だ。


「いいえシャーレ、思い違いだったようです」

「そうですか、では帰りましょう」


 シャーレと呼ばれたその男は、こちらに一礼するとシャリアの手を取って歩いていった。


「もっとキビキビ歩いてください! まだまだ業務は残っているんですからね!!」

「うぇぇ……」


 二人の姿が曲がり角に消えていったくらいに、そんなやりとりが聞こえた。どうやら相性バッチリらしい。


「……嵐のような人でしたね」

「否定はしませんよ、ファブリエルさん」


 その後は、私が編入する上級クラスへと挨拶をした。 アリエ曰く、第一印象が大事とのことなので、取り敢えずクラスの全員と握手をしておいた。


「次は……どこに行くんでしたっけ」

「日も落ちてきましたし、寮に行きましょうか。ルームメイトとも顔合わせを」


 寮棟の扉を開けると、活気にあふれた食堂が私を出迎えてくれた


「この香りは……スパイスですか」

「おや、ファブリエルさんはご存知でしたか。あまりイスカでは定番ではないのですが」

「母が料理にこだわる……ん?」


 ヴァーザが答えた辺りから、生徒の空気感が変わった。急に服装を気にしたり、前髪を櫛で梳いたり。食事中だというのに、厳かだ。


「ヴァーザさん?」

「はは、顔に出てましたかな。いやはや、親しみやすい教頭を目指していたつもりが、気がつけば皆から恐れられてしまっていて。少しばかり、悲しいだけですよ」


 階段を登った先、二階以上が寮になっている。私の部屋は3階の8号室だ。ヴァーザは気を利かせて、階段の側で待機してくれている。


 ここからは、一対一だ。


「失礼します」

「どうぞ」


 コンコンコンと扉を叩き、恐る恐る扉を明ける。


「ルームメイトはあなただったんですね」


 部屋の中にいたのは、同級生だった。サラサラの金髪に、高めの身長。幼少期のナノが多分こんな感じだ。


「自己紹介しないとですよね……クラスで隣の席の、エトナ・クリリースです。年は10歳。好きなものは味の濃いものです。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


「味の濃いものがお好きなんですね」

「はい。そういうので口の中がいっぱいになると、なんか生きてるー! って感じがするんですよ」 

「わかります! 私も母の料理を食べているときが一番幸せで……」 

「あら、お母様はどういったものをお作りに?」

  

 その後も、食べものの話題が続いた。エトナは非常に大人しい子だが、食のことになると目をキラキラと輝かせて語ってくれる。因みに一番好きなものは食堂で売られている、肉を甘辛く炒めた料理だそうだ。

 

「それではエトナさん、今日からファブリエルさんをよろしくお願いします」

「は、はい! ヴァーザ教頭」


 いつの間に話を聞いていたのか、ヴァーザがひょこっと顔を出して言った。


 こうして、イスカ国立初等学校での初日は幕を終えた。その後エトナと夕食を摂り、二段ベッドの上を譲ってもらった。

次回:第一部 第六話


「学校での一日」

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