第四話 「そろそろ世界を知りたい」
「ファブリエル、学校に興味はない?」
とある日の昼下がり、アリエはそう言った。本当にふと思いついたような言い草だったので、私も反応が遅れた。
「えぇと、まあ。私は家と周辺しか知らないですし」
当初この家に連れられてきた当時は、一刻も早くこの世界を知るつもりだった。失った記憶を取り戻すのに、何年もうじうじしていられないと思ったからだ。
しかし残念なことに、このフロントライン邸には本棚というものがなく、またアリエやナノがどこかに手紙を出している様子もない。6歳にもなって文字の一つすら知らないのである。別にこの6年が無駄だったとは思わないけど。
まさに渡りに船。断る理由などはなかった、が……
「ですが、お金は大丈夫なのですか? やっぱり、高額なのでは……」
「お金のことなんか気にしなくていいのよ。それで、行きたいの? 行きたくないの?」
「行きたいです!!」
私は元気よく返事をした。するとアリエは私の頭を撫でてくれる。柔らかな指が髪を梳かすようにして私の両頬へと落ち着いた。
ムニムニされている。
「ただし、通うからにはしっかり勉強するのよ。わかった?」
「もちろんです」
夕方になってナノが帰ってくると、この話がアリエから伝わった。ナノはうんうんと頷きながら話を聞き、私の目線に合わせて言った。ただ少し、声色がいつもと違う。
「ファブリエル、学校に行くのなら一つ条件がある」
「なんですか?」
「卒業するまで寮に入りなさい。家に帰っていいのは季節に一度だけだ」
思いの外、軽い条件だった。私をなめないでいただきたい。これでも今は空を自在に飛べるくらいには成長したのだ。しかし、アリエはそうは思ってないらしい。
「ちょっとナノ、いくらなんでも無茶すぎるわよ」
「ファブリエルならできるだろう。それに幼少期の出会いというのは大事なんだ。君も知ってるはず」
「いや、でも……」
その後小一時間ほど議論が続いた。端的にまとめると、私を家族から離れさせていろんなことを学んでほしいナノと、まだ私は子どもなのだから家から通えばいい、というアリエだ。勿論、私の答えはこうだ。
「たとえ一人でも、やっていけます」
私は本当に何も知らないのだ。失った自分の記憶のこと、魔法のこと。そろそろ世界を知りたいお年頃である。
「問題は入学試験ね」
アリエが言うには、学校通うためにはその試験をクリアしなくてはならないらしい。この国に義務教育という概念はないだろうし、当たり前と言えば当たり前か。
「とりあえず足し引きと読み書きはできるようにならないとね。ファブリエル、今日から僕が君の家庭教師だ。試験を受けるのは半年後。できるね?」
「はい!」
こういう流れで、私の知見が広がることとなった。
最後に、せっかく文字を得たのでこれだけは記録しておこう。ナノの引き出しからこっそり便箋とペンを盗んで書き始めた。
──
これは忘れてならないと心が警鐘を鳴らしている。もう二度と、自分が何者か分からなくならないようにここに書き記す。これは私が与えられた2冊の本のうちの一つに載っていたことだ。
かつてこの世には『三魔界』と呼ばれる存在たちがいた。今から207年前、18年続いた人族と魔族の全面戦争──ケプラ大戦を起こした最強の魔族たちのことを指す。結果的に彼らは人族の「勇者」なる存在に打倒された。魔王は封印され、魔帝は心臓を穿たれ、魔神は人族と協定を結び、戦争は終わった。大事なのはこの歴史ではなく、彼らが使う魔法だ。
「魔王」サフォマは「忘却の魔法」を。
「魔帝」ビィビィは「転生の魔法」を。
「魔神」ラドーメは「転移の魔法」をそれぞれ使い、さらに三人全員が各々の魔法に追加して「生命を作り出す魔法」も使っていたとのことだ。後にも先にも、二つ魔法が使えたのは三魔界だけである。
私はこの事実を知ったとき、途方もない怒りに暮れた。ナノが止めてくれなければ、本をビリビリに破いていたかもしれない。頭がどうにかなりそうだった。憎しみだとか、恨みだとか、そういった言葉で形容できたものではない。
彼らから記憶を取り戻さねば。そう強く決意した。
私が生まれ変わったのは、間違いなく彼らの仕業だ。「魔神」が私をあの丘に移動させ、「魔帝」が私をこの時代に転生させ、「魔帝」が私の記憶を粉々に消し去ったのだ。
全て辻褄が合う。三魔界は協力して、過去の私を撃退したのだ。 私の魔法もそのときの影響を受けた可能性がある。歴史上、生命を生み出したのは三魔界と全ての母親たちだけ。
「私」には大切な仲間がいたかもしれない。「私」は誰かに恋をしていて、家族を作っていたかもしれない。「私」は夢と希望に満ちた毎日を送っていたかもしれない。
私の目標は、何としてでも三魔界──特に「魔王」サフォマを打倒し、「私」を取り戻すこと。そして、これから入学する学校で彼らを倒すだけの力と技術、仲間を得ることだ。
──
半年が過ぎ、私は無事に国立初等学校へ合格した。蝶に乗って試験会場へ行くと、監督官が腰を抜かして驚いていたことも記しておく。
次回:第一部 第五話
「バタフライエフェクト」




