表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蝶の軌跡は綴られぬ ─記憶喪失冒険譚─  作者: 御門 厳寺
第一章 バタフライエフェクト
21/29

第二十話 「バタフライエフェクトⅡ」

「ねえナノ、なにか変じゃない?」


 アリエは窓から外を覗き見た。今日も小川が流れ、小鳥がさえずっている。いつも通りのオオビノ村がそこにあった。


「そうかな? 僕は何も感じないけど」


 ナノは、趣味の木彫をしながらそう言った。今作っているのは、ファブリエルがよく作っていた蝶だ。黒く縁とられた、蒼い羽の蝶。


 今現在、ファブリエルを待ち続ける二階の部屋には、蝶や、狼、フロントライン家の4人など、深い思いの込められた様々な人形がある。


 ナノはもしかすると、寂しかったのかもしれない。


「ナノ」

「どうしたの?」


 アリエは、何かを察したようだった。小川の流れは荒ぶり、小鳥の鳴き声は悲鳴に変わりつつある。


「愛してる」

「……僕もだよ」


 二人は、そっと抱擁をした。



────竜の庭にて


「ふむ、なるほどな」


 花と草木が歌う平原で、知恵の竜・ウィーズは納得した。


 『特異点』以降、なにやら世界がおかしいのだ。魔力密度は急激に上昇し、以前はなかったダンジョンは突如として発見され、魔物たちもどんどん進化している。


 その理由を、なんとなく理解した。

いや、逆説的に、これらを引き起こしたからこそ『特異点』なのかもしれない。とも思った。


 しかし、ウィーズが行動することはない。


 彼は賢い。故に、自分以外の誰かが解決してくれるのを知っていたのだ。


「ふぁぁ……」


 彼は大きな欠伸をしたあと、花畑の中で眠った。銀の鱗が、静かに太陽を反射している。


 ふと、上空を、北からやって来た大きな影が通り過ぎようとした。しかしそれは、ウィーズの真上で停止し、段々と近づいてくる。彼は避けることも、追い払うこともせず、なされるがまま激突された。


 辺りの花の旋律が止む。土埃の中から出てきたのは、一人の少女だった。


 ウィーズにとって珍しい、興味を引くものである。久方ぶりに、好奇心が体中を駆け巡った。


「ぅむ……珍しい客人だ。名前は?」

「わ……私は──」




────南の空が割れた。


 空間の裂け目から、一つの光がひりひらと舞い降りた。

 その光はどんどん加速しながら、天涯に落ちようとしている。


「とうっ!」


 そのとき、ある男が、その光を中空で受け止めた。紅く燃える鳥の仮面をつけたその男は、光の正体に気づいて大層驚いた。


「おぉ……なんとも、美しい御子だ」


 彼の腕の中には、一人の娘がいた。

 銀髪で、長いまつ毛と整った顔立ち。


 しばらくすると、娘は目を開いた。

 琥珀のような、翡翠のような、透き通った宝石のような色の瞳だった。


「失礼、お名前をお聞かせ願えるか」




────イスカ帝国近郊にて



「乾杯」

「乾杯!」

「乾杯!」


 ダンジョンを踏破した後、私たちは学校の見える島の上で、祝杯を上げることにした。といっても、幾つかの果物と飲み物、それからパン程度だ。しかしまあ、今の私たちには十分なご馳走である。


「それにしても、強かったですねぇ」

「僕もそう思う。怪我を氷で治すだなんて」

「そんなことより、二人ももっと食べてくださいよ!」


 しみじみと戦いを思い出していると、エトナは既に口いっぱいにパンを詰め込んでいるようだった。持ってきた食べ物の1/2はエトナのものである。


「なあファブリエル」

「どうしたんですか?」


 グリスはゴロンと寝転んで、空を見上げて言った。雲の上に語りかけるような、寂しい声だった。


「僕は……僕たちは、これからどうなって、どうするんだろう」

「私は旅をするつもりです。どうしても知りたいことがあるので」


 眼下の中央には、大きな王都が浮かんでいる。初夏の風が優しく私に触れた。


「ふぅん……」


 グリスは納得したようだが、理解はしていないようだった。


「エトナは、何か夢はありますか?」

「わらひでふか?」


 直ぐ側のエトナは、口の中のものをごっくんと飲み込み、胸を叩いてから話し始めた。


「私は、シスターになろうと思います。孤児だった私を救ってくれたズウィヒ教に、恩返しがしたいんです」


 遠くを見るエトナの瞳は、とても輝いて見えた。その唇にパンのくずがついていなければ、もっと美しかったのだろうが。


「グリスはどうするんです? 夢とか、目標とかはあるんですか?」

「僕は……わからない。昔は、『世界で一番強くなる!!』だなんて息巻いていたけれど。なんだかもう、いいかなって。僕は所詮、第三王子だし」


 グリスは溜息を上へ投げた。それでは自分に返ってくるばかりだろうに。


 彼は変わった。12歳にしてはひどく、諦めや諦観といったものを感じる。

 実際のところ、この2年を共にしておきながら、私はあまりグリスを知らない。

 子どもはもっと子どもらしく、楽しく暮らしてほしいものだ。


「ねえファビィ、あそこ!!」


 突然、エトナが大きな声を上げた。指差す方向は、王都。普段となんの変わりもない、いつもの日常が流れている。そう思っていたのだが。


「ファブリエル、今すぐ蝶を出してくれ。ここから離れないと!!」


 グリスに肩を揺さぶられ、すぐさま3匹の蝶を生成する。しかし、現れた蝶たちもまた、何かに怯えているようだった。


「──!?」


 次の瞬間、重力が強くなった。

 否、落下しているのだ。

 今立っているこの浮島が、海面に向かって落ちているのだ。


 王都も、遥か向こうに小さく見える島々も、イスカ帝国の浮島全体が浮くのを諦め、墜落し始めた。


「やばっ……!!」


 海面がどんどん近くなる。視界がどんどん狭くなる。

 耳を、空気の切り裂く音がつんざく。

 鼻を、死の匂いが埋める。

 肌を、重力が毟り取る。


 このまま落ちれば死ぬ。

 一人残らず、イスカ帝国の国民全員が死ぬ。

 

「ファビィ……? 何をしてるんですか!? やめてください、そんな冗談は……」

「いいえ、やめません。死んでも生きてもらいますから」


 3匹の蝶を回収。

 魔力を全て使い、2()()の蝶を出す。

 

「ファ──」

「できるだけ遠くまで送ります。すみませんが、詳しい場所は分かりません」


 泣きじゃくるエトナを掬い上げるように、蝶を南へ羽ばたかせる。どこへ行ったって、あなたならなんとかなるはずだ。


「いや……いやです!! ファビィ!!」


 エトナは、遠ざかる私に向かって手を伸ばしてくれている。

 無理だよ。その蝶はちゃんと、あなたを安全なところまで送り届けてくれる。


「ファブリエル、必ず会おう」

「もちろんです」


 グリスは覚悟を決めて、エトナを追いかけて飛び立ってくれた。

 あぁ、やっぱり彼は、決めるところは決めてくれる。その涙も、見なかったことにしてあげよう。


 さて、私はどうするか。

 もうすぐ、この島ごと海面に激突するだろう。

 結局、死ぬしかないのだ、ファブリエル。


「走馬灯、か……」


 辺りの時間がゆっくりになったかと思えば、私のたった9年の人生が目の前に映し出された。断片的で、切り張りで、継ぎ接ぎのその光景は、な?だか私へ語りかけているように感じた。


『君の人生の、意味は見出だせたかい?』と。


「彼らは馬鹿だった……馬鹿だったから私に挑み、敗れたのです……私の『役割』も知らずに……!」


 次の光景は、梟が息絶える場面だった。昨日のことのように覚えているとも。


「私のせい……か」


 私は、この台詞を理解した。走馬灯というのはどうも、死にゆく者の心を踏みにじるらしい。


 梟の『役割』はきっと、イスカ帝国を浮かせることだったのだ。梟があれほど強大だったのも、一国を支える力があったと考えれば説明がつく。


「なんで、なんでだよ……!!」


 走馬灯が終わり、時間の流れが元に戻った。

 私は落下を再開し、死を待つのみ。

 そう思っていたのに。


「あぁ……!! くっそ……!!」


 私の視界の向こう側に、故郷が見える。

 海へと墜落し、水しぶきを高く上げる、オオビノ村が見える。


「ごめん、ごめん……! ナノ、アリエ……!」



 この日、イスカ帝国は滅亡した。  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ