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第一部                      第二話 「奇跡」

 イスカ帝国はオオビノ村。私がフロントライン夫妻に拾われてからもうすぐ二年と半年だ。星の数ほどある島々からなるこの国は、音楽と美しい自然に溢れている。


 ナノの魔法を見てから、私は魔法の習得に全身全霊を注いだ。最も成功を阻むのは、私が魔力を感じることができないということ。これができなければ二進も三進もいかない。どうしようもなくなったので、アリエに聞いてみた。


「お母様、魔力を感じるにはどうしたらいいの?」

「どうする……と言われても難しいわね。ナノと違って私は感覚派だから」

「そうですか……」


 曰く、呼吸のやり方を説明しろ、と言われているようなものらしい。それ程までに当たり前なのだ。魔力を感じるということは。


「なんだったら、一緒に練習しましょうか」

「いいんですか!?」

「勿論よ!」

「ありがとうございます!」


 魔力感覚を掴むための練習を始めて、一年半が経った。


 雨の日も、風の日も、雪の日も、嵐が吹き荒れた日も、私は練習を続けた。手が悴んで震えるときも続けたし、没頭してご飯を忘れたこともあった。

 アリエに肩を揺すられて、ようやく食卓へと向かう。


(今日も駄目だった……)


 ここ最近、進歩が芳しくない。もう思いつく限りのことは試した。体を動かしてみたり、瞑想まがいのことをしたり。だけど無理だった。


 もう、駄目かもしれない。よく考えれば、魔法が使えなくたって生きていくことはできるだろう。記憶が戻らなくたって、今は十分幸せだ。努力するのが、馬鹿らしくなってきた。


 とぼとぼと歩く私をみた両親は、とても悲しそうな顔をしていた。蝋燭の灯りがそれを仄かに照らしている。


「……」

「ねえ、ファブリエル。魔法が使えなくたって、大丈夫なんだからね。4歳になったばかりだし……」 

「そうですね……」


 否定したい。本心では否定したかった。もし魔法が使えれば、記憶の足がかりになるかもしれない。その微かな希望を手放したくはなかった。だが、もう、私には。 


「ファブリエル」

「なんでしょう。お父様」


 自分でもびっくりするくらい、低く絶望した声が飛び出た。喉を擦り付けながら出てくる、卑屈な声が。 


「魔法を使おうと努力するのはいい。だけどね、僕が頑張ってほしいのは、魔法だけじゃない。たくさんご飯を食べて、たくさん遊んで、たくさん寝る。ファブリエルは賢いから、こういう普通のことはあまり好きじゃないかもしれないけど……普通のことをやってみるのも、案外楽しいかもしれないよ」

「私が……そんな風にしていいんでしょうか」

「悪いはすがないよ。まだまだ子どもなんだから」


 ナノはパンをスープに浸し、頬張りながらそう言った。そういえば、この世界に来てから食事の味を感じたことがない。常に魔法のことを考えているせいで、味を感じている暇がなかったからだ。


 普通の子どもとして、等身大で生きる。


 悪くないかもしれない。私はただのファブリエル。ファブリエル・フロントラインなのだから。


───────


 一夜明け、私はベッドの中で目を覚ました。小鳥がチュンチュンと鳴き、窓から差す朝日が布団を白く輝かせていた。


 「いい朝だ」


 ふと、そんな言葉が零れる。外を覗けば、流れる小川が私におはよう、と言ってくれた。まるで寝ている間に世界が作り変わったような感覚に、私は包まれていた。


 グイッと体を伸ばし、深呼吸をする。胸が膨らむ、脳が目覚める。そして吐き出す。


「ファブリエルー! ご飯できたわよ!」

「今行きます!」


 私は今日、生まれた気がした。別に魔法が使えるようになったわけではない。ただ、なんとかなりそうだなと思えた。


「おはよう」

「おはようございます」

「なんだか今日は元気ね」

 

 私は食卓につく。並べられていたのはパン、ベーコン、それから芋を溶かしたポタージュ。質素も質素だが、今の私には全てが輝いて見える。


 パンを一口大にちぎって口の中に放り込んだ。次にベーコンを頬張れば、口いっぱいに香ばしい肉が満ちる。スープを掬い上げれば、それらすべてが胃の中へと落ちていった。


(あれ?)


 その瞬間、お腹の奥で不思議な感覚があった。ピリピリともジンジンとも言える感覚だ。その感覚が血流に乗って全身を駆け巡って行く。脚へ、胸へ、腕へ。そして脳にまでその感覚が流れてきたとき、バチンッという音と共に私は意識を失った。


「──エル? 大丈夫?」


 目を覚ましたとき、私の目の前には『魔力』が満ちていた。見えもせず、匂いも、音も、手触りもない。だがたしかにそこに存在している。


 今の私は、魔力を感じている。


「お父様、お母様、今なら魔法が使えるかもしれません!」

「本当!? さっそくやってみましょうか」

「アリエもファブリエルも落ち着いて。何が起こるか分からないし、外でやろうか」


 冷えていくスープを横目に、私は庭へと駆けた。後ろの二人には目もくれず、私は魔法を試みる。一陣の風が吹き抜けた。


 まずは腹の底の魔力を感じる。ジンジンという感覚を全身に巡らせ、手先に収束させる。魔力が迸るのを確認した後、体外へと解き放つ!!


「『(ガリアード)』!!」


 目が眩み、立っているのもやっとだ。ようやく放出が終わったあと、目を開くと──一匹の蝶がいた。私が生み出した蝶が。


「成功……した?」

「おめでとうファブリエル!! 凄いわよ!!」

「凄いね。おめでとう!」

「はい…はい!」


 泣き笑いになった私を、アリエはワシャワシャと撫でてくれた。ナノはアリエごと私を包みこんでくれた。温かい。


 その後朝食を終えて部屋に戻ると、さっきの蝶がいた。私だけの蝶だ。


 生み出した蝶は、自由に使役することができた。漆黒に縁取られ、その中を光輝くシアンで埋めたような羽だ。とても美しい。


 思うに、私はこの世界の人間ではないから魔力を感じることができなかったのだろう。だからこそ、食事を通して栄養のように魔力を吸収する必要があったのだ。なぜ今日いきなり魔法が使えるようになったのかは分からない。だけど私はこの世界に生きている。その感覚が大事なのかもしれない。アリエが呼吸と言っていたのがなんとなく分かった。


 かくして、私は魔法を習得した。

次回:第一部 第三話


「修行」

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