第十一話 「初戦闘と合体技」
ビスバン家の彼が攻撃したのは私だった。
ビスバン家の彼を攻撃したのも私だった。
どちらが先かは分からないが、もう、後戻りは出来なかった。
「『蝶』!」
彼の目と足元に、私と同じサイズの蝶を即生成、視界と足取りを奪ったと同時に、ナイフが鼻先を掠めた。あと少し遅れていたら、死んでいたかもしれない。
「四対一では無理でしょう。諦めなさい」
床に転ばされた彼を、シャリアの剣が静止する。
「はぁ……どうして私の理想は、こうも否定されるのでしょうか」
「犠牲の上に成り立つ理想など、自己満足に過ぎません」
「王族がそれを言いますか」
「今の私は『生徒会長』ですので」
その尋問というべき会話を、彼は楽しんでいるようだった。口元には嫌らしい笑みを浮かべ、チャンスを窺っているかのようにも見える。
「余裕ですね」
「ええ、余裕ですから」
彼が言い終わると同時に、暖炉の上に置かれた人形がブクブクと膨らみ始めた。それが爆音と共に破裂すると、剣を持った筋肉質の、いかにも野蛮そうな男が現れた。それが、3体分。
「ツァイトの旦那ぁ……これ結構疲れるぜ」
「報酬は弾みます。まずは味方をしてください」
ツァイトと呼ばれた彼は埃を払いながら立ち上がり、もう一度ナイフを取り出して私たちを見下した。
「さて、四対四ですね」
楽しそうに笑いながら、ナイフを続けざまに飛ばしてきた。
「ひっ!?」
咄嗟に蝶を出し、軌道を逸らす。一つ、二つ、三つ。私の髪が少し舞う。
「よそ見してて良いのか!?」
人形から飛び出た男が私に襲いかかる。剣が振り降ろされるが、遅い。さっきのナイフのほうが何倍も早い。 鈍重なその動きを躱し、躱し……
「動かないでください!」
私が戸惑う隙に、エトナの短剣が男の足を切り裂いていた。グレイバックやグリスには及ばないが、美しい所作だった。
「ファビィ、躊躇しちゃ駄目です。この人たちは、私たちを殺しに来てます」
男は血を流して倒れ込む。もう立つことはできないだろう。
赤黒い鉄の嫌な臭いが、脳と心を直に犯してくる。
見ると、シャリアとシャーレは援護しあいながら二対二で戦っていた。男二人は互いの腕を切り合うような、連携のれの字もない杜撰な戦いで、決着は素早かった。
「っ……」
「ふぅ……腕が鈍りましたか」
「お互い様ですよ」
その決着がちょうど着いた時、二人が息を整えているその隙だった。
「皆さん、ありがとうございました」
彼は素早くポンとだけ二人に触れ、安心したようにため息を吐いた。私がもう少し動けていれば、あんなことにはならなかったのにと思う。
「『変幻』」
その言葉を聞いたとき、シャリアとシャーレはただ、覚悟を決めたようだった。
「ファブリエルさ──」
二人の体がぐにゃぐにゃと歪みだす。骨格がバキバキと音を立てながら破壊され、皮膚が無理やり縮められ、瞳の生気は失われていく。そして現れたのは2体の人形だった。
「はぁ、この二人は面倒でした……これからが楽しみです」
彼は掌の上の二人に口づけをしたかと思うと。こちらに向き直った。呼吸が浅く速くなる。寒気がする。手が震える。
私は彼を……倒さなくてはならない。
「おやおや、いい目をしますね。小さい体で殊勝なことだ」
「二人を返しなさい!!」
「まだ言いますか。貴方が人形になってくれれば考えても良いですよ」
彼は私を嘲笑うように続けた。
「私はただ、人間を美しいまま保存したいだけです。肉体は朽ちてしまうが、その魂はこうやって人形として生き続けることができる……この二人も幸せでしょう。永遠を共にできるのです──」
「これ以上喋るな!!」
気がついた時には走り出していた。あの恍惚とした表情を壊してやりたいと思った。
人生で感じたことのない魔力の流れを感じる。全身に迸り、弾けるような感覚。
「殴れるものなら殴ってみなさい。ほら」
彼は私を馬鹿にしているのかノーガードのまま。だがそんなことなど、眼中にない。
「『蝶』! 私を上へ!!」
足元に何重もの蝶を生成。それは私自身を勢いよく持ち上げる。
「命馬鹿にしてんじゃねぇ!!」
体重と魔力の乗った拳が、彼の顔面を打ち抜いた。
「ぐっ……」
低く情けない声を出しながら、彼は蹌踉めく。
「……前言撤回、貴方たちには今ここで死んでもらいましょう」
彼の目がギロリと輝いた。ただ殺すことだけを考えた目つきを、私たちに向けている。
ツァイトは笑みを崩すことなく、しかし言葉を発することもなくただナイフを投げてくる。私たちがそれを避ければ、壁に刺さったものを引き抜いて更にこちらへ。
体力がジリジリと削られていく。
「エトナ……『あれ』をやります!」
「任せてください」
金髪の天女は短剣の血を払い、ツァイトへと駆けた。風よりも速く見えるその動きで彼を翻弄する。右に、左に、上に、前に、家具を足場にして縦横無尽に駆け回る。私はその隙に、体の魔力感覚を高めていく。
「すばしっこい……」
「浮浪児がどう生きるか、知らないでしょうね」
エトナは股を潜り抜けながら刺突を避け、的確にツァイトの体力を奪う。『あれ』の準備が着々と整っていく。
「そろそろうざいですよ!!」
エトナに振り回され続けた彼が、ついに大振りで刺突を繰り出した。エトナはそれを宙へ翻りながら回避し、彼の上半身を蹴り飛ばす。
「ファビィ、今です!!」
「『蝶』!!」
制限解放、全魔力を注ぎ込み凡そ1000匹の細かな蝶をツァイトへ向けて繰り出す。
「また目眩ましか!」
当然、彼はナイフを振り回して何匹か殺してくるが、それは本質じゃあない。
「『葬炎』!!」
「なっ……」
この技の本質は“鱗粉”だ。彼の周囲で蒼色にキラキラと光る、あの鱗粉こそが本質。そしてエトナの詠唱に合わせて現れた、一つの火球。『あれ』が完成した。
「まさか!?」
エトナの葬炎がツァイトを包む鱗粉に触れた瞬間、空間が爆発する。
「ぐぁぁぁ!!!」
熱風。爆音。全てが一瞬で光って、燃えた。彼の皮膚、肺、全てを焦がす熱風が鱗粉から発生する。
『あれ』とはつまり、粉塵爆発だ。蝶の鱗粉を、エトナの炎で燃焼させる。そうすれば、より的確に敵を倒せる。グレイバックとグリスの戦いを見て一緒に考えた、現時点で最強の出力。
「げほっ……が……」
皺一つなかった白を塗りたくったような服は、もはや破れかぶれの黒焦げだった。顔には切り傷の上から火傷ができている。その痛々しい光景と臭いに、思わず目を背けたくなる。
だが、けじめはつける。
「ツァイト・ビスバン。今ここで降伏し、シャリアさんとシャーレさん、そして捕らえられた全ての人を解放してください。さもなくば、もう一度同じのをします」
彼は答えることなく、項垂れている。黙ったままポケットから二つの人形を取り出すと、それがパンと弾けて、シャリアとシャーレになった。
「ふぅ……かなり窮屈でした」
「やっぱり、勝ってくれましたね」
二人は足元に倒れ込むツァイトを見て、そう零した。懐から荒縄を取り出し、それで彼の手首足首を縛り付ける。
「皆さん、ありがとうございました」
こうして、容疑者ツァイト・バンビスは逮捕された。私の罪悪感への、決着がついた。




