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蝶の軌跡は綴られぬ ─記憶喪失冒険譚─  作者: 御門 厳寺
第一章 バタフライエフェクト
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第十話 「形代」

「ん……」


 朝、吐き気と共に目覚めた。二時間も寝ていない。早朝は散々な目に遭ったし、遭わせてしまったと思う。  


 冤罪──私のせいで、シスター・ソラファは投獄されていたかもしれない。そう思うと、罪悪感が胸に溢れる。一丁前に正義感を振りかざし、あまつさえ親友の恩人に仇なそうとした。捜査は慎重に進めなくてはならない。


「エトナー、起きてくださーい」


 逃げるように梯子を下って、彼女の寝間着を揺らす。サラサラ、あえて言えばトルゥトルゥの金髪が、朝日に照らされて虹色に輝いていた。


 不意に、廊下の向こう側から誰かが来る音が聞こえた。ドテンドテンと、聞いただけで運動神経の低さが伺えるような走り方でこちらへやって来ている。そして、私たちの部屋の前で音が止まった。右手に魔力を流し、即座に迎撃できるようにする。


 その時、ドアが大きく開かれた。その向こう側には、紫の髪の毛をした13歳ほどの少女。サウレカがいた。


「ファブリエルちゃん、分かったよ、犯人!!」 



「見て」

「これはいったい?」


 彼女は持ってきた大きく、少し埃の匂いがする魔法陣のスクロールを床に広げた。丸と記号と線の上を、仄かで緻密な光の粒がワラワラと動いているのが見える。木の板の上で砂粒を転がしているような感じだ。そして、その一粒ずつが呼吸をするように動いている。

 触れようとすると、バチッと痛みが直に脳へ届いた。もう二度と触るものかこんなもの。


「これは、王都全体の魔力発信地をリアルタイムで追跡してるの。大変だったんだよ? いったいどれだけの体力を──」


 王都全体……と言われても、いまいち規模がわからない。私が知っているのは故郷オオビノ村から学校への道のり、それから、酒の臭いで空気の色が変わる、夜の冒険者街くらいだ。そのときも、地平の限りを建物が埋めていた。


「あんまり、王都のことは知らない?」

「生まれ育った場所が心地よくて、まだ慣れていないのかもしれませんね」


 サウレカはそっか、とだけ呟いた。


「……まあつまり、ここに、攫われた人たちが閉じ込められてる可能性があるってわけ」

「その肝心の『ここ』ってどこなんです?

「信じられないと思うけど、ここはビスバン家の屋敷がある場所」

「はぁ……」


 「ビスバン」という家は聞いたことがない。私がこの帝国で唯一知っているのは、イスカ王家と誇り高きフロントライン家だけだ。と言っても、少し前までシャリアの名字がそれであることに気が付かなかったんだが。この世界には、まだまだ知るべきことが有り余っている。


「わっ……かりました。後ほどシャリアさんにも共有しておきます」

「なんで!? 今すぐじゃないの!?」

「つい先日冤罪をかけてしまいまして……慎重なんです。心配せずとも、ちゃんとサウレカの名前は出しておきますから」

「そっか。わかった」


 サウレカは少し首をかしげた後、部屋から出ていった。



 彼女が見せてくれた魔力の動きを見るに、犯人はビスバン家とやらに間違いはない。しかし、まだ犯人と決まったわけではないのもまた事実。「疑わしきは罰せず」を胸に刻まなくてはならないのだ。


 

「ファビィ? 起きてたんですね」


 振り返ると、金髪の天使が寝ぼけて身をこすっているではないか。

 

 もしも彼らが本当に人攫いだったなら。エトナが彼らの被害者だったなら。私は私でいられるのだろうか。いや、でも……違う。


 目を覚ませ私。世界を蝶で埋める覚悟を決めろ。


「エトナはまだ寝ててもいいですよ。私は今から生徒会に行ってきます」

「また捜査ですか?」

「はい。今度こそ犯人が見つかりそうなので」

「そうですか……じゃあ、私も行きます」

「危険ですよ? もしかしたら戦うかも──」


 天使は、寝ぼけているのか私の頭を撫でてくれた。妹が、頑張って姉の頭を撫でるように……

 

「あと5分だけください。用意を終わらせます」


 エトナは不思議な瞳でそう言うと、そそくさと準備を始めた。

  

 私の目標は二つ。ビスバン家の犯行の証拠をつかむことが一つ目。そして、絶対にエトナを傷つけないこと。 


───────


「ビスバン家、ですか……」

「はい、信じられる伝手からの情報です」


 生徒会室。協力を要請されたあの日と似た構成だ。しかし、シャリアの顔を見ようとする度にあのシスターの顔がちらつく。どうにも罪悪感は拭えそうにない。

 よく考えると、高等学校の生徒が初等学校生徒に協力を願うだなんて、おかしいんじゃないか? シャリアは王家らしいし、騎士隊でも動かせばすぐに見つかりそうなものだが。


「シャリアさん、どうして私なんでしょう」

「はい?」

「私は早朝、とんでもない失敗をしました。私がお役に立てているとは……」

「私が貴方と一緒にいるのは二つの理由からです」


 シャリアは空気を変えた。言葉遣いは真面目なときとなんら違いはないが、空気が違う。温かく、柔らかで手触りのいい毛布のような。私に姉がいるのではと錯覚する程の空気。


「一つ目、私は皇帝陛下より、高等学校に在籍している間は王家としての立場を行使してはならない、と命じられました。だから貴方とはあくまで個人的な関係です。私たちはこれから、『生徒会長とその友人が、個人的なビスバン家への訪問』をするに過ぎません」

「二つ目、貴方から何か、真っ直ぐな何かを感じました。人生における明確な目標がある人は、側に置いておくものです」


「これで十分ですか?」

「はい……ありがとうございます」

 

 今日はなんだか、自分がこの中で最年少であることを思い知らされた。私はただの、記憶喪失の7歳児なのだ。


「さて、ビスバン家についてですが、黒と見てもいいでしょう」

「理由を伺っても?」


「ビスバン家は昔から悪い噂が絶えません。人体実験をしているとか、地下に帝国を築いているとか……もしそれを実現するには、多かれ少なかれ人員がいります」

「野良の奴隷として、ということですか」 


 さすが、シャーレは違う。もう全部この人だけでいいんじゃないかな。

 


「わ、私もご一緒します!」


 突然、エトナが勇気を出したようにそう言った。


「……今朝はありがとうございました。ですが、今回は──」

「私は、会長と同じように炎の魔法が使えます。何かの役に立たないことも……ないこともないと思います」


 自信なさげに、否定か肯定か分からぬものだった。だけど、覚悟は伝わる。


「わかりました。では行きましょうか」

「今回、蝶は二匹でいきます。あまり明るい時間に使うと怪しまれますので」


 願わくば、ビスバン家が無実でありますように。私がもう、無実の罪を着せてしまうことのないように。しかし、犯人は捕まえたい。

 矛盾した理想を抱きながら、蝶の背で空を駆けた。


───────


 ビスバン邸は、整った生け垣に囲まれた敷地の中にある。美しいところだ、と純粋に思った。白く塗られた門には金色のモチーフがあしらわれていて、いるだけで紅茶が美味しくなりそうな場所である。


「ごめんください、国立学校より参った者なのですが……」


 シャーレが門番のおっちゃんに交渉を求めて話しかけた。こういうとき、シャリアは素直すぎて怪しまれるし、エトナや私が話しても軽くあしらわれるだろう。シャーレにしかできないことは、このパーティにおいてかなりある。


「そんな話は聞いていないぞ」

「手紙を一通差し上げた筈です」

「いや、来てない」

「本当ですか?」

「郵便の管理も私の担当なんだ。間違えるはずがない」


 先に譲ったのは、シャーレだった。

 

「すいません、こちらの不手際で手紙が届いていないようでした。またご連絡します」

「悪いな。そういう決まりなんだ」




「ちょっとシャーレ!」

「安心してください。ちゃんと抜け穴は見つけましたから」

「もう! あと少しで気づかれるところでしたよ」


 多分、はなから正々堂々とするつもりはなかったのだ。会話中に別の手段──魔法か魔道具かなにかで抜け道を探っていて、それに気づいたのはシャリアだけ……といった感じか。


「こちらに」


 裏手に回ると、古びて錆びた金属の門があった。見たところ鍵をかけられるような穴もない。どうぞお入りください、と言わんばかりの佇まいに、少し背筋が寒くなる。


「ねぇ、ファビィ。勝手に入っていいんでしょうか」

「無法者に礼儀は無用ですよ」


 屋敷へと続く石畳みの道は、不自然に苔が生えていた。歩く度に柔らかだが気持ち悪い触感が足裏を伝う。


「おや……裏門からなんの用でしょうか?」


「うわぁ!? す、すいません。とても綺麗な屋敷だったものですから、つい中を覗いてみたくなって……」


 後ろから声がした。温かい声色とは裏腹に、なにか悍ましいものを隠している声だ。その主は純白の皺一つない服に袖を通して、ステッキを手にこちらに近づいてくる。


「そうでしたか! なら是非どうぞ。お客さんだなんて嬉しいですね」


 彼は不気味に笑うと、私たちを案内してくれた。生徒会の二人は既に魔力を充填している。そして恐らく、彼も。


「エトナ、これから気をつけて」

「は、はい」



「どうぞ」


 通された客間は、思いの外シンプルなものだった。暖炉と幾つかの燭台、紅いカーペットの上の一枚板のテーブルに、人数分のティーカップが用意されている。

 

「貴方たちは……あぁ、国立学校の」 

「すみません。妹たちが見たい見たいと言うことを聞かず、流されてしまって……それに、こんなおもてなしまでありがとうございます」


 シャリアが突発的についた嘘は、思いの外信じられているようだった。ここから、どうやって情報を抜き出すか……


「構いませんよ。子どもは元気が一番ですからね」

  

 一方で、彼は笑顔だった。仮面を何重にも張り付けた笑顔に、疑念が募る。


「あちらの人形は……?」


 ふと、暖炉の上に飾られた人形たちと目が合った。黒い石を磨いて作られた綺麗な瞳だ。


「ああ、これですか。これは私の趣味なんです」

「へぇ、人形作りがお趣味なんですね。素敵です」


 シャリアはすかさずフォローを入れる。王家ともなると慣れているな。ビスバン家が王家の顔ぶれを知らないようで助かった。


「さすが、国立に通うだけあって、世辞がお上手だ」

「世辞だなんて……実は私も似たような趣味を持っているんです」


 そう言うと、シャリアはポケットから小さなブローチを取り出した。彼女の金髪とよく合う、綺麗な白い花が象られている。少し解れたそれは、未だ見つからぬ妹との思い出の品なのだろう。


「いや失敬、酷いことを言いました。貴方は本当に布細工を愛してらっしゃるようだ。私は編物も好みますよ」


 シャリアとビスバンの彼はなんだかいい感じだ。このまま行けば、あるいは……


「触ってもよろしいですか?」

「もちろん。どうぞ、妹さんにも」


 私は彼から掌サイズの人形を受け取った。赤い髪をした可愛らしい少女だ。それにしても、ずっと撫でていたくなるような手触りである。


「失礼ですが、こちらの人形はどちらの布を?」

「ああ、これですか? これは──」


 二拍。彼はきっちり二拍だけ間を開けて言った。さも当たり前かのように、なにか悪いことでもしたか、と問うかのように言った。


「これは、地下の者たちからできるんです」


 彼はそう言った瞬間、どこからかナイフを取り出してシャリアの首元を狙った。恐ろしく早い動きに対応できたのは、シャーレだけだった。


「『乱微兎(ラビット)』!」

「ッチ」


 シャーレの背後から何百という黒い兎が出現し、二人の間に割って入って消えていった。


「ふむ……」

「やはり貴方で間違いはないようですね、人攫いの犯人は!!」


 シャリアの刃がもはや彼へと届きそうだった。


 足が震える。

 二人の人間が今、目の前で、刃物を向け合っているのが怖い。ほんの数秒でも過ぎれば、私の目の前のどちらかが死んでいる。

 怖い。シャリアもシャーレもエトナも、私以外の四人全員が冷静で、覚悟を決めていることが。

 私が異常なのか。死に慣れている四人(世界)が異常なのか分からない。


 逃げるわけにはいかない。攫われた人を解放するため、私自身の罪悪感と決着をつけるため。逃げるわけには、いかない。

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