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第一部                      第一話 「終着点」

「いいから行け!!」


 私の記憶はそう言われて魔法陣に飛び込んだところで終わっている。それ以前は何も覚えていない。自分が何者なのか、どこから来たのかもわからない。


「──!!」

「──……?」 


 しかしながら、今目の前に広がる光景はどうだろうか。見知らぬ草原で、見知らぬ銀髪の夫婦と思しき男女が私を見てワーだとかキャーだとか騒いでいる。それほど恥ずかしい格好はしていないと思うのだが……


 そして不思議なことに彼らが話しているのは知らない言語だ。それに何やら私の目線がどうにも低い。地面に手をついて立ち上がろうとしても、そもそも腕が届かない。


(ちょっと待ってちょっと待って……!!)


 銀髪の女性が私を抱え上げ、トントンと背中側を叩いた。私の耳元で猫なで声を囁いている。


 間違いない。


 私はどうやら、赤ん坊として生まれ変わったしまったらしい。それも、記憶を失くした状態で。


──────


 その後私は彼らの家へと連れて帰られた。木造のこじんまりとした、二階建の小綺麗な家だ。二人で住むには十分すぎるような大きさだろう。

 

 今日から私は、この夫婦のもとで育てられるのだろう。彼らは私の本当の親ではないが、お世話になることに変わりはない。名前を名乗っておくのが道理というものだ。


「あう、あう……あ!!」


 しかし、発音ができない。というより、発音するべき名前を私は知らなかったのだ。忘れていたことすら忘れてしまうとは、どうにも記憶力がないらしい。

 まだ舌も歯も十分でないようだし、私の体は本当に新生児のようだ。


 夫婦は、そんな私をニコニコと見守ってくれた。そして女性は私を抱えてどこかへと向かい、乳を与えてくれた。私がお腹をすかせたと思ったのだろう。何かとてつもない辱めを受けているような気もするが、ひとまずはこの特大の果実を味わうことにする。


 私が手をジタバタとさせると、女性は何かを感じ取ったのか外へと連れて行ってくれた。その一歩一歩の振動が、私を揺らす。そして私は、腕の中から取り出された。そこで見たものはきっと、最初の思い出となるだろうと私は確信する。


(すごいな……!!)


 果てしない青空の中に、幾千という島が浮かんでいた。その島々一つ一つが大陸のように大きい。

 

 島は巨大な滝を海へと注ぎ、跳ねる水飛沫が七色に輝く。大人五人分は乗せられるであろう大きな鳥が舞い、私の目の前に一枚の朱色の羽が揺蕩う。人々が島の上で楽しそうに踊り騒ぎ、こちらまで笛の音が聞こえてくる。


 この感動を言い表すには、語彙力が足りない。筆舌に尽くしがたいとはこういうことを言うのだろうか。


「──……───?」


 相変わらず、女性がなにを言っているのかはわからない。しかし、私は確かに感じることができた。


「あなたはここにいてもいいんだよ」


 そう言われた気がした。


──そんなこんなで、半年の月日が流れた。


 また記憶を失うことがないように、大事なことは整理しておこうと思う。本当なら文字で残したいところだが、生憎のところまだそのレベルには到達していない。


 1つ目、家族について。


 まず、私の名前はファブリエル・フロントラインというらしい。性別は女で髪は淡い黒。ファブリエルという響きには、この地域の言語で『清潔、純真』と言った意味があるようだ。私には似合わないと思ったが、記憶の欠片もない私にとって存外、的を射た名である、とも言えよう。

 

 そして今私を抱いてくれているのが、私を拾ってくれた義理の母であるアリエ・フロントライン。腰ほどまで伸びた銀色の髪と黄金色の瞳を持つ、美しい人だ。

 そしてなにとは言わないがデカい。名峰である。年齢は22歳ほどだろうか。


 そんなアリエと私を頬杖をついてにこやかに見ているのが義理の父親、ナノ・フロントラインだ。アリエと同じく銀色の髪を持っているが、瞳の色が異なる。アリエが琥珀なら、ナノは翡翠だろうか。その目つきはとても優しく、落ち着いたものだった。

 身長はかなり高く、一階の天井に余裕で手が届くくらいのサイズ感だ。頼れるダディ、といったところか。


 ともあれ、この二人の義両親に私は育てられている。温かいご飯が食べられるなど、ありがたい話だ。


 半年も過ぎると、ある程度言語も覚えることができた。アリエとナノの1日の会話はだいたいこんな感じだ。


「どう……? 今日も美味しい?」

「さすがだよアリエ。こんなに美味しいものを作るなんて……僕にできることは重いものを持つことくらいだから」

「そんな顔しないでよナノ。さ、冷めないうちに食べきっちゃいましょ」


 これが毎朝毎晩繰り返されている。新婚のような雰囲気を彼らから感じた。子どもの前なのだから、もう少しイチャつくのは控えたほうがいいのではないだろうか。


 2つ目、『魔法』について


 それは、私とアリエが森で働くナノの元へ弁当を届けに行ったときのことだった。


(斧もなにも持ってなかったと思うんだけど……)


「ナノ。お弁当持ってきたわよ」

「ありがとうアリエ。そこに置いておいてくれるかい?」


 ナノは優しそうにそう言った後、森の中でも一際大きな木へと腕を回した。世界を支えられそうな大きさの大木。まさかとは思うが……


強駆(ポテンシャル)


 そのまさかだった。


 小さなその掛け声と共に、大木がミシミシと音を立てて引っ張り上げられる。そしてついにパキッと折れ、ナノの肩へと持ち上げられた。


「じゃ、お昼にしようか」


 その後何事もなかったかのようにナノとアリエは昼食を取り始めた。これが彼らの日常なのだろう。

 

 魔法とは、特定の呪文を詠唱することで物理法則に反した現象を起こす技術のことをいうようだ。

 この幾千の浮島には『魔力』と呼ばれる不可視のなにかぁ満ちており、それをエネルギーとして魔法を使うのだ、とアリエは私に教えてくれた。


 もしや私が言語を理解していることに気づいている……? とも思ったが、単純にこの世界のことを教えてくれただけだろう。


 つまるところ、魔力が原動力であり、詠唱によって起動するのが魔法の基本コンセプトのようだ。


 そして数カ月に渡ってアリエとナノを観察したところ、どうやら魔法というのは原則、一人につき一つらしい。ナノが強駆(ポテンシャル)以外の魔法を使っている様子はなかった。


 ナノの魔法は、身体能力を一時的に2〜5倍にする『強駆(ポテンシャル)』。

 アリエの魔法は、料理を格段に美味しくする『調味(バイタミン)』。


 そして私の魔法だが……残念ながら未発現だ。原動力たる魔力を上手く感じ取れないのが原因だろうか。

 私が必死に感覚を掴もうとしていると、アリエは私を抱き、


「焦らなくてもいいのよ。ファブリエルはファブリエルのスピードで頑張れいいの」


 との御言葉をいただいた。


 ともあれ、この世界にこれほど便利なシステムがあるのなら、記憶を取り戻すのも不可能ではない気がする。


 目標は、決まった。


──そうして、二年が経とうとする。


次回: 第一部 第二話 

「奇跡」

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