3、自分が死ねばみんな助かる? 自分が死んだらみんな幸せ?
◆自分が死ねばみんな助かる? 自分が死んだらみんな幸せ?
──王妃からは母が王太子妃候補の一人だったことから国王陛下の覚えが良く、娘である私は嫌われて、執務まで押し付けられ始め、私がやらなくていいような書類まで処理させられるようになった。
私が幽閉されると、入れ替わるように義妹のフレミッシュが、王太子と庭で会う姿が塔の小窓から見られるようになった。
強かで裏表を隠すところが王妃陛下にも気に入られたのか、王妃陛下とお茶を楽しむ姿も見られるようになった。
そんな塔の中で生活させられながら、王太子が訪問する時は半分、王太子教育と執務での憂さ晴らし代わりなのだろう。背中も足も腕も切りつけられた。
『お前さえいなければ、オレは愛する彼女フレミッシュと結ばれるのに!』
初めは、あまりの痛さと惨めさと熱と苦しさで、塔に集まってきた妖精たちの癒しの力に頼ってしまい、その後訪問した王子に、傷痕が綺麗に治っていることを医者や侍女を通して見つかってしまったから。
「聖女ならそんな傷、すぐに簡単に治せるだろ! さっさと見苦しい真似をやめて結界を張れ! 仕事をしろ!!」
でも、もうあまりにも耐えられない。我慢できない。早く死にたい。さっさと殺してほしい。と、生きる望みが無くなり諦めるようになった頃、妖精さんが傷を治そうかと提案してきても、傷を治してもまた直ぐに斬りつけられるだけ。結界や癒しの加護を使うためにいいように利用されるだけだ。と断った。
だから手当も回復薬もいらないと、医者や魔術師や神官たちから与えられた薬も妖精さんたちに頼んで全て捨ててもらい、傷を治さず壊死の匂いを周囲にまき散らしながら痛みと熱で不眠となり、神聖力も回復させずに一日も早い死を待ち望むようになっていった。
けれど薬がなくても、身分の低い見習い神官や下級神官の治療魔法の練習代わりになると、痛みや傷痕が酷く残っても、無理矢理治療され、そんな風に3年間近く塔の中で生き延びさせられた。
*****
私が義母妹たちから虐げられ始めた7歳の頃から、ある地域では日照りだけが続いたり、別の地域では大洪水が起き、天変地異が国内で発生し始めていた。
しかし、この程度は稀によくある異常気象だと、優秀な魔法使いや神官が簡単に天候や大地の異変を解決してしまったために、誰も疑問に思わなかった。
また私が聖女だと騒がれ、王太子の婚約者として王城で厳しい王太子妃教育で登城するようになった10歳の頃。婚約者や王妃や、王妃の讒言でわざと厳しい教師たちばかり選ばれ、教師や城で働く女官たちからも虐げられるようになると、疫病の蔓延、国民たちの小さな暴動が頻繁に起こるようになった。
実はそれらは、精霊の愛し子だった私を無残に虐げ続けた国や人々に、精霊王や創造神たちが憤り、大地や国や天候に与える加護を止めたからだ。精霊の愛し子である私が、幸せで平穏な人生を送り続けることこそが、精霊王や創造神たちからの加護や恩恵を貰えるはずなのに、誰も気づかなかったせいで。
それからさらに3年間も閉じ込められた塔の中で苦しみ続けたある日、占い師だか神官の神託だかの助言やらお告げとやらで、今年16歳になる高貴な身分の生娘を神への供物……つまり、その命を奪って生贄として捧げれば、国内の天変地異や争乱が治まると告示され、16歳になる高貴な身分の生娘=王太子の婚約者である私が選ばれたらしい。
きっかけは、どこからやってきたのか、急にふらりと現れたかのような、銀髪紫眼の神秘的な姿で、男性とも女性ともとれる容姿。市井でとても良く当たると言う評判の占い師に、神殿や王家も注目し、昨今の天変地異や疫病はどういうことか。どうしたら防げるか。王城まで呼びつけて、国王陛下や神官がいる前で占わせてみたことからだ。
「……そうですね。この天変地異を治めるためには……高貴な身分で純潔を保った16歳の女性を、真に幸せにすることでございます。
自分が助言できるのは、ここまででございます。どうかよくよくご推敲なさり、ゆめゆめお間違えなきよう……」
そう告げた占い師は、市井に現れた時と同じように、急にふらりと姿を消した。
「ううむ……となると、16歳で身分が高い令嬢ということだな……ということは、高位貴族の令嬢ならば絞られてくるな……」
考え込む王に、手柄を先走った神官のレッキスが進言した。
「陛下。恐れながら一つよろしいでしょうか。
実は最近の、創造神からの神託で不思議な文言が下ったのです。16歳になる高貴な身分の生娘を真に幸せにせよと。
即ち、神の花嫁として捧げることこそ至上の喜びと言っていたのではないかと。つまり、神への供物になる生贄として捧げるとするなら、生半可な令嬢では神も満足されまい。聖女くらいの身分であり、王太子殿下の婚約者程の地位なれば、国内の天変地異や争乱が治まると存じます」
「おお! レッキス神官。まさしく、まさしくその通りに違いあるまい」
王妃も心得たとばかりに喜色にわいた。
「母上! しかしいくら何でも命を奪うなどと! 聖女を殺してしまったら結界や治癒を、誰が変わって行うのですか」
「王太子の言う通りだ……いや待て。よく推敲しろ。ゆめゆめ間違えるなと言っておったぞ?」
「なにを仰る陛下。それこそ、一番高貴で、神の花嫁として贈るのに相応しい娘だからこそ、高貴な帝国の血を引く聖女しかおらぬではないかと言うお告げであろう」
「王妃殿下の仰る通りかと存じます。それに最近の聖女は、怪我や傷を治せなくなり、結界の強度も大きさも威力を減らしているようです。
これ以上無駄な役立たずを養い、飼い続ける必要はありますまい」
「……そう言えば、あの女の妹のフレミッシュが、本当は自分が聖女なのに、力を奪われたらしいとかなんとか……」
「殿下! それは本当ですか? それなら聖女だと先走ったこのレッキスのせいではないですか。
何と言う事だ。本当の聖女様を蔑ろにしたどころか、あの娘はずっと我々を騙し、欺いていたのか!
国王陛下、国を、民を救うために、今直ぐご再考を!」
*****
「それで、ポーリッシュ侯爵。聖女であるライラック嬢に、名誉ある役目が与えられたのです」
王太子殿下は、神殿と王家とで決められた結果を携えて、婚約者の実家の侯爵家へ報告した。
「そうですか……あのような可愛げのない娘だろうと、何かの役に立つモノだな。殿下。わざわざお知らせくださって、損な役をさせてしまいましたな」
「あなた。何を戸惑っているのです。我がポーリッシュ侯爵家が、泣く泣く可愛い娘を生贄に差し出したと、それは名誉ある行いよと称えられこそすれ、侮られることはなくなるでしょう」
「そうよお。お父様。あんな不細工でも家の犠牲になるんだから。
あ! だったら、代わりにワタシが聖女の力に目覚めたから殿下の婚約者になったって、悪い噂を払拭しちゃおうよ」
そう言うとフレミッシュは、わずかに使える炎魔法を手の平に灯して見せた。
「まああ。フレミッシュに聖女の力が? これは凄いじゃない! そうですわ。これで殿下と婚約するのがよろしいわよ」
「確かに。オレの婚約者が神に奪われていなくなる以上、代わりの新たな婚約者に、家族である妹を娶るなら、ライラックも喜ぶだろう」
「殿下。ワタシ嬉しいわ!」
*****
そうして、いつの間にか私の婚約が無くなり、生贄として国と民の為に犠牲になることが決まった。
これでやっと苦しくて辛くて虐げられる日々から解放されるんだと、私を塔から連れ出すためにやってきた王太子や王宮騎士たちに、既に半死状態で発見された私は喜んで供物として死ぬことを選び、冒頭の通りの結果になった……
私が死ねばみんなが助かるの?……私が死んだ方がみんなが幸せになれるの?……
*****
だから私は、ライオンヘッド王国にある神聖なる場所……否、かつては神聖であったはずの場所で儀式を行うために連れてこられていた。
真夏ではあるが、鬱蒼と茂った森の梢の合間からまばらに陽が射し込むおかげで幾分は涼しく感じるはずが、近年の異常気象のせいで、以前は清浄で厳かな雰囲気だったであろう場所も、濁り切り異様な匂いのする泉……どころか今や沼に成り果て不気味ささえ漂う。
この国の建国の元になったらしいと言われる国の中央に位置する小さな森の更に中心部で、たった一箇所、ぽっかりとそこだけ10人くらいならなんとか居れるような開けた場所がある。そこは大きな口を開けたドラゴンの頭部みたいな大岩が目印になっていて、本来は厳粛な儀式を行う場所だったはずだ。
そのドラゴンの口に当たる部分から、太古の昔からか、精霊や妖精たちが居ついてからか、それともこの国が建国された頃からか、とにかくいつの日からか滝のように水があふれ出るようになり、注がれた地に小さな泉を作っていた。
しかし今や、通常なら澄んでいるはずの聖なる発祥の地の泉は、どす黒くて異様な匂いと瘴気をまき散らす毒沼に成り果てていた。
その沼の前の石舞台の上に寝かされた私を、逃げられないように手首と足首を粗い縄で括り付けた。
何日も着替えることも洗濯することも、ましてや破れた箇所さえ繕う方法さえなく、黄ばんで薄汚れ、飾りの一つもない簡素でボロボロになったドレスだった服を身に着けたまま。
髪も、かつては少しだけ自慢のプラチナブロンドだったけど、結界を張るか誰かの治療のためにほとんど力が残らないので、何日も洗うためのウォッシュ魔法や清掃するクリーニング魔法すら使えず、あまつさえ梳る道具さえもとりあげられ、ボサボサになって枝毛や切れ毛、埃と脂とフケとで茶色く汚れて、もう自慢の髪って言えないな。
身体中にできた切り傷や擦り傷も、手当も治療も断ったので、膿が出たり、壊死寸前の箇所もある。
食べるものも、何日も一日一食だけの水粥か塩スープ程度しか与えてくれなくなり……否、生贄にされる数日前からは食べる気力も生きる望みも奪われてたからほとんど口にできなかった。16歳になったのに身長も低いまま身体の成長も悪い。骨と皮ばかりでがりがりに瘦せ細っちゃったね。頬もすっかりこけてるし、目元は隈がひどいらしい。肌もガサガサに荒れ果ててる。
母と過ごしてた頃の私はもうどこにもいない、影も形もないわ。
ここ、石舞台に来るのにも、逃げられないように腱を斬られてるし、自力で歩けなくて息もできないくらい苦しいから、国の兵士だか死刑執行人みたいな男達が強制的に引きずって連れてきた。
職務に忠実な男達なのかな。もう身体を動かす気力何てちっともないのに、私は石舞台上に括り付けられた。誰か近づいてくる? もうほとんど見えないからどうでもいいわ。
辛うじて判別したあの髪の色……もしかして、レッキス神官? 私を聖女だと決めつけて騒いだ上に、血気魔法使って疲れてるのに病人や怪我人を塔に連れてきては治療しろとか、見習いや下級神官に治癒魔法が下手くそで痛みを伴うのに私の傷を治療させた人。そうか、この人のおかげ?……この人のせいで私は今こんな目にあってるの?
ぶつりっ。
首を斬られた? ……熱くて痛い……痛いの嫌なのに……力が抜けてく……
《ライラック》
《ライラック様ー。本当に何もしないの? 私たちに頼めば、ここにいるやつら全員ぶっ潰せるんだよ?》
(ううん。もうどうでもいいの。これでいいんだよ? みんなが助かるなら。私もやっと誰かの役に立つんだよ?)
私が霞んだ瞳を梢の上の方に向けると、悲しむセーブル様らしい姿だけがくっきりと見える。
(……だから……本当に何もしなくていいの……ありがとう……妖精さん達……セーブル様……)
私は最後の力を振り絞ってなんとか首をわずかに横に振って断った。
朦朧とする意識の中、周囲に立つ人たちの心の声が聞こえる気がする……
『お前さえいなければ、俺が侯爵家の正式な跡取りになるのに!』
チェッカード父さん?……こんな時になって、やっと無視してた私を見るの?
『お前さえ生まれなければ、わたしの娘が聖女になり、殿下の婚約者になれたのに!』
アンゴラ……どうして暴力振るってきたの? お母様が亡くなって侯爵家を好きにしてたのに? 家族と認められないから?
『義姉さえいなければ、侯爵家の物も両親も家族も婚約者としての地位も、何もかも全てワタシのものになるのに!』
フレミッシュ……異母妹のはずなのに、私と母のモノ全部持っていったのに、まだ満足できなかったの? 最後までわかり合えなかったね?
『お前さえいなければ、オレは愛する彼女フレミッシュと結ばれるのに!』
殿下……今なら初恋かわからないけど。生まれ変わりとかあるなら、二度と好きにならないわ。
『この者が犠牲になればこの天変地異がなくなり、我が次の高位神官になれるのに!』
神官様……貴方の信じる神に見捨てられないことを願いますね?
『こいつがいなくなって散財しなくなれば、俺たち領民の暮らしが楽になるのに!』
領民たちは継母たちに騙されただけなんだろうけど……自分の意見を持たず、他人からの噂を鵜呑みにして信じて、無知ほど罪って本当ね。
ああ、そうか……誰にも理解してもらえなったのは、私自身が努力しなかったせい? 聖女だと浮かれてたのは、本当に私のせい? 誰が悪いの?
《ライラック……我の可愛い、愛しい子……》
《ライラック様ー。いかないでー。諦めないでー》
(ごめん……私が愚かでバカだった……)
ホント、ごめん……ね……
そうして、ライラックの首から流れ出た全ての血は、沼の水を清めるどころか、更にどす黒く染めて行き……
*****
ところが、聖女を池に捧げたのにも関わらず、天変地異も争乱も収まることがなく、精霊の愛し子だったライラックを無残に殺した国に精霊王や創造神たちは返って怒りを向け、逆に国が荒れて滅びへ突き進んでいった。
実は占い師の正体こそ、精霊王が姿を変え、愛し子の窮状を知って一日でも早く解放するために騙ったのだ。
そうとは知らず、神官も王太子も王妃陛下もライラックを陥れるためと占い師の助言に飛びつき、名案をさも思い付いたかのように嘘の告示を発表させたのだ。
『この者が犠牲になればこの天変地異がなくなり、我が次の高位神官になれるのに!』
ライラックがいなくなったおかげで義妹は、王太子の婚約者の座を奪い、お飾りだと思い込んでいた義姉の聖女の座さえも奪った……
塔に幽閉されて国の結界を張っていたのがライラックだと知らなかった、無知のために。
がしかし。侯爵家の正式な後継ぎはやはりライラックのままで、ライラックがいたからこそ3世代にわたって帝国に対する和平同盟の約束を反故にした負い目の王家や伯父の公爵家からも侯爵家への支援があったし、王太子へもライラックがいたからこそ持参金以外の義妹への贅沢品の請求書も甘んじて供出していた。
散在された侯爵家からなんとか工面して、ライラックが執事や王家から使わされていた家令と相談して黙って支払っていたのだ。
領地の問題も侯爵家の運営も執事と家令だけでなく、時には地水火風闇光の6人もの上位精霊たちの手まで借りてなんなくこなしていた。
王太子と王妃から押し付けられた執務も、6人もの上位精霊たちの手を借りてやっとこなしていた。
それなのに、彼女が人身御供として死んでしまったから、可愛い姪であるライラックを支援するからと言う約束がなくなった公爵家からは縁を切られ、侯爵家の領地経営や執務も、王太子と王妃の執務も、義母妹の散財に咥え、父のギャンブルや娼館への散財も誰も支払うことが出来ず、王太子も神官も聖女になった義妹の贅沢に横領まで犯した。
「犠牲になった娘でなく、こいつらが元凶だったんじゃないか! あの娘がいなくなって散財しなくなれば、俺たち領民の暮らしが楽になると思ったのに!」
「余計に税金が高くなった! 食い物がもうないのに!」
「赤子も子供たちもしんでいく! お前たちのせいだ!」
「何が自分こそが聖女だ! この大噓つきどもめ! 本物の聖女を殺したからおれたちが苦しんでいるのに!」
「やめて、やめてー! 髪を引っ張らないでー、痛いじゃないっ! 違う、違うのよー! ワタシのせいじゃない! ワタシだけが悪いんじゃないのにー! あの女が! 義姉はきっと魔女だったのよー!」
「そ、そうよ! あの義娘が死ぬ間際に呪いをかけたに違いないわー! わたしたちのせいじゃないのよー!」
「わしは貴族なんだぞー! ああっ折角集めた財産がっ、頼むから壊さないでくれー!」
「神官に手を出すことは神を冒涜する行為だぞー! ひいー、頼むから殺さないでくれー!」
「王族に歯向かうのかー、やめてくれー!」
「わらわのせいではないわっ、非国民どもがー! わらわは王妃なのよー、国の最高位の女なのよー!」
「オレも騙されたのだっ! 悪いのは嘘をついた侯爵家と神殿だー! 助けてくれー!」
そんな国や彼らのせいで、たった1か月で近隣国中に攻め込まれ、ライオンヘッド王国はもう二度と取り返しのつかない悲惨な最期を遂げた…… ──




