プロローグ
(;^_^A 初めましての人、久方ぶりの人、閲覧ありがとうございます。ひっそりこっそりお恥ずかしいですが、ご興味のある人は読んでいただけたら嬉しいです。
◆プロローグ
『──人を殺し命を奪う覚悟のある者なら、自分自身も殺され命を奪われる覚悟があると──』
なーろっぱ世界のどこかの星で中くらいの国力などをもっていたであろうライオンヘッド王国と言われる国の神聖なる場所……否、かつては神聖であったはずの場所で儀式が行われようとしていた。
真夏ではあるが、鬱蒼と茂った森の梢の合間からまばらに陽が射し込むおかげで幾分は涼しく感じるはずが、近年の異常気象のせいで、以前は清浄で厳かな雰囲気だったであろう場所も、濁り切り異様な匂いのする泉……どころか今や沼に成り果て不気味ささえ漂う。
この国の建国の元になったらしいと言われる国の中央に位置する小さな森の更に中心部で、たった一箇所、ぽっかりとそこだけ10人くらいならなんとか居れるような開けた場所がある。そこは大きな口を開けたドラゴンの頭部みたいな大岩が目印になっていて、本来は厳粛な儀式を行う場所でもあった。
そのドラゴンの口に当たる部分から、太古の昔からか、精霊や妖精たちが居ついてからか、それともこの国が建国された頃からか、とにかくいつの日からか滝のように水があふれ出るようになり、注がれた地に小さな泉を作っていた。
しかし今や、通常なら澄んでいるはずの聖なる発祥の地の泉は、どす黒くて異様な匂いと瘴気をまき散らす毒沼に成り果てていた。
その沼の前の石舞台の上で、逃げられないように手首と足首を粗い縄で括り付けられた一人の少女が寝かされていた。
何日も着替えることも洗濯することも、ましてや破れた箇所さえ繕う方法さえなく、黄ばんで薄汚れ、飾りの一つもない簡素でボロボロになったドレスだった服を身に着けている。
髪も、かつては見事なプラチナブロンドだったはずが、何日も洗うこともできず、あまつさえ梳る道具さえもとりあげたらしく、ボサボサで枝毛や切れ毛などで痛々しく、埃と脂とフケとで茶色く汚れ、かつての色艶の面影がなくなっていた。
身体中にできた切り傷や擦り傷も、手当も治療さえされた様子がなく、膿が出たり、壊死寸前の箇所さえあった。
食べるものも、何日も一日一食だけの水粥か塩スープ程度しか与えられてこられず……否、生贄にされる数日前からは食べる気力も生きる望みも奪われたためにほとんど口にできず、16歳になったとは思えないほどの身長の低さと身体の成長の悪さ、骨と皮ばかりにがりがりに瘦せ細り、頬はこけ、目元は隈がひどく、肌もガサガサに荒れ果てていた。
しっかりした食事をし、肌や髪を普通に最低限の手入れをされていたら、相応に見られる美少女であったろうと思われる切れ長の目に少し悪戯好きで愛くるしい相貌に育っていたはずなのに、虐げられ続けた彼女には美しさも綺麗さの欠片すら影も形も見受けられない。
石舞台に来るのにも、逃げられないように腱を斬られて自力で歩けず息も絶え絶えだったので、国の兵士か死刑執行人みたいな男達に強制的に引きずられて連れてこられたのだ。
職務に忠実な男達が無抵抗のままの少女を石舞台上に括り付けると、肩ぐらいの長さの黄色の髪の片側を三つ編みにして琥珀色の瞳を持った神官らしき衣服を身につけた男が首を浅く斬りつけた。たちまち少女の傷口から流れ出た赤い液体のせいで、徐々に体力も気力も奪われていった。
(ううん。もうどうでもいいの。これでいいんだよ? みんなが助かるなら。私もやっと誰かの役に立つんだよ?)
かつてライラックと名付けられていたはずの少女は、朦朧としながら濁り始めた紺色の瞳を向けると、彼女の頭上で囀る小鳥を見つめ、何もしなくていいのと最後の気力を振り絞り、首をわずかに横に振って断った。
しかし十の昔に失われた彼女の気力と体力は、縄から脱け出すことは最早叶わないはずなのに、少女を見つめ続ける周囲の色とりどりの髪色の人々も、彼女の首に傷をつけた神官らしい人間も、誰一人として彼女を助け起こし、縄を解こうとする気配がない。
『お前さえいなければ、俺が侯爵家の正式な跡取りになるのに!』
少女に会う度、燃えるような赤毛でオレンジ色の瞳をいつも怒らせた恰幅の良い中年男は吐き捨てる。
『お前さえ生まれなければ、わたしの娘が聖女になり、殿下の婚約者になれたのに!』
少女に雑用を言いつけたり、気に入らないことで八つ当たりしてムチ打つ度に、ピンクブロンドの髪を軽く結い上げ、ピンク色の瞳を憎々しげに少女に向けた厚化粧の中年女は愚痴る。
『義姉さえいなければ、侯爵家の物も両親も家族も婚約者としての地位も、何もかも全てワタシのものになるのに!』
母親よりもくすんだ濃い桃色の髪に派手な髪飾りをつけ、父親譲りのオレンジ色の瞳を、虫けらを見るように蔑んだ少女に向けて、少女と同じ年くらいなのに年相応の身長と見た目の娘は皮肉を言う。
『お前さえいなければ、オレは愛する彼女フレミッシュと結ばれるのに!』
政略でお互いいやいや婚約者になった金髪碧眼の高貴な青年が、役目を果たさない無駄に豪華な宝石でごてごて飾られたかつての聖剣で少女を斬りつける度に言う。
『この者が犠牲になればこの天変地異がなくなり、我が次の高位神官になれるのに!』
オレンジ色に近い黄色い髪と琥珀色の瞳を見下したように少女に向けて、欲望だけで名ばかりの神官は少女の首を傷つける時に思った。
『こいつがいなくなって散財しなくなれば、俺たち領民の暮らしが楽になるのに!』
領民代表として何人か見物しに紛れ込んだ人々は考えた。
しかし少女は、奪われて行く命が消え果てる前に、自分が信じ救おうとしていた人々からも、ついに感謝も便宜も与えられず、ましてや謝意すらなく、悪意と憎悪しか向けられていないことに気付き、絶望と後悔を抱いたまま、上空を見た。
すると、彼女のことをいつも一番に慕い心配していた者たちが集い、飛び交い、嘆き悲しむ声が聞こえてきたので、彼らに、
(ごめん……私が愚かでバカだった……)
と謝り、静かに目を閉じて残った最後の気力で一滴の涙を落とすと息を引き取った。
そうして、彼女の首から流れ出た全ての血は、沼の水を清めるどころか、更にどす黒く染めて行き……




