プールのカモ
田舎の学校のプールは夏の役目を終えるとカモ池になる。カモはどこからともなくやって来て、濁ったプールを棲みかにする。
「あんなとこでいいのかな、カモたち」
私は窓にもたれてプールを眺める。騒がしい休み時間、教室の端で秋風に吹かれていた。
「なんで?」
近くの席にいた君が私の呟きに返してきた。いつも君は読んでいる本から顔も上げずに話しかけてくる。
「だって汚くない?緑色に濁ったプールだよ」
私は振り向いて君に言う。
「絶対もっときれいなとこあるって。もしかしたらプールの中でおしっこした人もいるかもしれないのに」
「お前、中学生にもなってプールでしょんべんする奴いないだろ」
「小学生のときは皆するのに中学生でしなくなるとは限らないでしょ」
「小学生のときは皆するのか?」
「しないの?」
君がちらりと目を向けてくる。
「したの?」
…言えるかよ。
私がだんまりすると君はすぐ本に戻った。
○
「今日はあんまりプール入ってないなあ」
秋晴れの日。カモたちはプールサイドで日向ぼっこをしている。
「晴れてるし、水入るより気持ちいいんじゃないか」
「んーでもやっぱり私ならあそこは選ばない。ごつごつしたコンクリートよりせめてグランドの砂の上がいい」
「そうか?俺は近くに飲み水もあるしいいけどな」
「プールの水飲むの?」
「カモなら飲めるんじゃないか?」
「君としては」
「死んでも飲まない」
○
「カモたち、そろそろいなくなっちゃうかな」
冬が忍び寄ってきた頃、カモたちはまた何処かへ飛び立つ準備をしているようだ。放課後の夕日も相まってどことなく淋しい。
「意外とカモのこと気にしてんだな」
相変わらず本から顔を上げずに君が言う。
「幸せだったかな。あんなところで緑色の水にまみれて悪臭の中を泳いで。私なら湖とか選ぶなあ」
広いし、溜めっぱなしのプールよりは綺麗そうだ。
「でもカモにとっては良い場所かもよ」
「だじゃれ?」
「うっさい」
君が少し邪険な顔をするが私は気に留めない。
「んーまあたしかに食糧もあるし、敵も少ないし、いいとこなのかな、カモにとっては」
「だろ。居場所なんて本人が良ければどこでもいいんだよ」
「いいこと言った風」
「うっせ」
「君にとっては?」
「お前がいるところ」
お?いきなり何だ。
「お前は?」
「君がいるところ」
君がはじめて顔を上げた。目があって苦笑する。
「俺たちカモを出汁にして何してんだろうな」
こうして今年もプールからカモが飛び去っていった。
小学校、中学校と、秋のプールにはカモが棲んでいました。窓や渡り廊下から悠々泳いだり日向ぼっこをしたりしているカモたちを眺めて、お気楽~と思ったり。
ところで、プールにカモは訪れましたか?