段ボールのお城
背中に羽根がないことに動転していた針宮ハナがハッと我に返ると、三人の観客が死んでいた。白い羽根をそれぞれの眉間に突き立て、とても安らかな、幸せそうな顔をして床に斃れている。
「お客さんっ!? だ……、誰か、救急車!∑(°口°๑)」
「何それ。天然ボケ?」
有栖川アリスがなんとか床から身を起こしながら、ツッコんだ。
「……でも、助けられたわ。アイドルの力って凄いわね。あれほど殺意に支配されてた黒田市子まで踊らせてしまうなんて……。やっぱり神田首相が危惧するだけのものがあるのかもね」
「アリスちゃんだってアイドルじゃん?( ˙ㅿ˙ )」
「私はハンパ者だから。語尾に顔文字もつかないし、人心を攪乱することもできないし、羽根だって短くて中途半端」
「アリスちゃんの羽根、羨ましいよ? 綺麗だもん。白鳥の羽根みたい(∗ˊᵕ`∗)」
そう言って、ハナは自分の背中をまた見る。
「あたしなんか……羽根……ないし……(๑•́ •̀๑)」
「私は変わり種ってだけ」
喋りながらアリスが床にへたり込む。
「普通はアイドルに生えるのは昆虫の羽根だもの。鳥の羽根なんて、珍しすぎるわ。……もしかしたら私は、人間じゃないのはもちろん、アイドルでさえないのかもしれない」
「アリスちゃんはアイドルだよ。だってかわいいもん٩(ˊᗜˋ*)و」
「それは認めるけど……、私、これ、羽化してないのよ」
「えっ? 羽根生えてるのに?(´∵`)」
「物心ついた時からあったのよ。だんだん成長はしてるけどね。でも、それでもまだこんなに短い、アイドルらしくないわよね、こんな小さな羽根」
「生えてるだけ羨ましいです……(-_-;)」
ハナはみたび自分の背中を見た。
「どうしてあたし羽根がないんだろう……。もしかして……あたし……羽根ないタイプなの? ダンゴムシみたいなやつ?(´._.`)」
「そこの三人を魅了したじゃない。羽根はなくても立派なアイドルよ」
「そう? あたし、かわいい?٩(๑❛ᴗ❛๑)۶♡」
「さあね……。私にはわからないけど……、ふつう、女性アイドルが魅了するのは男性ファンだけよ。女の黒田市子まで魅了してしまったのには恐れ入ったわ」
「ふふっ……!v(,,>᎑<,,)」
「とりあえず……ここから逃げなさい。また次のやつらが来るかもしれない」
「うん! 一緒に逃げよう( ー`дー´)و」
「……私は無理。体が動かないし……眠くて仕方がないの。置いて行って」
「そんなのできないよ!Σ(,,ºΔº,,*)」
「ああ……しまったな。こんなことならバカ力の野村さんにいてもらえばよかった」
「あたしが運んであげる! お姫様抱っこして!٩(๑`^´๑)۶」
「無理よ。そんな華奢な腕で、自分よりおおきな私をどうやって運ぶつもり?」
「そんな……。じゃ、どうすれば……( ´•д•` ;)」
「あそこに段ボールがあるでしょ? あそこまでなんとか歩いて行くから……そこで寝る。寝た私にあの段ボールをかぶせて隠してくれないかしら」
「わかった! じゃ、段ボールのお城みたいにしてあげる(๑•̀ㅂ•́)و✧」
「……だめよ。そんなのかえって怪しまれる。目立たないように、ゴミが置いてあるみたいにして」
そう言うとアリスは重そうな体をズルズルと引きずり、隅に重ねて置いてある段ボールのところまで這って行った。
「じゃ……、お願いね」
そう言うとすぐに意識を失い、眠りの中へ入って行った。
目を覚ますと、朝の気配がした。
追手はやって来なかったのか、それとも来たけれど気づかなかったのか、それはわからないが、アリスは生きていた。
無造作にかぶせられた段ボールの山の中から身を起こしてみると、ハナはいなくなっていた。寂しくはない。独りに慣れている。
「お腹……空いたな」
そう呟くと同時に、誰かが階段を駆け上って来る足音が聞こえた。
「あっ! 気がついた?(๑•▽•๑)」
プラチナブロンドの長い髪を揺らして、ハナの平和な笑顔が朝日の中から覗いた。
アリスの顔から力が抜けた。構えていた羽根をしまう。
「朝ごはん買って来たよ。一緒に食べよう٩(*˙︶˙*)」
そう言ってコンビニのおにぎりのたくさん入ったビニール袋を床に置く。
「あんた……逃げなかったの?」
「アリスちゃん置いて逃げられるわけないじゃん。一晩中、介抱してたよ。段ボールでお城作って、その中で。……あたしが出る時崩れちゃったけど(๑>•̀๑)」
「お城作んなって言ったでしょーが!」
そうツッコみながらも、アリスは顔が笑ってしまった。
「さ! 食べよう、食べよう٩(*>▽<*)۶」
ハナがおにぎりを袋からいっぱい取り出し、並べる。
「好きなの食べていいからね。いっぱい食べて! お茶も緑茶とウーロン茶買って来たからね、好きなほう飲みなさい((\(*˙-˙*)/))」
「ふふ……」
ツナマヨのおにぎりを取りながら、アリスが呟く。
「どんなのか知らないけど──『お母さん』ってのがもしいたら、こんな感じなのかな?」
おにぎりは甘く、少ししょっぱい味がした。