逃走と後悔
「あら、先生が通報に行ったわ」
教室から駆け出して行く担任の女教師の背中を見送りながら、有栖川アリスが仕方なさそうに言う。
「逃げたほうがいいみたい」
針宮ハナがキョドキョドしながらそれに答える。
「よ、四人で一緒に逃げよう!(`;ω;´)ﻭ✧」
「群れるの嫌い。一人で逃げて」
「やだ……っ! 連れてってよ!ε٩(๑><)۶з」
腰が抜けてへたり込んでいる野村フジコを支えながら、藤原タツミも頼るようにアリスを見つめている。
「アイドルだ……」
「有栖川さん……アイドルだったのね。どうりで変わったひとだと思った」
残った人間の生徒たちが、まるで床に置かれた札束でも見るように四人をジロジロと見た。
「通報すれば……30万円……」
「有栖川さんはなんか格が高そう……。億とかなるかも……!」
そうヒソヒソと会話をしながらも、彼らに手を出そうとする生徒は一人もいなかった。
「わかった。安全な場所まで一緒に逃げましょう」
有栖川アリスがハナに向かってそう言いながら、出口へ向かう。
「そこからは別行動よ。私、興味ないから──仲良しとか、友達とか」
「ま……、待つダス!_:(´ཀ`」 ∠):_」
置いて行かれそうなのを見て野村フジコが勢いよく立ち上がった。
「立てたね! 行こう、フジコちゃん(-´∀`-)ノ」
藤原タツミが嬉しそうに笑い、フジコの背中を支える。
出口の床にぶちまけられた黒スーツの肉塊を踏み越えて、四人が教室を出て行くのを、残った生徒たちは無言で見送った。床に転がる黒田令子の首も、憎むように開いたそのおおきな目で、四人の背中をじっと見送っていた。
◆ ◆ ◆ ◆
「なんでこんなことになっちゃったんだろう……(-_-;)」
林に囲まれた狭い道をアリスたちと並んで歩きながら、針宮ハナが呟く。
「あたしたちが何をしたって言うのよ……(;_; )」
「人間は異質なものを社会から排除したがるものだからね」
有栖川アリスが適当に答える。
「実際、私たちって、霊長類よりも昆虫に近いし」
そうなの!?Σ(⊙ө⊙*)!! とは思ったが、それよりも気になることがあったので、ハナはそれを口にした。
「ユキちゃん……無事かどうか、見に行かなくちゃ( •́ㅿ•̀ )」
「真田村さんのことは諦めなさい」
アリスが冷たく言い切った。
「まず間違いなくもう死んでるから」
「ユキちゃん……スマホ持ってないんだよ。だから連絡つかないけど、どっかで生きてたら迎えに行ってあげないと……(´・ε・̥ˋ๑)」
「私は行かないわよ。行くんならここでお別れ」
ハナは一瞬、迷ったが、すぐに横の道を駆け出した。
「何考えてんのかわかんない……あの子」
その背中を見送りながら、アリスが漏らした。
「アイドルの住んでる家なんて、危険に決まってるのに。死んだかもね、あの子」
「大切な友達だからほっとけないんだよ(*´ω`*)」
藤原タツミがフジコを支えて歩きながら、言った。
「ボクだって、もしフジコちゃんの消息が不明だったら、気になって気になって探しに行くよ(๑´ㅂ`๑)」
「タツミくうんっ!(இ﹏இ`。)ぶわっ!」
フジコが号泣した。
♡ ♡ ♡ ♡
ユキの家はよく知っている。何度も遊びに行ったことがあった。優しそうなお父さんと二人暮らしで、幸せそうで──温かそうなその暮らしを孤児院育ちのハナはいつも羨ましく思ったものだ。
立派なその家の前で立ち止まると、ハナは呼び鈴を押した。家の中で鐘の音が鳴るのが聞こえた。しかし誰も出て来る気配はない。ドアノブに手をかけてみたが鍵が閉まっている。
玄関から横へ逸れて、植え込みの間を潜り、中庭へ出て思わず息を呑んだ。窓ガラスがおおきく割れていて、そこから誰かが入り込んだ跡がある。重厚なブーツのような足跡が、三人ぶん中へ続いていた。
おそるおそる割れた窓から中を覗き込んだハナは、自分の顔を手で覆って嗚咽を漏らした。
死体はなかった。しかし、カーペットの上には明らかに二人の人間が斃れたような、赤黒い染みが広がっていた。
ガラスの破片が窓際に散乱している。靴のまま上がり込むとハナは、現実を認めたくないというように、強い声で奥へ呼びかけた。
「ユキちゃん? いる? いるよね?(இ▽ இ`。)」
当然のように返事はなかった。
しばらく家中をうろつき回り、何度も呼びかけてみた。
二階へ上がり、ユキの部屋のドアを開けると、見慣れた親友の部屋は静まり返っていた。ついこの間ここで一緒にお菓子を食べながら、楽しくお喋りした場所なのに、今はまるで何十年も誰も住んでいない部屋のように、その空間は死んでいた。
そこでハナは遂に泣き崩れた。
「ユキちゃん……。ユキちゃん……!(இ。□இ`。)」
ユキの部屋のカーペットを掻きむしり、泣きじゃくった。
「一緒に二人組のアイドルユニット組もうねって……約束したじゃん! 『ユキハナ』ってユニット名も決めてたじゃん! 一人にしないでよ! 一緒にデビューしようよ! 一緒に……!。゜( ゜இωஇ゜)゜。」
コトリと音がして、はっとしてハナは顔を上げた。
廊下のほうだ。誰かの気配がする。床が誰かの体重で軋んでいる。
「だ……、誰っ!?(இдஇ; )」
すると戸口に男がゆっくりと姿を現した。
背の高い、他所の高校のブレザーを着た、ワイルドなウルフカットの、どこか尖った印象のあるイケメンだった。何を考えているのか読み取れない笑いを浮かべている。
「あなた……誰なのっ!? ユキちゃんはお父さんと二人暮らしのはずよっ!?.˚‧º·(இдஇ )‧º·˚.」
すると男は照れたように頭を掻き、喋った。
「驚かして……ごめん( •̀∀•́ )✧」
「か、顔文字……。あなた……あ、アイドルなの?(இдஇ`。)」
「うん。君も同じだね?( •̀∀•́ )✧」
男は白い歯を見せて笑うと、名乗った。
「俺の名前は佐藤ダイチ。君の仲間のところへ連れて行ってくれないかな( •̀∀•́ )✧」