最終話:翼をもがれたアイドル
アリスの短い翼が、根元からもがれた。
翼は煙のように空中で消え、アリスは床に墜落すると横向きに滑った。
「ハハハハハ!(*`▽´*)」
神田首相が勝ち誇って笑う。
「これで貴様らはもうアイドルではないな!(*`▽´*)」
「アリスちゃん」
先に立ち上がっていたハナが手を貸し、アリスを立たせる。
「大丈夫?」
「フン……」
アリスは冷めた目で首相を睨みつけた。
「どうせ中途半端な翼だ。あんなものがあっては私は中途半端な悪魔のようなものだった。これで本物の悪魔になれる」
「言い残すことはそれだけ?( ✧▽✧) 」
首相が腕を広げた。
「これで終わりだ! ブラック・ノーウィンド!( ✧Д✧)9m」
何も起こらなかった。
「……」
「……あれ?」
覚悟して目をきつく閉じていたハナも、目を開けて睨みつけていたアリスも、拍子抜けしてアホ面になる。
「……はっ? そうか、しまった!( •̀ㅁ•́;」
首相が呟いた。
「私の必殺技はアイドル相手にしか効かない……。アイドルじゃなくなったコイツらには効果がないんだ!( `•д•´ ;)」
「じゃあ……ここからはタイマンの殴り合いね?」
アリスが嬉しそうに拳を握りしめた。
「悪いけど老人を労る気持ちはこれっぽっちもないから、覚悟してね?」
「ま……、待ってくれ!\( `•д•´ ;)/」
「どの口が言うの?」
ちょうど黒スーツのポケットに入っていたメリケンサックを拳に装着すると、アリスがそれを前に突き出した。
「ぐふぉ!Σ( `ω´ ;)」
首相が顔をかばって腕でガードする。
しかしアリスの攻撃は届いてはいなかった。
「ダメだよ、アリスちゃん」
「……そこをどいて、ハナ」
ハナが首相をかばって、立ち塞がっていた。
「なんでそいつをかばうの? そいつはハナの親友を殺させたやつだし、あんたはもうアイドルじゃないのよ?」
「あたしはアイドルだよ」
ハナは顔文字の(๑❛ᴗ❛๑)のように笑った。
「羽根も顔文字もなくなったけど、心はアイドルなの」
「そいつは改心なんかしないわ。殺さないと──」
ハナが首相のほうを振り返り、ぎゅっと抱きしめた。そして言う。
「あなたはあたしたちアイドルにひどいことをしたわ。でも、だからってアイドルは人を殺さないの。どれだけ憎くても、どれだけ辛くても、笑うの。それがアイドルなの」
そして抱擁を解くと、にっこり微笑みかけた。
「あなたもアイドルならわかるでしょ?」
「天使か」
アリスの拳が、ハナの首を締めようとしていた首相の頬にめり込んだ。
「ぎひぇ!(;`д´ #)三」
「ハナちゃん! 有栖川さん!✿*:・゜٩( ๑`ε´๑ )۶.*✿」
そこへフジコが一階から駆け上がって来た。黒スーツから奪い取ったらしき大口径のライフルを担いでいる。
「助太刀するダス!✿*:・( ๑`ε´๑ )۶」
構えるなり、発砲した。
フジコの撃った弾は天井に穴を空けた。パラパラと落ちる瓦礫を浴びながら、首相が笑い出した。
「ひ……ヒーッヒッヒ!(;*`-▽-´*)」
「つまらないラスボスだったわね」
アリスが首相の胸ぐらを掴んで立たせる。
「たかが一国の首相ごときが終末アイドルのこの私を殺せるとでも思った? あなたは単なるオワコン・アイドルなのよ。さようなら……。この一発で顔面を砕いてあげる」
メリケンサックつきの拳を振るおうとしたアリスを、後ろからハナが抱きついて止めた。
「殺しちゃダメっ! 一国の首相は『たかが』じゃないからっ! きっと物凄い苦労しないと総理大臣ってなれないものだからっ!」
「アイドルの『魅了』の力で人心を攪乱してなったに決まってるじゃない。バカなの?」
「うん、あたしバカだよ! アイドルはかわいくありすればいいんだから、バカでいいの! でも、バカだけど、みんなを笑わせられるバカでありたいのっ!」
「離せ。コイツ殺させろ」
「離さないっ! 殺させないっ!」
そこへタツミが上がって来た。後ろからはアイドル解放軍のみんなもやって来る。
「有栖川さん、針宮さん。もう終わったよ(﹡ˆᴗˆ﹡)✩⃛」
「終わった?」
アリスとハナが揃って聞く。
「何が?」
「この戦いの一部始終が生配信されてて、国民がみんな見てた。それで神田首相の支持率が激減したんだ。アイドル粛清法は取り下げられた(-´∀`-)」
「ふーん……」
「へー……」
「どうしたの? 嬉しくないの?( ˙ㅿ˙ )」
「うん。コイツ殺さないと気が済まない」
「ダメ。わかるけど殺してはダメ」
「真田村さんのカタキを取りたくはないの? ハナ」
「取りたい。でもこのひと殺してもユキちゃんは戻っては来ない」
「何なに? どうしたの?( ˙ㅿ˙ ;)」
タツミが心配そうに、聞いた。
「早速『方向性の違い』発覚? アイドルユニット解散?(´・ω・`;)」
メリケンサックを外しながら、アリスが言った。
「……じゃあ、殺さない程度なら、殴っていい?」
ハナがにっこり答えた。
「うん! それならいいかも。かわいく笑いながら一緒に殴ろう」
「す……、すまなかった! 許してくれ(*`Д´;;;)」
命乞いする首相のほうへ、二人でくるっと振り向くと、二人揃って拳を振り上げた。
「「どの口が言うの?」」
ネットで国民の見守る中、二人のパンチは綺麗に動きを揃え、鼻血を散らして飛んで行く神田政子首相の姿を全国に晒した。
♡ ♡ ♡ ♡
神田首相は失脚した。
自分がアイドルになれなかった私怨で『アイドル粛清法』を強引に成立させたことが白日の下に曝されたのだ。
傭兵上がりでアイドル嫌いの黒田令子と知り合い、『支配』の能力で彼女を増殖させ、『魅了』の力で自衛隊を操り、『金』と『恐怖』の力で国民を操った。
国際的にも日本の民度が疑われることを危惧され、重い刑に処されることになった。
「かわいいだけのアイドルがチヤホヤされるなど、この世は間違っている!( ー̀дー́ )و」
処刑を待つ間、地下の留置所でずっと喚き続けていたという。
「私が羽化していれば! きっと実力も兼ね揃えた素晴らしいアイドルになっていたはずなんだ!( ✧Д✧) 」
◆ ◆ ◆ ◆
神田首相とは逆に、アリスとハナは、生配信を見ていた国民から大きく支持された。
羽根のなくなった二人はふつうの女の子になることも考えたが、デビューを望む民衆の声に背中を押され、遂に正式にアイドルとしてデビューすることとなった。
デビューするなり、アリスはダーティーなツッパリアイドルといわれ、ハナは天使のようなぶりっ子アイドルと呼ばれ、80年代を席巻したあの二大アイドルの再来ともてはやされた。
あのおおきな橋の下の河原を二人は訪れた。アイドルのたまごがあった、あの河原だ。
「あの子、孵化してるかな」
アリスが呟いた。
「孵化してなくても連れて帰って育ててあげようよ」
ハナが嬉しそうに言う。
「毎日テレビや配信チャンネルに出ろ出ろって……もう疲れたわ。『たまごを見に行こう』って誘ってくれてありがとう。いい癒しになりそう」
「ふふ……。アリスちゃん、媚を売らないから、チヤホヤされるのも苦手だもんね」
ハナがくすくすと笑う。
「ね、そろそろユニット名決めない? あたしたちの……」
「首相が言ってたアレでいいんじゃない?」
「アレって?」
「『皆殺しの終末アイドル』──私はほんとうに殺すし、ハナはそのかわいさでみんなをメロメロに殺すでしょ」
「あっ、いいね! じゃあ名前を後ろにつけて『皆殺しの終末アイドル アリスとハナ』にしようよ」
前を見ながらハナが声をあげた。
「あっ!」
草むらの中に、産まれたばかりのアイドルの赤ちゃんがお座りをし、こちらを見ていた。
アイドルの幼虫はぶさいくだ。地味な見た目の上にあまりにも地味すぎる顔をしていた。
それでも二人の目の中で、その子は愛さないわけにはいかないほどにかわいく、天使のように映った。
女の子だった。
ハナはその子を抱き上げると、すぐに名前をつけてあげた。
「おかえり、ユキちゃん。あたしたちがママだよ」
(おわり)