公開処刑
「ほらっ! アリスちゃん、そこは『たん、たん、たーん』だよっ(﹡ˆᴗˆ﹡)✩⃛」
「む……、難しいな。少しゆっくりにしてもらってもいい?」
誰にも見られない草原で、ハナとアリスが振りつけの練習をしている。ハナはプラチナブロンドの長い髪を白いドレスとともに揺らし、アリスは黒い長髪をセーラー服とともにたどたどしく揺らし、秋の風景をまるで春のように染めていた。
季節はずれのモンキチョウが、コスモスの花びらを撫でながら、ひらひらと舞って行った。
四つの人影が、大樹の陰に隠れ、それを見ていた。黒スーツに身を固めた黒田仁子、酸子、死子、呉子の四人だ。
「か……、かわいい……」
「特にあのプラチナブロンドの子……たまらなくかわいい……」
「いや、有栖川もあの子に負けてないほどかわいい。すごい……」
「……はっ!? ま、惑わされるな!」
四人の黒田は殺気を放ちながらも、二人のあまりのかわいさに手が出せずにいた。
「よく頑張ったね、アリスちゃん。休憩しよう(๑´ㅂ`๑)❀」
二人はクローバーの上に揃って腰を下ろした。アイドルのお尻は地面に直接座ってもけっして汚れない。うんこはするけどお尻の穴はけっして汚れない小動物のように。
ハナはクーラーボックスからスポーツドリンクのペットボトルを2本取り出すと、1本をアリスに渡し、ごくごくと喉を鳴らして飲みはじめた。頬の汗が光り、ファンデーションも塗っていないのに白い肌をキラキラと煌めかせる。
「楽しい……」
スポーツドリンクを一口飲むと、アリスがそう言って笑う。
「今まで私の人生は空っぽだった。何のために生きてるんだかわからないまま生きていた。でも今は充実してる。こうやって歌って踊るために生きてたんだな……」
「そうだよ。アイドルは歌って踊るために生きてるんだから(ღ˘ㅂ˘ღ)❀.」
「それに気づいたのはハナのおかげよ」
アリスは愛しいひとを見る目でハナを見つめる。
「ありがとう」
ふふっ、とハナは笑っただけだった。その笑顔にアリスは見とれた。アイドルの力はアイドルには通じない。だからアリスがハナに魅了されているのは、アイドルの魅力に攪乱されているわけではなかった。心からハナのことを愛しはじめていた。誰が死のうがどうでもいいはずだったアリスが、この友達だけは失くしたくないと思うようになっていた。
ハナが立ち上がった。それだけで何かの楽しいショーが始まるのかとアリスは錯覚する。
「ちょっとうんこしてくる(๑>•̀๑)❀」
そんなセリフも汚れなくかわいかった。
「見たらダメだよ? アイドルはうんこしないことになってるんだから❀.(*´▽`*)❀.」
そう言って、ティッシュ箱も持たずに、ファンタジー世界の住人のように、少し向こうにある大樹の陰をめざして軽やかに駆けて行った。
「ハナが好きだ……」
うっとりと、アリスは口から漏らした。
「今、ハナを失ったら……私は生きて行けないかもしれない」
ハナの悲鳴が、大樹の向こうから秋空をつんざくように響いた。
「ハナ!?」
急いで駆け出そうとしたアリスの足が止まる。
大樹の陰から四人の黒田が姿を現した。一人がハナを羽交い締めにし、その頭部に銃を突きつけている。
「黒田……っ! しまった。狙われてるのはわかってたのに……!」
「近づくとコイツの頭を吹っ飛ばすぞ」
勝ち誇ったように、アリスのほうへ銃口を向けた黒田が笑う。
「コイツの命が惜しければ今日の夜8時に首相官邸まで来い! そうすればコイツは解放してやる。オマエの命と引き換えにな!」
セーラー服の背中から短い翼を出しながら、その羽根を飛ばすことができなかった。それよりも早く黒田が銃爪を引いてハナの頭を撃ち抜くことは明白だった。以前ならこんなことはなかったのに。ハナが殺されることなどどうでもよく、平気で羽根矢を飛ばしたはずなのに……。
動けなかった。泣き顔のハナが黒いリムジンに乗せられ、連れ去られるのを歯ぎしりしながら見ているしか出来なかった。
「神田政子……!」
目から、唇から、赤い血を滴らせながら、鬼のごとき表情で、走り去るリムジンのナンバープレート『2000』を睨んだ。
「そっちから招いてくれるとは……殺してやる!」
◆ ◆ ◆ ◆
藤原タツミと野村フジコは日が暮れはじめた街を歩いていた。タツミ一人ならその地味かわいさにアイドルを疑われかねないところ、フジコを連れていれば安心だった。
「有栖川さんと針宮さん、どうしてるかな。ちゃんと逃げてるかな( *´ω`* )」
タツミが心配そうに言う。
「有栖川さんは激つよだから心配ないダスよ(๑•̀ㅂ•́)و✧」
フジコが太鼓判を押す。
「心配なのは針宮さんダスなぁ……( ˘•ω•˘ )」
その時、高いビルの上に設えられた巨大モニターに、神田政子首相の顔がでかでかと映し出された。
『国民のみなさん──』
薄ら笑いを浮かべ、首相が告げる。
『今夜8時、伝説の終末アイドルの公開処刑を生配信いたします』
その後ろから、黒田の一人が針宮ハナを羽交い締めにして現れる。
『このアイドルは、終末アイドル有栖川アリスがこの世で唯一心を許す友達です。このアイドルを人質にとっている限り、有栖川アリスは抵抗できません。バラバラにして殺し、それでも再生するようなら、ありとあらゆる方法を試して見ることにいたします。きっと硫酸のプールにでも落としてやれば死ぬことでしょう。ウッフッフッフ……』
モニターを見上げながら、タツミとフジコが揃って声をあげた。
「針宮さん……!Σ(º ロ º๑;)」
「有栖川さん……。ウググ……!٩(๑ ー̀εー́ ๑;;)۶」
『かなり残酷な映像となるとは思いますが……、アイドルは人間ではありません、周知の通り、昆虫のようなものです。害虫退治のようなものだと思って楽しくご覧ください』
首相の顔がカメラに近づき、歪んだ笑いを強くした。
『アイドルを擁護する愚か者たちに告げます。おまえたちの信じる終末アイドルとやらが死ぬところを、しっかり目を開けてご覧なさい! おまえらの希望とやらを完全に潰してあげましょう!』