友情の芽生え
有栖川アリスは針宮ハナを連れてあかるい街を歩いていた。
ちょうど秋の深まりはじめた季節でもあり、成虫のアイドルとなったハナをモコモコの服と帽子で隠し、手を繋いであるところへ向かっている。
「アリスちゃん……。あたしのことはほっといていいんだよ?( ¯−¯٥)」
ハナが申し訳なさそうに言った。
「お荷物じゃない、あたし? 大丈夫、孤児院に帰ってなんとかするから(´・▽・`;)」
「孤児院には戻らないほうがいいわ」
アリスは手を引いて歩きながら、ハナのほうを見ないで言う。
「そんないかにもアイドルな見た目になったあなたを放っておけるわけないじゃない。助けられた恩もあるし、安全なところまでは送り届けてあげる」
意外にこのひと律儀なところがあるんだな、とアリスの後頭部を見つめながらハナは思った。
『それに……寝顔、意外なくらい、かわいかったな』
そう考えながら、ハナは思い出していた。段ボールで作ったお城の中で、麻酔銃に撃たれてすやすやと、子供のような寝顔を見せて眠っていたアリスの姿を。
自分の子供みたいにかわいかった。自分の膝を枕にして、口を半開きにして、あまりに無防備な寝顔をハナに見せていた。サラサラの黒髪を撫でたり、ピンク色の唇を指でつついてみたり、色々といたずらをしてしまった。
土手の石段を下り、おおきな橋を見上げる草むらの中へ入り込むと、アリスは足を止めた。
「今日はここで寝ましょう。使い捨てカイロはたんまりあるし、寝袋も持ってきたし」
「ホームレスさんみたいだね(*´︶`*)❀」
ハナは意外に楽しそうだ。
「アリスちゃんと一緒ならこんなのもなんか楽しく思えるよ(*´ω`*)❀」
ハナがモコモコの服を脱いだ。あまりに重い上にまだこれほどの厚着をするほどには寒くはなかったので。
眩しいアイドルの姿を晒したハナを、アリスがじっと見つめる。
「あっ、見て見て? あたしだけを見つめて?♡٩(๑❛ᴗ❛๑)۶♡」
「羽根はないけど……やっぱり一目でアイドルだってバレちゃうわね」
アリスが冷めた目で言った。
「どうしよう……。あなたを放っておけない」
「じゃ、ずっと一緒にいようよ。あたし、アリスちゃんのこと好きだし……なんなら二人でアイドルユニット組んじゃわない? 自分で言うのもなんだけど人気出ると思うよ♡*.+゜٩(๑>∀<๑)۶♡*.+゜」
「バカね……。もうアイドルはテレビに出られないし、人気どころかヘイトを受ける存在なのよ」
「うっ……、そうか(•﹏•ั;ก)❀」
目を泳がせた時、ハナがそれを見つけた。
「あれっ? あれって、たまごじゃない?♡(*゜O゜*))))❀」
草むらの中に、ピンク色のたまごが落ちていた。鳥の卵ではなく、蝶々のたまごに似た、まん丸いたまごだ。ダチョウの卵よりもさらに大きく、直径は30cmほどもある。それが秋風の中で、たまにピンク色の光を中からゆらめかせながら、石ころのようにそこにあった。もちろん、アイドルのたまごだ。
「こんな世の中に……あなたは産まれて来ないほうがいいわ」
アリスは呟くと、落ちている石を拾った。
「なっ……、何するのっ!? アリスちゃん?∑( ◦д⊙)‼❀」
「壊す」
「だめだよっ! この子の人生を勝手にだめにしちゃう権利は誰にもないっ! この子の未来はこの子のものなんだからっ!∑(✘Д✘๑ )❀」
「未来……?」
アリスは石を投げようとしていた手を止め、聞いた。
「未来……あると思う?」
「諦めちゃったら、ない( ー̀дー́ )و❀」
ハナは答えた。
「でも、諦めなかったら、ある!٩(๑`^´๑)۶❀」
アリスがくすっと笑った。
そして石を地面に捨てた。
「不思議ね……。あなたがそう言うと、ほんとうに未来がある気がして来るわ」
二人で交代で寝袋に入り、眠った。
ハナが眠っている横でアリスはスマホゲームを音を消してプレイしながら、辺りに注意を張り巡らす。黒田令子にはクローンがいた。1人だけとは限らない。もしかしたら何人もクローンがいて、憎たらしい自分を殺したくて探し回っているかもしれない。
「うう……( ; _ ; )」
ハナが寝言を言った。
「ユキちゃん……。なんで? 一緒にユニット組もうって……約束したじゃん(>_<。)」
アリスは少しだけ振り向いたが、すぐにまたスマホに目を戻す。
気になるニュースが入っていた。『アイドル判別用メガネ』が開発され、販売が開始されるという。それをかけてアイドルと会話すれば、その語尾についている顔文字が見えるのだという。
注意書きが添えられていた。
『アイドルの顔文字は、直接会話しなければ見えません。電話の音声などには顔文字がつきませんので、騙されないように』
「……ますます未来なんてなくなっちゃったじゃん」
独り言をアリスが呟く。
「私……語尾に顔文字つかないんだから、黙ってればアイドルだってバレないんだから……やっぱりあの時、知らん顔しとけば……」
そこまで呟いて言葉を止めた。
振り向くと、ハナが眠りながら涙を流している。
「ユキちゃん……。一緒に、やろうよ。アイドルユニット……(。>△<。)」
ゆっくり近づくと、アリスはハナの隣に腰を下ろし、そのプラチナブロンドの頭を撫でた。
「私たちアイドルは……どこから来たんだろうね」
ハナの頭を優しく撫でながら、橋のたもとのたまごを眺めながら、呟いた。
「私たちは自分たちのことを何も知らなすぎる……。私たちは……粛清されるべきバケモノなの?」
赤い16番目の月が、橋の上から見つめるように覗いていた。
「ふぁー、よく寝た٩(๑´O`๑)۶~」
そう言っておおきくあくびをするハナを、アリスは微笑みながら見つめた。自分はほとんど眠れていなかったが、ハナが満足そうなのが嬉しかった。
少し照れながら、ハナに提案してみた。
「ねぇ……、組まない?」
「えっ?( ⊙_⊙)」
「……アイドルユニット。ハナとだったら……いいよ」
「ええっ!?Σ(´✪ω✪`)❀」
ハナは飛び起きると、その場で何回も跳ねた。
「うんうん! やろう! アリスちゃんとだったら天下取れる気がするっ!٩(๑ˆOˆ๑)۶❀ あれ……? でも……」
「テレビに出られなくても、誰にも見てもらえなくてもいいよ」
アリスは頬を赤らめ、微笑んだ。
「私もやっぱりアイドルなんだな。……ゆうべ、ハナのかわいい寝顔見てたら、血が騒いで来ちゃったの。ユニット組んで、二人で歌って踊るだけでもいいからやりたくなっちゃったのよ」
「そっか……。誰にも見られてなくてもあたしたち、アイドルだもんね(๑•᎑•๑)❀」
ハナは白いドレスを花びらのように回転させると、歌い出した。
「よーし♪ やろう♪ やるぞ♪ ユニット名はなんにしようー♪ ((❀٩(๑ˆOˆ๑)۶❀))」
「私……歌ったことも踊ったこともないから……。ハナ、教えて?」
「よし! じゃ、早速練習だ! ビシビシいくよっ!❀٩(๑`▽´๑)۶❀」
「よろしくお願いします」
冗談っぽく頭を下げ、くすくすと笑いながら、アリスは生まれて初めてできた友達の嬉しそうな姿を、それよりももっと嬉しそうに眺めていた。
それを橋の柱のたもとから黒田呉子が見ていた。
「仁子、酸子、死子……。見てる? 有栖川アリスの弱点を見つけたわ」