終末のはじまり
私立繰越高校の校門前には今朝も生徒たちのあかるい声が溢れていた。
一人の地味な女子生徒が楽しそうに鼻歌を唄いながら、みんなに紛れて校門を入っていく。ふつうのおさげ髪に流行りのキャラクターのマスコットをバッグにつけて、特に目立っているところはない。セーラー服もみんなとおんなじだ。それどころかどう見ても地味で目立たないモブのようながらその少女は、よく見ればわかるその整った顔立ちを見過ごしたとしても、明らかに群衆の中で異質な輝きを身に纏っていた。
大抵の生徒たちは彼女なんかには気がついていないように、その横を通り過ぎていく。
たまにチラホラと、彼女に声をかけるクラスメートらしき女子生徒がいた。
「おはよー、ユキ」
「おはよう、真田村さん」
声をかけられた少女、真田村ユキは、にっこりと愛嬌をその地味顔に表し、かわいく手を振った。
「おはよう〜(^o^)ノ゛」
ユキが教室に入ると、おさげ三つ編みの地味メガネっ娘が、慌てたようにユキの席にやってきた。
「ねぇ、ユキちゃん。今朝のニュース、見た?(||゜Д゜)」
「どうしたの、ハナちゃん。なんか顔面蒼白な顔文字、語尾につけちゃって……(^.^;」
するとハナが自分のスマートフォンを取り出し、ユキに見せる。
ネットニュースの画面だった。
それを読みながら、ユキの表情がだんだんとハナと同じく顔面蒼白になっていく。
『【アイドル粛清法案可決】
神田政子首相は◯◯日、国会にてアイドル粛清法案を可決させた。同法により以後アイドルは人間と見なされず、抹殺されるべきものとされ、アイドルを処刑した一般人にはそのアイドルの格に応じて30万円から2億円の褒賞金が支払われることになる。また、アイドルを匿った者には重罪が課せられることとなった』
「なに……これ……(・。・;」
ユキがつい、口から漏らした。
「あたしたちが何をしたっていうの……? あたし……ずっと楽しみにしてるんだよ? 今はまだたまごだけど、立派なアイドルとして羽ばたく日を……( ; _ ; )」
「声がでかいっ! ユキちゃん!ヾ(・ω・`;)」
ハナが声を潜めてツッコむ。
「あたしたちがアイドルのたまごだなんて知られたら……(>_<。)」
「その話、ほんとう?」
横からいきなり話しかけられ、二人は凍りつくほどに驚き、声の主を見上げた。
スラリとした長身の、背中までの美しい黒髪を垂らした、目付きの鋭い女子がいつの間にかそこに立っていた。ユキが彼女の名前を呼んだ。
「あ……、有栖川さん……(^.^;」
ハナが全力で誤魔化そうと企てながら、一応聞いてみる。
「その話って……? ど、どの話を聞いたのかな?(^o^;」
すると有栖川はやたらと冷たい目をして、答えた。
「アイドル粛清法案とやらが国会で可決されたって話」
「「ああ……、うんうんうんうん!(*゜∀゜)*。_。)」」
二人はうなずき、声を揃えた。
「「なんかねー、アイドルのひと、大変だなーって、思っちゃってさー、二人で話してたのー(*゜∀゜)*。_。)」」
「ふーん……。わかったわ。ありがとう」
それだけ言うと、有栖川は背を向け、自分の席に帰っていった。
「び……、びっくりしたぁ(・。・;」
「焦ったね……(´ㅂ`;)」
「有栖川さんって、何考えてるかわかんないひとだよね(^.^;」
「あのひとが誰かと喋ってるの、見たことないもんね(;ᵕᴗᵕ•)⁾⁾」
「……とっ、とりあえず! あたしたちがアイドルのたまごだってこと、バレないようにしなきゃ!(;T∀T)و✧」
「大丈夫だよ、ふつうにしてれば。見た目は人間と変わんないんだし。何よりあたしたち、羽化するまではかえって地味で目立たないし……(^_^;)」
「でも……アイドルって、喋ると語尾に顔文字ついちゃうじゃん? これでバレちゃわないかな……( ¯−¯٥)」
「大丈夫。人間にはこれ、見えてないから(๑•̀ㅂ•́)و✧」
「見えてるのあたしたちだけなの? 知らなかったΣ(*゜ロ゜*)」
「うん……。とりあえず……( ˙-˙ )」
ハナが教室中を見渡した。
「このクラス……。アイドル6人もいるんだよね……(´・ω・`)みんな、大丈夫かな……」
♡ ♡ ♡ ♡
その日の学校では何もなかった。ユキはハナと手を振り合い、別れると、自分の家へ帰った。少し不安な思いを胸に抱きながら──
「た……、ただいま…… |ω・`)」
ドキドキしながら玄関のドアを開けると、奥から慌ただしい足音を立てながら、白黒ひげの男が顔を現した。
「ユキ! ニュース見たぞ! 何ともなかったか!?」
「ウン……(ᐡ´• ·̫•))」
男はユキのすぐ前まで近づくと、優しくその肩を抱き、そして胸に抱きしめ、髪を撫でながら安堵の声を漏らした。
「よかった……。おまえにスマホを持たせていないから、帰るまで心配で仕方がなかったんだよ。今からスマホを買いに行こう。持たせてなきゃだめだった」
「パパ……( ºωº )」
ユキがおそるおそる、聞く。
「あたしを突き出さないの?( ºoº ;)」
「何を言うんだ」
「だって……。たまごでもアイドルを突き出せば、褒賞金が……( ToT ;)」
「ユキ!」
男は叱る口調で、掴んだ肩に力を込めた。
「おまえは私のかわいい娘だ! 何としても守る! 馬鹿な疑いをもつんじゃない!」
「パパ……。だって……(¯―¯٥)」
ユキの唇が震えはじめ、声に涙が混じりはじめる。
「あたしを匿ってたら……パパも重罪になっちゃうんだよ?。゜(゜´Д`゜)゜。」
嗚咽を漏らしはじめたユキを、男は再び胸に抱きしめ、ひとしきり泣かせると、顔を上げさせ、優しく微笑んだ。
「おまえは確かにアイドルだ。人間じゃない。17年前、私は橋の下で偶然おまえをたまごで拾って、今まで育ててきた。……だが、おまえのことはほんとうの娘だと思っているんだよ」
「パパ……(´っд・。)」
「それに……いつかおまえが羽化して、素敵なアイドルになって、私だけでなく世界中のみんなを笑顔にしてくれる日を心待ちにしてたんだ。アイドルはみんなに夢と希望を与えてくれる存在なんだ。自信をもちなさい」
「でも……あたし……もう……羽化できない! 羽化しちゃったらアイドルだって即バレして殺されちゃう!。゜゜(*´□`*。)°゜。」
「ふつうの女の子として生きるしかないさ……」
男はユキの背中を優しく叩いてなだめる。
「アイドルとしておまえが羽ばたく日を見られないのは残念だが……おまえも無念だろうが、こうなったら仕方がない。ふつうに人間のように生きて、恋をして、幸せになりなさい」
「……そうか(*゜ロ゜*)」
ユキが泣いていた顔を上げた。
「あたし……アイドルにならなかったら、恋をしてもいいんだ!٩( >ω< )و」
「ふふ……。元気が出たな。お父さんとしては寂しいが、おまえに好きな男ができて嫁に行き、幸せになってくれるのは望ましいことだよ」
「うん! あたし、ふつうに人間として生きる!٩(ˊᗜˋ*)و」
「そうさ。バレなきゃ大丈夫だ。羽化しても羽根を隠していれさえすれば、『ユキちゃん急に美人になったね』って言われるぐらいで済むさ」
「ありがとう……、パパ……( *˘ᴗ˘* )」
「さ、お茶でも飲もう。おまえの好きなホワイトチョコケーキを買ってきてあるんだ。紅茶を淹れてくれ」
「わあっ! ホワイトチョコケーキ? ٩(๑>∀<๑)۶すっごく嬉し……」
飛び上がるようにバンザイをしたユキの頭部が、窓の割れる音とともにザクロのように砕けた。
窓を突き破り、武装した人間が三人、家の中に踏み込んで来た。真っ黒なアーマースーツに黒いヘルメットを被り、重厚なブーツを履いたまま、カーペットの上を歩いて来る。
頭部を吹き飛ばされてその場に倒れ、みるみるカーペットの上に赤い血の海を作るセーラー服姿の娘を見ながら父は、しばらく目をおおきく開いたまま固まっていた。
「真田村幸彦だな?」
黒いアーマースーツの先頭に立つリーダーらしき者が言った。女の声だった。
「証拠はあがっている。……というよりおまえ、ばら撒きすぎだ。そのアイドルが幼女の頃から動画サイトなどでさんざん自慢していたな、『アイドルを拾って育てている』と」
真田村幸彦は血の海と化したカーペットに膝をつくと、さっきまで笑っていた娘の背中に手を触れた。そしてわなわなと震え出すと、黒いスーツの女を振り返り、みるみると怒りの形相を表したその頭部が銃弾一発で砕け散った。
「ふー……。凄い威力だ」
黒いスーツの女は冷静な口調でそう言うと、手にしていた大口径のライフル銃を背中にしまった。
そして仲良く頭部を失い、重なり合って倒れている父娘に向かい、唾を吐くように、言った。
「アイドルを匿った者も同罪だ。──ってか、おまえら愛し合いすぎ! 違う種族の生き物のくせによ。気持ち悪りーんだよ、バーカ」