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drown in all

「俺は主人公じゃない」なんて言葉を主人公以外が口にするのを僕は聞いたことがない。「誰もが自分の人生の主人公」なんて言うつもりはさらさらないけれど、主人公じゃない奴は「俺は主人公じゃない」なんて言わないんだ。ただの村人がこんな事を言ったら単に滑稽なだけだ。分かっている。分かっているのだ。ーーーそれでも僕は言う。いや、言わなければならない。


『僕は主人公じゃない』




――――――――――――――――――――――――――

寒い。体の奥まで冷えていくのを感じる。もうだめだ。ーー貧弱だと自分でも思う。ただ学校に行くだけでこんなにも弱音を吐くなんて。しかし、寒いものは寒い。今日1/28の朝は空が暗く染まり、雪がちらついている。北から吹く向かい風は僕の一日の活力を全て持っていくのに十分な強さだ。手は高校生になった途端堂々とポケットに入れるようになり、歩調は自然と速くなる。高校生になり良かったことなんてほとんどないけれど、無駄が少なくなったことは数少ない良かったことだ。ポケットに手を入れてるやつを注意するなんて無駄でしかない。「転んだ時に手をつけないでしょう」なんて理由で怒られる意味がわからない。転んだ奴が怪我するだけなんだから放っておけばいいのだ。怒られないように手を風に晒すなんて大いに無駄だ。辛い思いをしながら無駄なことをするなんてどうかしている。ーどうかしている。今もポケットに手を入れないこと以上に辛く、かつ自分のためにならないことをしている。「高校に行くこと」ではない。高校に進学したのは自分の意思であり、勉強は無駄なことでもなければ辛いことでもない。その前だ。僕には毎朝、これ以上なく無駄であり、辛い日課があるのだ。これのせいで僕は本来より家を20分も早く出て冬の風に身を晒す羽目になっている。

 目的の場所に着く。インターホンを鳴らす。無駄だと分かっていても毎朝応答があるのを期待してしまう自分がいる。当然反応はなく僕はすぐに鍵でドアを開けて叫ぶ。

「ーー起きろ!急げ!」

数秒のラグがあって奥の部屋から「ふぁーい」という間の抜けた返事が返ってくる。いつも通りだ。暫くしてドタバタなんて擬音が生易しいほどの足音が聞こえ出す。

これが俺の毎日の『無駄』だ。いくら一人暮らしとはいえもう高校生なのだ。朝起きるくらい出来る様になってもらわなければ困る。本当に面倒臭いし疲れる。しかしこの役目を放棄するつもりも毛頭ないから自分の中で割り切るしかない。

『ごめんなさーい』と言いながらこいつーー雪宮奏はぐちゃぐちゃの制服と髪で部屋から出てきた。全く幼馴染とはいえこの格好で男の前に出てきていいものなのか。しかしもう見慣れたものなので今更何とも思うことはない。訳はない。しかしそんなことを考える暇は無いのだ。

『もう7時だ。ーー上がるぞ』一言断り家に上がる。こいつの朝食のパンを用意し軽く部屋を片付ける。とは言っても朝起きれないだけで家の片付けはしっかりされている。生活力が低いわけではないのだ。ちなみに朝食用のパンは食パンに限定させている。建前は健康のため。本音は女子高生が朝咥えるパンは食パンだという俺の思い込みだ。

それから10分後、俺たちは家を出る。駅まで早歩きで15分、7時半発の電車で学校の最寄り駅まで20分。駅から学校まで5分。これが僕達が導き出した登校における最適解。朝のSHRが8時からだからかなりギリギリだ。毎日こんなに急ぐくらいならもっと早く起こしに行った方がいいと思い起こしに行ったこともあったが絶対に7時前に起きることはなかったので諦めた。

『毎日ごめんねー、けど美少女の家に来れるんだから内心喜んでるでしょ?』

『二度と起こしに行かないぞ。大人しく遅刻しろ。』

『嘘だって!感謝してます凛斗さま〜。でも美少女てとこは否定しないんだ?』ニヤニヤと笑う奏を横目に歩くスピードを早める。全くもって残念だが、美少女であることは否定できない。実際クラス内いや、学校内で最も可愛いと言っても過言ではない。髪のセットや化粧も大してしてないはずなのに花がある。だからこそ隣にいるだけで消えたくなる。学校が近くなったところで俺たちはいつも通り距離を取る。俺が前で奏が後ろ。50mも距離を取れば一緒に登校しているようには見えない。例え並んで歩いているところを見られても一緒に登校しているとは思われないとは思うが念のためだ。学校に着き靴を履き替え教室へ向かう。教室に入った瞬間空気が薄くなったように感じる。息苦しい。誰も僕を見ていないと頭でわかっていても周りを気にしてしまう。何かおかしな行動をしてないか。奏との関係を見られてないか。考えればキリがない。僕が教室に着いて3分ほど経った後奏が教室にた入ってくる。俺たちが通うこの高校は一応進学校として一昔前までは名の通った高校だったが今では少子化の煽りを受け生徒数が激減。定員割れによるレベルの低下。随分と落ちぶれた高校となった。しかしそれでも受験時の成績で入学時から成績順でクラス分けされる。このクラスは一応トップクラスとなっているためそこそこ勉強の出来るやつが集まっているわけだがその中でも飛び抜けて異才を放つのが雪宮奏だ。入学時からダントツのトップ、全国模試でも一桁をとる程の天才だ。雪宮奏は才色兼備かつ性格も良く当然クラスの中心の存在である。まあ朝起きれないという欠点はあるが知っているのは俺だけだし、むしろ可愛さ的にはプラス要素だと感じるのかもしれない。起こしに行くのが自分でなければの話だが。

これだけの要素が揃っているのだから当然といえば当然だが奏は男女共に人気がある。僕なんか親同士が知り合いでなければ一生話すことはなかっただろう。奏と幼馴染だなんてクラスメイトが知ればそれだけで注目され、俺がクラス中の男子から嫉妬心を向けられるのと同時に、奏はクラス中の女子から同情されること間違いなしだろう。だからこそ今まで学校内ではお互い接さないようにするよう決めたのだ。奏は嫌がったが僕の必死の説得により承諾してくれた。人に好かれないのは構わないが人に嫌われるのはごめんだ。

そんな努力もあって僕は今のところ平穏な学校生活を送ることができている。喋れるクラスメイトは2,3人しかいないがそもそも学校とは勉強をする場なのだから困った時に時間割を聞ける人間がいればそれで十分だ。だから基本僕が会話をするクラスメイトは奏のみ。それも登下校の時だけだ。

本を読むふりをしながら日課でもあるクラスメイトの観察をしていると、予鈴が鳴った。クラスの奴らがだんだんと自分の席に戻っていく。少しだけ息がしやすくなるから、俺にとっての予鈴は教会の鐘の音よりありがたい。教会なんて行ったこともないので知らないが。

3分ほど経って、担任が教室に入ってきた。どうやら職員会議が長引いたらしい。SHRが始まり、気づけば下校時のSHRが終わっていた。1日が終わってみれば、なんら変わり映えのない1日すぎて6限の授業内容すら思い出せない。授業中はあんなにも長かった50分が今となってはあったかどうかも怪しいレベルだ。

担任の連絡事項というまでもない連絡が終わり、俺はこの檻から解放された。檻とは言っても別に出たいとは思っていないので、結局自分も動物園の猿と変わらないなと思う。餌は将来の安定性。猿も俺も檻の外に出て生きていけるほど強くはないのだからこれが正解なのだろう。

下校の時は僕が先に教室を出て裏門前で奏を待つ。ほとんどの奴は部活動に勤しみ、そうじゃ無い奴は正門からそそくさと帰る。そんなだから、この時間に裏門を利用する奴はほとんどいない。それに、もし見られてもまさかクラス1の陰キャと学校一の美少女が一緒に帰っているなどとは考えないだろう。

今日も僕はSHRが終わるとすぐに教室を出て裏門前で奏を待つ。5分ほどして小走りでやってきた奏はなぜか機嫌が悪そうだった。

『どうした?喧嘩でもしたのか?』

歩き出しながら聞いてみたものの、あり得ないと分かっていた。俺は奏が誰かと喧嘩しているのを見たことがない。奏が特別温厚だからではない。誰もが奏と対立しないようにしたいからだ。喧嘩とは一対一の力比べでは無い。こと、女子の喧嘩ともなればどれだけ味方を作れるかが勝敗を分ける。僕は今まで奏と張り合えるような才を持つものも、奏と対立する勇気を持つものも見たことがない。

『別に。ただ・・・』

『ただ?』

『何でもないよ。ただ文化祭の役決めで勝手にシンデレラに決められちゃて、』

なるほど。それはそれはさぞ王子役を決めるのに時間がかかることだろう。しかしまあ仕方のないことだ。奏のいるクラスでヒロイン役をやるなんて皆ごめんだろうしな。

『そういえば文化祭まであと1ヶ月か。早いな。』

『早いよ!シンデレラをやることに決まったまではいいんだけどそのあとが全然進まなくて、、』などと奏は僕には一切関わりのない行事の話を話し始めた。どうせ僕は今年も照明係だろう。音響は意外とやりたがるやつが多いし、小道具製作などは協力が不可欠だ。自然と仕事は絞られてくる。

この時は1ヶ月後の文化祭をどうやって無事乗り切るか。そんなことを考えていた。一ヶ月後、自分が舞台に向かって光を当てている姿が目に浮かんでいた。一生、光を当てる側だと思っていた。




全ての始まりはその帰り道。奏の文化祭への期待と不満の入り混じった話がまだ終わりそうになく、適当に相槌をうっていたときだった。駅で電車を待つ俺らの前に、俺と同じようなオーラを纏った女の子がいた。鞄と制服から俺たちの高校の近くにある中学の生徒だと知った。正直、奏の話よりもその子に気を取られていた。彼女からは何処か異様な雰囲気が出ていたのだ。今にも消えてしまいそうなのに誰よりも強い意志を持っている。そんな雰囲気が。まあ気のせいだろう。世の中には俺と似たような人もたくさんいるんだろう、そういえば登校していた時もそんなことを思ったなと考え、その子から目を逸らした。その瞬間だった。ようやく電車が遠くに見えてきたと思った時、目の前の彼女はホームから線路へと飛び込んだ。何が起きたのか分からなかった。ずっと彼女を見ていたはずなのに何が起きたか分からなくて身体が動かなかった。まさにモブ。目の前で人が身を投げたのに声を出すことすら出来なかった。巻き込まれるのが怖かった、のでは無いと思う。怖いとすら思えなかった。原因は当事者意識の薄さと想定外の対処能力の低さだ。でも誰だってそうだろう。皆一瞬呆然とする。その一瞬が取り返しのつかないものだと気づかずに。そして手遅れになった後から言い訳のように悲鳴を上げるのだ。それが普通。悪いことだと責めることはできないだろう。しかし、例外もいる。当事者意識が強く、本能で動く人間、そんな人間が奇跡的に、隣にいた。この場合はあまり良い意味ではないが。奏は意識外の彼女の行動に、彼女が意識内にあった僕より早く動いた。つまり、彼女もまたホームから線路へと飛び込んだのだ。そしてそれを見て初めて自分の身体が動く。奏を止めようと手を伸ばすが届かず、そしてまた僕の身体も宙を舞う。奏が線路に足をつき、僕がホームから足を離した瞬間で僕の記憶は終わったのだった。





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