第4話 一緒に帰ろ
クラスメイトからの助言に対してお礼を言ってからずっと考えていた。
何を伝えるべきか。どうやって伝えるべきか。
授業中も考え続け、気づけば放課後。俺は今、結以がいるA組の前に立っている。それも俺なりの考えがあるからだ。
練りに練って出た答えが、一緒に帰ること。久しぶりに、前みたいに一緒に帰りたいだけ。
そのために結以を待っていた。今日は教室の掃除当番で数分待つことになる。
その数分は長く感じていた。さっき来たはずなのに、一時間経っているかのように錯覚している。
俺は緊張しているのだ。久しぶりに結以に声をかけるだけなのに。前みたいに「一緒に帰ろ」と言うだけ、なのに。
噛まずにちゃんと言えるのか。もしかしたら断られるんじゃないか。
余計な心配かもしれない。それでも不安になってしまう。
それだけのことをした気がするから。
スマホを持っている手が震える。いじってる風にして誤魔化しているけど、ずっと震えている。
冷静になりたいのに結以のことを考えるとダメだ。早く来てほしいけど、その時間が来てほしくない自分もいる。
頭がおかしくなりそうだ。体温が上がっている気がする。心臓もバクバクしているし、ぶっ倒れてしまいそう。
そして、その時は突然訪れた。
「あ、京ちゃん……」
俺を呼ぶ声が聞こえた。スマホに視線を集中させていたから、掃除が終わっていたことに全然気づかなかった。
目の前には結以の姿。見慣れたはずなのに、嬉しく感じる。久しぶりに再会したかのような昂り。声をかけられた、声を聞けただけで満足してしまいそうだ。
だけど、目的はそれじゃない。俺は一緒に帰るために待っていたんだ。
声を、出したい。
「お、おつかれ」
「……うん。おつかれさま」
ぎこちない挨拶。お互いに距離を感じる挨拶だ。
このままではマズイ。そう思っても一歩が出ない。その一歩を出そうとしても、置く場所がない。目の前に壁があるような、そんな感覚。
「なんか、用?」
優しく問いかけてくる結以からは決して圧を感じない。それなのに、今こうしていることを否定されている気がして、勇気が出ない。
くそ。ここで言わないと絶対後悔する。
ここまで来たのに。待っていたのに。このままで終わってしまったら――
そう考えたところで、俺の思考が止まった。
終わったわけではない。考えることを放棄したのだ。
「久しぶりに、一緒に帰らない?」
この時、俺は結以のことを一切見ていない。
どんな姿勢、仕草をとっているのか。どんな目で俺を見ているのか。どんな表情をしているのか。
結以の反応を見るのが怖かったのだ。そうしたところで言葉で返事がくる。言葉で返ってくるのなんて分かってる。
けれど、それと同時に人は表情を使って言葉に感情を持たせる。その感情を確かめるのが、怖い。
「う、うん。いいけど」
あれから一度も話さなかったから当然の反応だ。
戸惑ったように詰まらせる相槌。渋々受け入れたような気さえしてしまう。それが勘違いかどうかも確かめたくない。
けれど、つい俺は結以の顔を見てしまった。それも返事が聞こえた瞬間に。
「え、いいの?」
「うん。いいよ。いつも帰ってたじゃん」
過去形が俺の胸を締め付ける。結以の中で過去のことになってしまっているのか。でも、それより今は喜びが勝っている。そんな気がする。
「どうしたの急に。なんかおかしいよ」
「い、いや。久しぶりに一緒に帰りたかっただけで」
「あはは。京ちゃんはやっぱり面白いね。それじゃ、帰ろ!」
結以は一足先に昇降口の方向へ向かった。その後ろ姿は心なしか晴れている。昼に見たときよりも足取りが軽いような。
「ちょ、待って!」
「私と一緒に帰りたいなら追いかけなー」
結以はいつもより瞬きが多いけど、表情はいつもと変わらず明るい。
なんだよ。悩んでいた俺が馬鹿みたいじゃないか。それにしても、安心より喜びが勝つなんて単純だな、俺。
いつも通りの帰り道に、いつも通りの景色。そして、いつも隣にいてくれた結以がいる。
実家のような安心感とはこのことを言うのだろう。一人で帰っていたときとは大違い。結以と一緒にいる時間が一番落ち着くな。
「どうしたの?」
「ん、なにも」
俺と結以は今、家の近くにある公園のベンチに座っている。そこで空を見ていたら声をかけられた。
この公園はよく一緒に遊んだ場所。思い出の場所なのだ。
俺が「ここで休憩しよう」と言って、今に至る。決して疲れているわけではないんだけど。
俺には、ここに来る理由があるのだ。一緒に帰ることは前提で、ここでクラスメイトに言われたことを遂行しようとしている。
それは、結以に俺の本当の気持ちを伝えること。
俺はその時機をうかがって気づけば、10分くらい経っていた。