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93.談笑…?(1)

 フィリウスと一緒に飲み物を取りにホールの中央を離れたリーナ。

 そんな二人に後ろから声をかけたのは、シャタールの王太子夫妻だった。


 今夜はパーティーだからか、二人ともきらびやかな衣装に身を包んでいる。

 ノマはリーナからすると冬だとは思えないぐらいに肩を出していて、髪もアップスタイルにしているのだから寒そうで仕方がない。


 そんなノマを連れてリーナたちのもとまでやってきたヴォクスは、友好的な笑みを浮かべながらフィリウスに手を差し出した。

 フィリウスもまた右手を伸ばして握手を交わす。


「突然の訪問にも関わらず寛大(かんだい)なご歓待、痛み入る」

「お気になさらず、ヴォクス殿。レーゲはお二人のご訪問を歓迎いたします」


 フィリウスの方を見れば、少し口角が上がっていたけれど、目が笑っていない。


 一緒に過ごしてきたリーナにはわかった。今の彼はちっともヴォクスたちが来たことを嬉しくなんて思っていないのだ。

 けれど、二人はそんなフィリウスの様子に気がついていないのか、それとも見ないふりをしているのか、気にしていないようだった。


 それどころか、ヴォクスは少し口角を上げた。


「まさか成婚の儀を終えていらっしゃったとは思いませんでした。王太子殿下は『弟が中々身を固めない』とぼやいておりましたから」

「兄上が……そうでしたか。彼女は兄上が貴国に滞在している間に妻になりましたので、兄上が知らなかったのも無理はありません」


 「妻」と紹介されたことに、リーナの胸がトクンと高鳴る。


 とはいえリーナとフィリウスの関係はあくまで「白い結婚」。

 それは先日の夜、彼がリーナと一緒にいることを望んでくれたのが事実でも、変わっていないのだ。


 嬉しい気持ちと悲しい気持ちが一緒に押し寄せてきてしまったけれど、ノマたちの方を見れば、今は感傷(かんしょう)的になっている場合ではない。


 フィリウスたちが話している間に、ノマの視線はリーナに向けられたのだけれど、その視線がどこか値踏みするようなものだったから。

 けれど話が終わり二人の注目が彼女の方に向かうと、一瞬見せたその表情が嘘だったかのように残念そうな表情を浮かべる。


 リーナも表情にこそ出さなかったけれど、あまりの変わりようにびっくりしてしまう。


「ということは、成婚の儀もすでに執り行ってしまったのでしょうか……。お二人のことをお祝いしたかったのですけれど」

「いえ、儀式の方はまだ──」

「それならよかったです」


 ノマはフィリウスが切り出した言葉に、ほっとした表情を浮かべる。

 「友好国の王族として、お二人の結婚を祝福しないわけにはいきませんもの」と続ける彼女に、先ほどちらりと見た表情が嘘だったかのように錯覚してしまう。


 そんな安心しきった様子のノマを(かたわ)らに、再び話を切り出すヴォクス。


「フィリウス殿、式はいつ頃の予定で?」

「順調にいけば今度の春頃を予定しております」


 淡々とした口調でそう告げるフィリウスに、そういえばいつぐらいに式を挙げる予定だったか今まで聞いていなかったことを思い出してしまう。


 今まで、リーナはてっきり成婚の儀を行っていないのはフィリウスとの関係が「白い結婚」だからだと思っていた。

 けれど今の話を聞く限りは、そうではなかったみたいだった。「白い結婚」をやめたいと思っているはずなのに式を挙げてくれるなんて──。


「ナ? リーナ?」

「は、はいっ!」


 いつの間にかフィリウスに名を呼ばれていたことに気づき、つい背筋が伸びてしまう。

 気のせいかヴォクスの表情も、少し柔らかなものになっている気がする。


「大層お可愛らしい方だ」

「ヴォクス殿下、貴殿にリーナを渡すつもりはございませんので」

「心得ておりますとも。それにしても呼び捨て、ですか。婚約してまだ日は浅いとお聞きしていたのですが──」

「私は妻を愛しておりますから」


 フィリウスからの思いもよらない言葉に、リーナは目をしばたたいてしまった。

 そんなふうにリーナがびっくりしていると、急に耳たぶに柔らかい何かが触れる。


 はっとして隣を見れば、それがフィリウスの唇だと気がつくのに時間はかからなかった。

 それと同時に、顔の温度がぐんぐんと上がっていくのを感じる。


「フィリウスさまっ……あの、その」

「おっしゃる通りですわ。リーナ様、踊り疲れましたし少々休憩に行きませんこと?」


 突然、友好的な笑みとともにリーナの手を両手で挟み込むノマ。

 リーナ個人としては、別にフィリウスから離れたいというわけではない。……ちょっと恥ずかしいだけで。


 けれど、年末のパーティーは早めに退場してしまったからか皆興味津々のようで、周りからの視線が集まり過ぎている。

 もし今の状況でリーナが彼女の誘いを断れば、貴族たちはどう思うだろうか。ユスティナに聞いた話ではシャタールはレーゲと最大の友好国だったはずなのだ。


 さすがにフィリウスとて、どれほど彼がリーナと一緒にいることを望んだとしても、そんな国どうしの関係にヒビを入れるような女性を側に置いておくことは認められないだろう。


 でも、もしかしたらフィリウスなら一緒にいてくれるだろうか──などというずるい気持ちで、尋ねてしまう。

 眼鏡越しの紫水晶の瞳は、リーナがこれから口にしようとしている言葉を探っているのか、不安げに揺れているように見える。


「フィリウスさま、行ってきてもいいですか?」

「ああ。君が望むならそうするといい」


 やっぱり人生はそこまで都合よくできていないらしい。

 そもそも、リーナはあのひどい環境から抜け出せたのだから、これ以上高望みするなんていけない事なのだ。


 心の中ではそう分かっていても、つい悪気なく思ってしまう。そんな自分に少しがっかりしながらも、リーナはノマの顔をまっすぐ見つめてこくりと頷いた。


「行きましょう、ノマさま。それではフィリウスさま、また後ほど」


 そう言えば、「ああ」と短く返事をしながらも眼鏡を軽く指で持ち上げるフィリウス。


 ノマと一緒にそれぞれホールの隅の方で飲み物をお願いすると、そのままホールの隅まで向かい、二人でカーテンに背を向ける。

 とはいえ王太子妃──と今や実質王族も同然なリーナが隣どうしで並んでいるからか、ホールの中央ではないはずなのに、ものすごく視線を浴びている気がしてしまう。


 ノマがワインに口をつけたのを見て、リーナもグラスを傾ける。

 リーナが選んだのは、フィリウスがおすすめしてくれたシードルだ。


 しゅわしゅわとした炭酸は口の中でとけていく不思議な感触をしていて、飲み口もさっぱりと柔らかくて飲みやすい。

 フライドポテトのお供にもぴったりの飲み物を教えてくれたフィリウスには感謝しかない。


 ひっそりと感動するリーナに、ノマは不思議そうな表情を浮かべていた。


「シードルがそんなに珍しいですか?」

「え、ええ。このような飲み物を飲むのははじめてで。口の中で泡が消えているみたいなんです」


 リーナが正直な感想を言えば、ノマはともすれば同性のリーナですら飲み込まれてしまいそうなほど妖艶(ようえん)な笑みを浮かべる。


「そう。いたいけな幼子のように振る舞って、第二王子殿下に取り入って。成婚の儀もまだだそうですのに、距離が少々近すぎるのではと思っておりましたが、そういうことでしたの」


 その表情からは悪意がちっとも見えない。

 むしろ、綺麗な笑顔だからこそ逆に背中が震えるような感じを覚えるような、そんな顔だ。


「一見、フィリウス殿下は貴女のことを愛していらっしゃるようでしたけれど……。それもどこまで本当なのかしらね?」

「どういう、ことですか?」

「分からないとおっしゃるのなら教えて差し上げますわ。──貴女が王子妃にふさわしい器の持ち主だとは、到底思えませんもの」


 そう言って残りのワインを(あお)るノマ。

 彼女は空になったグラスを王城の使用人に渡すと、次の一杯を受け取っていた。新たに受け取った白ワインも少し口に含んだノマは、綺麗な笑顔でリーナとまっすぐ向き合った。


「それでは少しゲームをしましょう? ──ワインや茶葉はそれぞれに合う食べ物がありますけれど。──シードルに合う食べ物は何があると思います?」


 そう尋ねられた次の瞬間には、リーナの口は自然と動いていた。

 何と言ってもその答えは、リーナの中ではすでに決まっていたものなのだから。


「もちろんフライドポテトですよねっ!」


 言い切った。つもりだった。

 びっくりして固まってしまったノマに、すぐにリーナは失敗を悟った。


(そういえばフライドポテトって、シャタールの庶民の味ではなかったかしら!? もしかしてわたし、フィリウスさまに見捨てられ──!?)


 そのとき。

 コツコツと高い音がホール内を支配する。女性が履っくようなヒールではなく、男性の靴音だ。


 そちらを向けば、リーナが視界にとらえたのは銀色の髪に紫水晶の瞳。

 壁際までまっすぐと向かってきていたのは、フィリウスだった。



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