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85.お昼寝から目が覚めて

 目が覚めると、窓の外はすっかり赤く染まっていた。

 部屋の中はシャンデリアも灯っていないからか、少し薄暗い。


 その事実に驚いたリーナが、がばっと上体を起こすと、フィリウスに膝枕されながら眠っていたことを思い出す。


「わたしは何てことを……! せっかくジュリアが」


 ──リーナのために新年早々「クラウス」という人を呼んでくれるという話になったのに。


 そう言いかけたちょうどそのとき。後ろから小さなうめき声のようなものが聞こえたかと思えば、そこには背中をソファに預けて舟を漕いでいるフィリウスの姿があった。


 普段は見せない無防備な表情がかわいい。

 そんなことを一瞬思ったけれどリーナが起こしてしまったようで、眠そうに欠伸(あくび)をすると、眼鏡を外して反対の手で目をこすっていた。


「おはようございます、フィリウスさま」

「……フィリウスだ。どうしても嫌だと言うならそのままでも構わないが」

「いえ、そんなことは──」


 本当に「ない」と言うべきなのだろうか?

 そんなことを考えていると知られたら、それこそ「他人に遠慮しすぎる」というフィリウスの言葉通りで。


 もう、リーナにはどうするのが「せいかい」なのかまったく分からなくなってしまっていた。


「ヒルミス嬢も心配している事だろう」

「失礼いたします」


 コンコンコンとノックされて扉が開かれると、ジャガイ特有の素敵な香りがふわりと室内に充満する。


 部屋に入ってきたジュリアが押しているワゴンには、クロケットがたっぷり入った皿を何枚も鎮座していた。

 次から次へとテーブルに載せられていく光景は圧巻で、これから好きなだけクロケットを食べられると思うと、お昼寝で昼食を抜いていてちょうどよかったかもしれない。


「そういえば大叔父様は今日も薬学室に来ていましたが、もう帰っていきましたよ」

「……おおおじさま?」

「そういうわけだ。クラウス殿はヒルミス嬢と血縁関係にあるのだから、仕事終わりに彼女と過ごすこともできると考えれば、呼んでも全く問題がなかった」

「それなら最初からそう言ってくださればよかったのに……」


 口をとがらせつつも、リーナの視線はとっくにクロケットへと注がれていた。

 ジュリアが部屋の隅から木製の脚立(きゃたつ)を持ってきて、手際よくシャンデリアに明かりをともしていく。


「それでは私はまた後ほど伺いますので、お二人はお好きなだけお召し上がりください」

「ありがとう、ジュリア。でも食べきれるかしら?」

「残りはヒルミス嬢をはじめ、使用人たちに下賜(かし)されるのだから、君は気にせず食べられるだけ食べるといい」

「わかりました! 料理人にも感謝の言葉を伝えたいぐらいだわ」

「ではそのように伝えさせていただきます」




 ジュリアが一礼をして退出していくと、やっぱり室内は二人きりになるわけで。


「これは、その……」

「この味は好みではないのか?」

「いえ! ジャガイモ料理がおいしくないわけがないじゃないですか! わたしが言いたいのは、その。恥ずかしいと言いますか……」

「この部屋にいるのは君と私だけだ。何を恥ずかしがる必要がある?」


 リーナは、なぜか分からないけれどフィリウスの膝の上に座らされていた。

 しかも、ナイフで一口大にしたクロケットをリーナの口まで運ぶフォークを持っているのは、フィリウスの左手だ。


 今までも何度かフィリウスに食べさせられたことはあるけれど、膝の上に座らされて食べさせられるというのは、経験にない。

 それに先ほどまで膝枕をしていた膝をこれ以上酷使するのはやめてほしい。リーナのせいでフィリウスが歩けなくなったらと思うととても怖い。


「フィリウスさま、わたしも自分で食べられますから」

「様はいらないと言ったはずだが、そんなに様付けにしたいのか?」

「えっ、その。フィリウスさ──っ」


 「フィリウスさま」と繰り返してしまいそうになったちょうどそのとき。

 目の前のフォークが急に、リーナのもとにおいしいクロケットを運んできたので、思わず口を開けてしまった。


 そうしてごくりと呑み込んでから、気づく。

 フィリウスの膝の上で、フィリウスの手に食べさせられて。その事実に身体じゅうがどんどん熱を帯びていく。


 ごくりと飲み込むと、リーナは腰から上ですぐ後ろにいるフィリウスの方を振り返り、抗議の視線を向ける。

 思ったよりも距離が近かったことは気にしないようにした。


「フィ、フィリウスさま。ではなくてフィリウス。これは熱ではないですからねっ」

「──っ。そうか。では本当に大丈夫か、明日は医師に診てもらおうか」

「えっと」


 この熱はすぐに引いていくから大丈夫。

 フィリウスにはそう説明したかったのに、彼の紫水晶の瞳を見たらますます熱くなってしまった。

 顔もきっと、真っ赤になってしまっていると思う。こんな状態では説得力なんて皆無だ。


「……体調不良は症状が小さいうちに解決しておかないと、後で取り返しのつかないことになる。他者の立場に立って、その相手に迷惑をかけないようにと考えて行動できるのは君の美徳だ。だが、それで君が大きな不利益を被ったらかえって彼らを心配させてしまう」


 フィリウスはちょっと優しすぎるのではないだろうか。

 最近のリーナはフィリウスの手のひらの上で転がされてばかりだ。


「そう、ですね。わかりました」

「いい子だ」


 まるで子供をあやすかのように頭を撫でられる。その大きな手に安心してしまって、自然に涙がこぼれていった。


「……すまない。君が折角ヒルミス嬢に整えてもらった髪型を崩してしまっただろうか」

「そうではないのです。安心してしまったといいますか……」

「なるほど、こういうことか」


 それからのフィリウスはリーナの頭を優しくなで続けてくれた。やっぱりフィリウスは優しい。

 彼の膝の上に座っていることを思い出して「もう大丈夫です」と伝えるまでそのまま一定の規則的なリズムでなで続けてくれたのだ。むしろ優しいという言葉では足りない。


 そういうわけでその日の夜。

 リーナはそんな夕食での一幕を思い出しながら、幸せな気持ちのままベッドに顔をうずめたのだった。



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