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81.予想していなかった再会

「喉が乾いたな。そろそろ休もうか」


 フィリウスの提案に、こくりと頷く。

 ダンスを終えた後、リーナはフィリウスと共に会場の端の方にある、食べ物が集まった一角に休憩しにやってきた。


「疲れただろう。今夜はジャガイモも多めに準備してもらってあるから気にせず食べるといい」

「本当ですか!?」


 周囲を見渡せば色々な食べ物が揃っていたけれど、どこのテーブルを見ても中心の大皿には、山のようにクロケットが積みあがっていた。


「こんなにたくさん……! ありがとうございますっ」


 いくつかのテーブルのうちひとつに至っては、大皿がまるまるクロケットで占められていた。ちょっと眼福がすぎる。


「最近、城の料理人たちも刺激を受けたらしく、様々な料理を考案しているようだ。例えばあれはジャガイモに加え、牛肉も入っているらしい。このあたりは──」


 フィリウスの素敵な声で素敵なクロケットの中身について聞いていたちょうどそのとき。

 彼のいる右側からぼすん、と誰かがぶつかったような気がした。


 ……というかフィリウスに誰かがぶつかった勢いで、フィリウスがリーナにぶつかってしまったというか。


 思わずリーナがそちらをのぞき込めば、そこではリーナが決して他の誰とも見間違えるはずのない少女が泣いていた。


「わぁぁぁ~!」

「マリア!? どうしてここに?」


 そこにいたのは、淡いピンク色をしたふわふわのドレスに身を包んだマリアだった。


 ユスティナいわく社交界では、感情をむやみやたらに見せるのはよくないのだという。

 つまり今マリアがしていることは、彼女自身の首をしめているも同然というわけで。


 今日も背中まであるプラチナブロンドの髪の毛を編み込んでいる。

 リーナの髪を整えるのすらジュリアたち数人がかりで何時間もかかっていたことを思うと、使用人の苦労が思いやられる。


 そんな風に心の中で遠い目になっていると、少し立ち直ったらしいマリアは、フィリウスの姿を視界に収めた途端に元気を取り戻した。


「あなたは!」

「行くぞ、リーナ」

「フィリウスさま?」

「君が彼女に関わる必要はない」

「えっ、その声……。やっぱりおねえさまもいるのね! ひさしぶり!」


 フィリウスが分かりやすいぐらいに顔をしかめているのに、マリアはどこ吹く風だ。

 それどころか、リーナとの再会を喜んでいるようにも見える。


 彼女はフィリウスの横を通りぬけると、リーナの手を取った。


「あのね! おとうさまもおかあさまも、おねえさまがいなくなって寂しいって言ってるの。それから、フィリウスさまのお嫁さんにかわりになってあげてって言われてるの」

「まだそんな話をしていたのか。それにお前に『フィリウスさま』と呼んでよいと許可を出した覚えはない」


 フィリウスが不機嫌な声を挟んだことで、マリアは大きく目を見開いた。

 ようやくフィリウスが彼女自身のことをよく思っていないということを理解したらしかったのだけれど。


「おねえさまばっかりずるい! おねえさまがやっていいことはわたしがやってもいいのよ!」


 また泣き出してしまった。


 リーナがマリアやアグリア邸から離れて一か月半ぐらい。

 もうかなり昔の事のような気がするけれど、「リーナがやっていることはマリアもやっていい」というのはセディカがたびたびマリアに言っていた言葉だった。


 もちろん、マリアは畑仕事とか小屋暮らしは一度もしていない。

 でもリーナが持っているものは大体そんな理由でマリアに取られたような覚えがある。


 未練はあまりないし、フィリウスがあまりにたくさんくれるので記憶は(かす)んでしまっているけれど、たしかそうだったと思う。


 唯一あるとすれば、母の形見のサファイアのネックレスぐらいだろうか。ちなみにマリアのものにされてしまったけれど、彼女がつけているところは一度も見たことがない。


 もしかしたら知らないところでつけている可能性もあるけれど、マリア好みのドレスとは決して合わないタイプのデザインだったのでつけてもちぐはぐになると思う。


 そんなふうにマリアに気をとられていたから、リーナは気づくことができなかった。


「まあ──」

「危ない──!」


 フィリウスが急にリーナのマリアに繋がれていない方の手を取ってぐるりと半回転ぐらいすると、自然とマリアと繋いでいた手が離れた。

 そのとき。フィリウスが羽織っている上着から、ぽたりと雫がしたたり落ちているのが目に入った。


 リーナのせいで汚れた服に、ざっと血の気が引く。


「フィリウスさま!? お洋服が──!」

「大丈夫だ。君が心配する必要はない」

「ですが、そのままでは風邪を引いてしまいますっ」


 ぽんぽんとリーナを安心させるように優しく背中を叩いてくれているけれど、フィリウスは自分のことを(かえり)みてくれないのだ。

 リーナにワインがかかりそうになったから咄嗟(とっさ)にかばってくれたのだろう。そんな彼には感謝こそすれど、責めるつもりはないのだ。


「……この責任、一体誰が取るのだろうな? アグリア辺境伯夫人」

「お言葉ですが、事故ですわ」


 聞きたくなかった声にぶるりと背筋が震えそうになる。

 そこに立っていたのはマリアの母、セディカだった。


「第二王子殿下がかばう必要はございませんでしたわ。だって、幼い頃のリーナはしばしばワインを好んで浴びてしまっていましたけれど、風邪を引いても死ぬことはなかったのですから」

「それは当然だ。死んでいたら、今頃ここにリーナはいない。……よくぞあの寒い北の地で凍死しなかったものだ」


 いつの間にか、皆の視線は興味津々といった様子でリーナたちの方へと集まっていた。

 膠着(こうちゃく)する状況に、人垣が割れていく。

 そこから出てきた男性は、よりにもよってまたリーナが苦手としている人物だった。


「殿下、妻の失態(つつし)んで謝罪申し上げます」

「アグリア辺境伯、謝罪など不要だ。再発防止策を講じられないというなら、妻に危害が及ばないよう二度と彼女には近づくな。さもなくば──」


 そこでフィリウスは口を閉じる。

 言葉の矛先が向けられていた男は、ひたすら口をつぐんでいた。


 イグノール・アグリア。

 妻のセディカと違ってリーナに直接の危害を加えてきたことはなかったと思うけれど、彼もまたどれだけリーナがひどい目に()っていても知らぬ存ぜぬの態度を貫くばかりの人だった。


 それこそ、マリアに部屋をあげるためにリーナが畑の小屋に引っ越すように考えたセディカの案を了承したのも彼なのだ。

 そんな彼は「お言葉ですが」と口を開いたかと思えば、こう続けた。


僭越(せんえつ)ながら、お着替えはなさった方がよろしいかと。今はこうして家族がおりますし、少しの間であれば私どもの方で彼女に悪い虫が寄り付かないか見張っておくことも可能でしょう」

「リーナを連れ帰るつもりだろう」


 フィリウスの指摘に反応したのはセディカだった。


「むしろおかしいのは殿下の方ですわ! まだ婚姻の儀も挙げていないというのに、まるで結婚したかのように閉じ込めて! わたくしたちのリーナを返して頂戴!」

「返すも何も、私とリーナは書類にサインした。リーナに明確に虐めという言葉では済まされないほどのことをした貴女に彼女との暮らしを望む権利などない」

「おやおやフィル。お困りのようだね」

「馬鹿兄上──。どうしてこちらに」


 そのとき。再び人の波が割れていく。

 今度は先ほどよりも速く、はっきりと。


 そちらに視線を向ければリーナたちのもとに来たのは王太子のレックスと、妻のアリスだった。

 フィリウスは前半の言葉をおそらくぼそりとつぶやいたつもりだったのだろうけれど、リーナにははっきりと聞こえてしまっていた。


 そんな声を、どうやらフィリウスのことが好きすぎるらしいレックスが聞きのがすはずがなかったようで。


「かわいい弟が困っていたんだ。助けに来ないわけがないだろう?」


 耳打ちするレックスに、舌打ちを返すフィリウス。

 またしてもリーナに届いてしまった声。フィリウスは一度目を大きく見開いたかと思えば、彼はレックスに対して顔を思いっきりしかめていた。


「それで。どうするの、フィル?」


 ウィンクを決めるレックスに、フィリウスは盛大にため息をついたかと思えば。

 彼は指先で眼鏡を軽く持ち上げる。


「馬鹿兄上、義姉上。それでは少しの間リーナを頼みます」



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