74.襲撃
いつもお読みいただきありがとうございます。
戦闘描写がありますので、苦手な方はご注意ください(読み飛ばしていただいてもそこまで影響はありません)。
リーナが我楽多をどかしているキルクたちの様子に視線を向ければ、後ろの方から聞こえてきたのは金属音。
もう一度今歩いてきた方を振り返ると、そこには剣を構えたフィリウスと、大剣を床に突き刺す大男が相まみえていた。
目の前でジャガイモカフェの床が傷つけられたのに、怒らなかった自分を褒めてあげたい。
その犯人こと大男はかなりいら立っているようで、大きな舌打ちが聞こえてくる。
「あーア。せっかく大金を貰えるチャンスだったと言うのになァ。どうして邪魔が入るんだか」
「どこから入った。……なんて聞くまでもなかったな」
以前どこか聞いたことがあるような声だなぁ──とリーナが思い出そうとしている間にも、今度は下の階から激しい金属音が鳴り止むことなく響いてくる。
たぶん、レックスも戦っているのだろう。
「あっちもなかなか派手にやってるなァ。さすがは噂の王太子殿下サマってモンよ!」
「何が目的だ」
「この状況でそれを聞くかァ? 世の中金よ金──ン?」
男は凶器を振るう腕を一度下ろし、リーナと顔を合わせたかと思えば、下卑た笑い声を上げる。
「アっ嬢ちゃんはあの時の!」
「もしかして、このお店のことを教えてくれたおじさん?」
思い出した。彼はフィリウスと一緒に二回目のお忍びに来た時に、このお店が閉まっている理由を教えてくれた男の人だ。
それに、一度目はこのカフェでフィリウスの銀色の髪を見ていたはずだ。
「おじさんとは何だおじさんとはァ! だが嬢ちゃんは知ってはいけないコトを知ってしまったみたいだなァ……? まァ、どのみち? 王子サマのお仲間に助かる道なんてないんだけどなァ!」
再び耳をつんざくような金属音が耳に届く。
今度はリーナのすぐそばだ。視界が何かに塞がれたと思えば、目の前にはフィリウスの背中があった。
絶体絶命の危機とはいえ、昨日は彼とのことで悩んでいたというのに。
フィリウスが一緒にいてくれるだけで大丈夫だと思えてしまうのだから、自分でもどうかしていると思う。
「下がっていろ」
「でも」
「そんなに嬢ちゃんのことが好きなら、二人まとめてあの世に送ってやんよォ!」
大きく武器を振りかぶる男。
一瞬、フィリウスの口元が弧を描いたかと思えば、彼は一気に後ずさった。
「怖気づいたかァ? 所詮甘ちゃんは甘ちゃんってコトで──おっと危ない!」
フィリウスが目にも見えないほどの速さで駆け出すと、大男は腰から上だけを大きく反らす。
フィリウスは一度引いた剣をもう一度、大男の目と鼻の先まで突き出した。けれど、大男が先ほどよりもより一層背中を曲げたせいで、追撃は躱されてしまう。
それでも、フィリウスは刃先が当たっていないはずなのに──なぜか彼の口角は薄暗がりの中でもはっきりとわかるくらいに上がった。
大男が再び体勢を立て直そうと左足を一歩引いたちょうどそのとき。突然彼がバランスを崩し背中から崩れ落ちたかと思うと、蛙が潰れたような声が廊下に響いた。
彼は剣を鞘に仕舞いながら騎士たちに指示を出す。
「今だ! 確保しろ!」
「はっ!」
「三人でいい。残りは私と共に馬鹿兄上の援護だ!」
「はい!」
何かがコロコロと壁にぶつかってリーナの近くまでやって来る。
しゃがんで手に取ってみれば、それは先ほどリーナが落としてしまったのであろうジャガイモだった。
再び立ち上がると、何人かの騎士たちがいなくなっていた。きっとリーナがジャガイモを拾っている間にも一階へと向かったのだろう。
下の階からは剣と剣がぶつかる激しい金属音が絶え間なく聞こえてくる。
フィリウスもそのまま行ってしまうのかと思いきや、彼はリーナの方を振り返った。
「リーナ、君はここに残れ。私は馬鹿兄の所に行って手早く終わらせてくる」
「あっ……」
「妃殿下。ここはフィリウス殿下を信じましょう……」
「実は、ヒルミス様のおっしゃる通りです。殿下はああ見えてものすごく強いので」
後ろから聞こえてくる声に、ジュリアたちがいたことを思い出す。
振り返れば、そこには少々体調を崩してしまったらしいジュリアと、こんな状況でもなぜか目を輝かせているキルクがいた。
「ジュリア、大丈夫?」
「っ、城に戻ったら少々休ませていただいてもよろしいでしょうか」
「ええ。わかったわ」
ジュリアのお願いに頷いたちょうどそのとき、一階の方から一度だけそれまでに聞こえたものよりもずっと強い、耳をつんざくような音が聞こえてきた。
けれどそれを最後に、打ち合いの金属音は聞こえなくなった。
「終わった、のかしら」
静まり返った建物の中。
外の音も聞こえず、世界は凪いでしまったようだ。それと同時に、緊張感が解けていく。
「リーナ様? リーナさ──!」
ついには視覚からも他の感覚からも何も感じられなくなり。
次にリーナが目を覚ましたのは、夕暮れに染まる自室のベッドの中だった。




