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71.お忍び計画(2)

 ジュリアに手伝ってもらって着替えを終え、発車した馬車の中の座り心地は、リーナが想像していた以上のものだった。

 具体的に言えば、想像していた以上に悪かった。


「もの、すごく揺れますね。リーナ様は大丈夫ですか?」

「わたしの方こそごめんなさい。こんな馬車に乗せてしまって」


 王都に仕事に行ったというフィリウスの様子をこっそりと見るために、ジュリアと共に乗った馬車。

 オクシリオ・ヴィカリー公爵が準備してくれたそれは、乗っているだけなのにお尻が痛くなってしまう代物(しろもの)だった。


 けれど、これもきっとお忍びには必要なものなのだろう。

 豪華な馬車に乗ってしまえば、注目が集まりかねない。それこそ、王城内で生成りのワンピースを着るようなものだ。


 いつもフィリウスが乗っている馬車はきっとものすごい高級品なのだろうな……と考えていると、今にも壊れそうなぐらいの悲鳴を上げながら、馬車が停まる。


「どうやら到着したようです。と言っても殿下方がいるというだけで住人の皆様は集まっているでしょうから、少し歩いていただくことになると思いますが……」

「大丈夫よ」


 馬車を降りると、そこには見慣れた王都の光景が広がっていた。

 フィリウスはどこにいるのだろう──と思って周囲を見回せば、少し離れたところに明らかにそこだけ人だかりができているのが目に入る。


 早足で近づいてみれば、そこには案の定フィリウスとレックス──フィリウスいわく「馬鹿兄」──がいた。

 彼らの周囲には何名もの護衛騎士がついていて、人が近づかないように見張っているようだ。


 いつものお忍びの服装ではなく、執務室で着ているようなラフなシャツでもない。

 胸元にいくつも勲章(くんしょう)をつけた黒地の上着を羽織っていて、そのまま舞踏会にも出られてしまいそうな服装だ。


 腰に帯剣していて、いつもと違う彼の一面を見られた気がして得したような気分になる。

 髪色も相まって神々しくて「人間離れした美しさ」とはフィリウスのためにある言葉なのだろうなと実感した。


 人だかりの近くまで行ってみると、周囲から割れんばかりの黄色い声が次々と聞こえてくる。


「キャー! レックス様よ────!」

「フィリウス様もいらっしゃるとは! ご兄弟一緒とは珍しい」

「レックス王子と言えば、最近お姿をお見掛けしておりませんでしたな。いやはやいつぶりでしょうな」


 リーナは今日の今日までフィリウスの兄の名前を知らなかったけれど、目の前の光景からしてからしてこの国の住民なら誰もが知っている常識なのだろう。

 アルトがそんな大切なことを教えてくれないはずはないので、リーナが聞こうとしなかったのかもしれない。


「そういえばジュリア。今日フィリウスさまがここに来た理由って、聞いてる?」

「いえ。わたしは何も」


 首を振るジュリア。

 ごめんねと返して、引き続きフィリウスたちの方を見ていると。


「あっ、ジュリア! あそこがジャガイモカフェなの」

「先日は大変残念そうにしていらっしゃいましたが、こういうことでしたか」


 ジャガイモカフェの扉は、以前フィリウスと一緒に王都を訪れた時から変わらず、大きなバツ印が書かれたままだ。


「そうなの! あのカフェのクロケットは本当においしくて──」


 リーナが興奮気味にジャガイモカフェのことをジュリアに話していると、フィリウスと共にいたレックスは護衛たちを何人か引き連れて、店の中へと入っていった。


「レックス殿下、行ってしまいましたね」

「でもフィリウスさまは外にいるし……。もう少し近くまで行ってみてもいい?」

「こっそり城を抜け出したことがばれてしまったら、お城に送り返されるかもしれませんし、フィリウス殿下はお怒りになると思いますが……。それでもよろしいのですか?」


 ジュリアの言う通りだった。けれど今を逃してしまえば、彼の神々しい姿を次に見ることができるのはいつなのかわからないわけで。

 どう言い訳をしようかと考えていると目の前の人波が割れていく。


「なぜここにいる?」

「えっどうして」


 目の前にはフィリウスがいた。

 ここまでスピーディーにばれたお忍びなんて、今までにあっただろうか。


「ヒルミス嬢。見たからには内密にしてもらう。隣の君もだ。私たちについて来てもらおうか」


 「君」と言われて一瞬困惑してしまう。

 けれど、すぐにこれはリーナがフィリウスの妻だとばれないように──安全面を考慮してくれた上での発言なのだと思えば()に落ちた。


 たしかに、王子妃が町娘のような格好で出歩いていると国民に知られてしまってはまずい気がする。

 それに、優しい彼のことだから「白い結婚」が終わってからもリーナが動きやすいように名前を呼ばなかったのだろう。


 フィリウスの視線は完全にジュリアの方だけを見ているし、何なら服装のせいでジュリアの服の方がよりお金持ちの家の娘という感じがしているし──。

 あとリーナの髪の色が二人の銀色や金色に比べて地味なので、ここにいる人たちの大多数の注目はフィリウスと、ついでジュリアに向いていた。


「殿下、かしこまりました。ほら、貴女も」

「は、はいっ!」


 町の皆に怪しまれないためなのか、フィリウスが手を繋いでくれない。

 それがちょっと寂しくなってしまっていることに気づき、思わず(うつむ)いてしまう。そうしていると、前を歩いていたフィリウスから声がかかる。


「申し訳ないが、一緒に来てもらうぞ」

「はい……」


 別の意味に捉えられてしまったのかもしれないけれど、自分の思いがばれなくてほっと胸をなでおろす。

 やがてバツ印の扉の前まで到着すると、リーナはフィリウスとジュリア、そして騎士たちと共に、暗いカフェの中へと足を踏み入れた。



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