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70.お忍び計画(1)

「到着しましたよ」


 ジュリアに言われるがまま、庭から城内に戻って歩くことしばらく。

 不思議そうな視線を向けられるのにも慣れてきた頃、リーナたちがたどり着いたのは。


「国王陛下直属の補佐室です。より正確に言えば、同時に王太子殿下の補佐室でもあるのですが」

「ジュリア、ここって──」


 ヴィカリー公爵もいる部屋なのでは、と尋ねようとしたちょうどその時、部屋の内側から扉が開かれる。


「! アルト!?」

「──! おはようございます、リーナ妃殿下。本日は懐かしいお召し物を召しておいでですね」


 病気をして昨日の今日だというのに、どうしてこんなにも(さわ)やかな笑顔を浮かべられるのだろうか。

 もしかしたら、冬でも小屋で暮らしていたリーナよりもアルトの方が、ずっと危険な目に遭っていて身体が慣れていた──とか?


 そんなよそ事を考えているうちに、部屋の奥の方からカツカツとまた一つ足音が近づいてくる。

 そちらに視線を向けると、いつもはフィリウスの執務室にいるはずの彼がここにいたことに、思わずびっくりしてしまった。


「アルト。どうしまし──妃殿下でしたか」

「おはよう、カール。今日はこちらにいたのね」

「本日は殿下が城外で仕事ですからね。……それにしても、妃殿下もヒルミス様もそのようなものをお召しとは。殿下の留守にかこつけて、何か良からぬことを考えておいでのようで」

「よ、良からぬことと言われたらそれはそうかもしれません……」


 言わなくてもいいことを、うっかり半分くらい言ってしまった気がする。今日は心なしか失言が多い気がするし、やっぱり体調がまだ回復していないのかもしれない。

 それでも、ここでくじけたらおしまいだ。


「ひとまず中でお聞きしましょう。妃殿下がそのようなお召し物を召していることが他の皆様に周知されてしまうと、大ごとになりますので。ですね、アルト?」

「カールの言う通りでございます。一旦、中へ」


 もう十分周知されてしまっている気がするけれど、黙っておくのが正解な気がした。

 ジュリアの方を見れば、頷いたのでこれは中に入るようにということなのだろう。


 二人が室内へと一歩踏み出したちょうどその時、遠くの方から誰かの足音と話し声が聞こえた気がする。

 きっとまた文官か使用人の誰かなのだろうと結論づけたリーナは、どうカールたちを説得しようかというところに頭を回す方向を切り替えたのだった。




 リーナはジュリアと共に部屋の隅に用意されたローテーブル周りのソファに腰を下ろすように勧められると、奥の方から背の高い男性がやって来る。


「おや、妃殿下にヒルミス嬢がいらっしゃるとは珍しいこともあるものですな」

「お久しぶりです。閣下」


 歩いてきた男性はオクシリオ・ヴィカリー公爵だった。この部屋で一番の重鎮(じゅうちん)で、ユスティナの夫で──リーナの母方の叔父、らしい。

 座ったままでは失礼かと思い、リーナが立ち上がろうとすれば、オクシリオに制止された。


「今日は第二王子殿下も妻も城にいないはずだが、なぜこちらに? アルト、まさか思い出話に花を咲かせるためにここに呼んだというわけでもないのだろう?」

「妃殿下のこのお召し物を見られては、大変なことになるかと思いまして」

「なるほどな。それは一理ある」


 彼らの話に、今後はこの服装のまま城内を歩き回るのは控えた方がいいかもしれない、と頭の中のメモにそっと書きこむ。


 目の前の光景に意識を戻すと、突然オクシリオが目線の高さを合わせようとリーナと同じ高さまでかがんだ。

 心なしか、「目を合わせるように」といったような圧を軽く感じる。


 というわけで顔を合わせて見れば、リーナの母と血の繋がりがあるとは聞いていたけれど、たしかに髪の色はリーナとまったく同じ色をしていた。


 あと髪の色こそ違うけれど、髪質はアルトのものと似ていて、まるで本当にリーナと兄妹のような──と考えかけたところで、この部屋にやって来た目的を思い出す。


「だが、それは妃殿下を招き入れた理由であって、妃殿下がここにいらした理由ではないだろう。ご本人の口からお聞きするのが一番であると私は考えるが」


 そうアルトとカールに話しかけた公爵は再び立ち上がると、そのままリーナたちの向かい側のソファに腰を下ろす。

 彼の準備ができたようなので、リーナも口を開いた。


「今日はカールにお願いがありまして──」

成程(なるほど)。それならば、ものによっては私に言った方が通りやすいかもしれませんな」


 それもそうだ。カールはあくまでフィリウスの執務を補佐しているだけで、爵位は持っていない。

 対するヴィカリー公爵は「公爵」というだけはあり、彼の発言力は城内でもかなりのものだ。


「お召し物からして、かなりの訳ありと見えるのですが、いかがなさるおつもりで?」

「その……フィリウス殿下が外でお仕事をなさっている様子が見たくて」

「そういうことでしたか。でしたら、ご案内できますがその服装では──」

「いえ、直接会いに行くというよりも、こっそり見に行きたいのです」


 おそるおそる、自分の願いを口にしてみれば、オクシリオは一瞬疑問符が浮かんでいそうな顔を浮かべた。

 けれど彼はすぐに顔を引き締めると、カールたちの方を見上げた。


「カール、お忍び用の幌馬車(ほろばしゃ)を速やかに用意するように。何かあったら第二王子殿下には私が説明する」

「かしこまりました」

「妃殿下も、そのような服では目立ちますので、以前第二王子殿下が送ってくださったというお召し物にお着替えいただいた方がよろしいかと」

「わ、わかりました」


 なぜフィリウスが貸衣装店で服を買ったのがばれているのだろう。でも、この際気にしない方がいい気がする。


 ジュリアを連れて一度部屋に戻るために、腰を上げようとしたそのとき。

 公爵から待ったをかけられる。


「殿下はカールと共にここから直接馬車に向かってください。ヒルミス嬢は馬車まで妃殿下のお召し物をお持ちしたら、そこで妃殿下のお召替えを手伝うように」

「かしこまりました。すぐお持ちします」

「妃殿下、私たちは一足先に馬車に向かいましょう」

「カール。お前なら問題にならないと思うが、くれぐれも──」

「妃殿下に何かあれば我が主がどうなるかは分かりきっておりますから。……それでは妃殿下、行きましょうか」


 淡々と事務的に告げるカール。

 いつか自分も彼のように、もっとフィリウスのことがわかるようになればいいなと思いつつ、リーナは彼と共に部屋を出た。



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