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67.集中できない

 結局フィリウスに抱えられたまま、他の部屋で待ってくれていたカールと合流したリーナは、そのまま執務室に戻ることになった。


 ちなみに、今日はレッスンがあるわけでもないので、ユスティナは帰ってしまったのだとか。


 というわけで、いつものようにフィリウスの執務室内でお昼を食べることになった。


「そこまで(つら)いのであれば、昼食を部屋に運ばせてもよいのだぞ」

「えっ、そんな顔していました?」


 「ああ」という返事と共に頷き返すフィリウス。


 今、リーナはフィリウスの執務室の中で彼と向かい合って食事を取っていた。

 普段はユスティナとのレッスンに使う机のため、使った後はいつもカールが綺麗に拭いてくれている。


 今日のメニューは白パンとベーコン入りのキッシュとブドウジュースで、調理場に行った時に見た通りジャガイモ料理は一切なかった。

 けれど、領地にいた頃からお腹を壊すジャガイモよりは断然白パンの方がいいと思っていたリーナとしては、何の問題もない。


「そうですね……無意識に早くジャガイモが欲しくなってしまったのかもしれませんね」

「わかった。準備しておこう」


 ブドウジュースを最後の一口まで飲み干せば、食器が片付けられていく。


 カールが拭いてくれた机の上に、今度はジュリアがリーナの目の前の机にレターセットを準備してくれた。

 けれど、何か悩みがありそうな表情をしていた。


「ヒルミス嬢。リーナは体調がよくない」

「その通りなんですよ! ですが、この通り妃殿下はお休みにならず手紙の練習を、と言いだすものですから」


 まさか自分が悩みの種になっていたなんて。

 やっぱり予想していた通り、ジュリアに心配をかけてしまっていたみたいだった。


「本当に大丈夫ですか? 温室を出てからはずっとフィリウス殿下に──」

「そ、その話は後でお願い。ね?」


 リーナのお願いに、準備を終えたジュリアが短く「かしこまりました」と答えると、誰かの足音が聞こえてきた。


 誰だろうと部屋の入口の方を見ていれば、足音の主はユスティナだったらしい。

 レッスンの予定はなかったはずなのにどうして戻ってきたのだろうと首を傾げていると。


「妃殿下、大変素晴らしいお(こころざし)です。ですが、無理は禁物(きんもつ)。見張らせていただくのと、ついでに少し見させていただきますわね」

「……ということですから妃殿下、くれぐれも公爵夫人の指示には従ってくださいね」


 そう言い残してジュリアはカールと共に退出していく。


「お茶会の会場も決まったようですし、招待状の書き方の練習をしましょうか。レッスンではありませんから、肩の力を抜いて書いてくださって大丈夫です」


 というわけで手紙を書き始めたリーナ。

 けれど、普段は怠っていた運動──と言っても城内を歩き回っただけだし、後半はフィリウスに運ばれていた──を半日続けたせいか、ラベンダーのせいか、集中できない。


 とにかく頭が回らない。時間が経つ速さもいつもとは違う気がする。

 いつの間にかカールも食事から戻ってきていて、何枚便箋(びんせん)を無駄にしたかわからなくなってきたあたりで、ペンを走らせることすらやめた右手の上から、誰かの手が覆いかぶさる。


「やはり今日の君は少々頑張りすぎている。戻ろう」

「フィリウスさま……?」


 フィリウスにされるがままペンが抜き取られていくと、続いて彼のもう片方の手が差し出される。

 そこに自身の手を重ねれば、自然と席を立ってしまう。


 リーナの使っていたペンをペン立てに戻したフィリウスは、ユスティナに厳しい視線を向けた。


「フィリウス殿下。まだ執務も終わっていらっしゃいませんよね。部屋まではわたくしがお連れいたしますから、もう少しお仕事を片付けてはいかがでしょう?」

「公爵夫人のおっしゃる通りです。妃殿下の顔が赤くなるのとは、どうやら殿下と顔を──」

「カール、体調が悪そうな彼女を部屋に送るだけだ。公爵夫人も。妻と手を繋いで何が悪いのか、私には理解しかねます」


 次の瞬間、ふわりと足元の床がなくなったように感じたかと思えば、世界が傾く。

 気がついた時には、リーナは今朝同然にフィリウスの腕の中にいた。たちまち、身体が熱くなっていく。


「手を繋ぐだけ──殿下はそう仰いましたが、これはどういうことでしょう? 少々お(たわむ)れがすぎるのではありませんか?」

「そもそもこの時間は練習です。彼女に無理をさせないと仰ったのは夫人だと記憶しておりますが? ……カール、叔母上を頼んだ」

「あーもう分かりましたよそんなに妃殿下のことがお好みなら一緒に部屋にお戻りになってください御意御意御意」


 ユスティナはそれ以上何も言わなかった。

 カールの返事を確認したフィリウスに、リーナは横抱きにされたまま、廊下を運ばれていく。今日何度目の光景だろうか。


 昼間の執務室周辺というだけはあり、時々向かいから文官が歩いてきては、リーナたちが通り過ぎる少し前で壁際に控えて深々と礼をする。


 けれど、その中には明らかに微笑ましいものを見るような視線も混じっていて、本当にいたたまれない。


「わたしは大丈夫ですから!」

「駄目だ。大丈夫でない者ほどそう言うと昔から相場(そうば)が決まっている」


 この光景を通り過ぎていく皆はどのように見ているのだろうか。

 一瞬そんなことを思ってしまったけれど、一度それを考えだすと止まらない気がするし、自分が恥ずかしくなるという結果に終わる気がしたのでやめておいた。


 それでも今朝と違って抱きかかえられながらも、フィリウスに正直な気持ちを伝えられるぐらいには慣れてきてしまったみたいだった。


 ふと、それまで感じていた空気の動きがなくなったかと思えば、いつの間にかフィリウスは立ち止まっていた。


「着いたぞ」

「! す、すみません!」

「なぜ謝る」

「その、なんとなく?」


 フィリウスの言葉に、自身の部屋の前に戻ってきていたことに気づいたリーナは、彼の腕の中からゆっくりと降りる。


 彼はリーナの答えに不思議そうな顔をしていたけれど、それは一瞬のことだった。

 目の前にいるリーナに入室の可否を聞くこともなく、自由になった両手で部屋の扉を開けると、そのまま中へと入っていく。


 リーナも続いて中に入ると、そこには今まさに窓を拭いている最中だったらしいジュリアの姿があった。


「フィリウス殿下!? っ、リーナ様!」

「ジュ、ジュリア……。ただいま」


 「少々お待ちください」とジュリアが一度お辞儀して雑巾(ぞうきん)をバケツにかけたのを見届けると、リーナたちも室内へと足を踏み入れた。



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