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62.お忍びの余韻

 二度目のお忍びの翌朝。


 リーナはいつものように、部屋にやって来たフィリウスと共に朝食を取っていた。

 彼が隣に座っているのもいつものことなのに、何だか落ち着かない。


「そういえば、どうしてフィル……フィリウスさまはわたしの隣に?」

「陛下と母上はよくこうしているぞ」


 うっかり昨日のように「フィル」と呼んでしまいそうになってしまった。ここは王城なのだから、うっかりも許してもらえなさそうな気がする。


 それはさておき、「白い結婚」でも義務的に本来夫婦がすべきことはしてくれているらしい。

 もちろん、あの日以来互いの寝室を行き来したことはないけれど。


「それから別にフィルと呼んでも問題ない」

「っ、問題あります! その、王都に行く時に……フィリウスさまはいいかもしれませんが、わたしは服を着替えるだけですし、お忍びだとばれてしまうかもしれませんし」

「……たしかに、君の言う通りだな」


 コクコクと首肯したリーナは、口を大きく開けて三角形のクロケット入りサンドにかぶりつく。


 フィリウスは口にはしないと思うけれど、彼に「はしたない」と思われようと気にしない。

 「今度」という言葉に期待してしまい、つい頬がついだらしなくなってしまう方が一大事なのだ。


 すぐそばにいるフィリウスには絶対に見せたくない。

 ならばせめてクロケットサンドで。ジャガイモのせいで頬が落ちているように思わせることができたらいいな──というのが、リーナにできるせめてもの抵抗だった。


 昨日、「フルーツサンドと同じものをジャガイモで食べられたらいいな」とそれとなくジュリアに伝えてみたらこのクロケットサンドが出てきたのだけれど、ジャガイモというだけでおいしい。


 そして今日の朝食のことを聞きつけたらしいフィリウスがやって来て、なぜか二人分のクロケットサンドが机の上に並んだのがつい先ほどのことだった。

 フィリウスもおいしそうに食べているし、恥ずかしい思いをしなくてもいいし、一石三鳥だ。


「やはり君は料理の天才のようだ」

「あの、料理をしたのはわたしではなく厨房(ちゅうぼう)の皆様ですからね?」

「だが、彼らがこの料理を生み出せたのも君のおかげだろう」


 フィリウスと視線を合わせると、昨日のことを思い出してしまう気がして視線を下げれば、彼の皿の上にあった分はすっかりお腹の中におさまってしまった後らしかった。


 リーナの倍ぐらいはあったはずなので、もしかしたら昨日のおひるが足りなくて、食べるのもつい早くなってしまったのかもしれない。


「ソースがついているぞ」

「じ、自分で取れますから気にしないでくださいっ」

「リーナ様、こちらをどうぞ」


 そう言ってジュリアがハンカチを差し出してくれたので、受け取って頬のあたりを拭く。

 本当の本当に昨日のできごとを思い出してしまうところだった。フィリウスの手に拭かれたりしたら、気を失っていたかもしれない。


「そういえば、君は今度茶会を開くと言っていたが、場所の目星はついているのか?」

「お城の中を回って会場によい所を探そうかと思いまして」


 フィリウスが話題を切り替えてくれた。

 リーナは今、ユスティナに言われてフィリウスと共にお茶会を開くための予行演習をあれこれとしている最中なのだ。


 今日のリーナの予定には椅子に座ってのレッスンこそないけれど、ぎっちりと予定がつまっていた。


 パトリシアとレックス──フィリウスの兄──の妻のアリスを呼んで開くお茶会にふさわしい会場を探して、招待状を書く練習もしなければいけない。

 もちろん今までのレッスンの復習もしないと、明日に間に合わない。ジャガイモをただ育てていただけの頃に比べると楽しいけれど、忙しいものは忙しいのだ。


「私が案内しよう。昨日のうちに今日しなければならない仕事は終わらせたから、カールに文句など言わせない」

「それならお願いしても?」


 うっかり、リーナのために終わらせてくれたように思ってしまうのは、悪い癖だと思うので今後のためにも治すべきな気がする。

 でも今のところその努力は(みの)る気配がないので、せめて何とかしたいという気持ちだけは忘れないようにしようと思う。


 クロケットサンドの最後の一口をお腹におさめたリーナがひとり決意を固くしていると、コンコンコンと部屋の扉が控えめにノックされる。

 部屋の隅に立っていたジュリアが入口まで行って開けてくれると、そこにはカールが立っていた。


「殿下、やはりこちらにいらっしゃいましたか。ヴィカリー公爵夫人がご到着いたしましたよ」

「……行こうか、リーナ」

「はい」




「リーナ妃殿下が遅れてくるなんて、珍しいこともあるものですね。……フィリウス殿下も」

「遅刻してしまい申し訳ございません!」


 フィリウスの執務室の前。

 ゆっくりとリーナたちの方を振り返ったユスティナに、リーナが開口一番に伝えたのは謝罪の言葉だった。


 けれど、彼女は特に気にした様子もなく頬に手を当てていたユスティナは鷹揚(おうよう)とした態度を崩さない。


「わたくしも責めているわけではないのです。ただ、人を待たせたことに変わりはないのですから、多少の事情くらい聞く権利はございますでしょう?」

「えっとその……あ、朝ごはんがおいしくて」

「そうですか。……そういうことにしておきましょう」


 含みのある笑顔を返されてしまった。

 でも、リーナとしてもおいしい朝ごはんを食べるために待っていたのも本当のことなので、まったくの嘘をついているわけではない。


「ところで妃殿下、本日は何をする日かお忘れではございませんよね」

「もちろんです。お茶会の会場によい場所を探すのですよね?」

「ええ」


 ユスティナが首肯する。

 それまでリーナたちの様子を見守っていたフィリウスがすっと前に出て、視線を交えた。


「私も仕事がほとんどありませんので、同行しても?」

勿論(もちろん)。妃殿下の学習のお邪魔をなさらないのであれば、ではございますが」

「当然だ」


 心なしか交差する二人の視線が、お互いを牽制(けんせい)しているように感じられたような。

 でもきっと、リーナの気のせい──だと切実に思いたい。


 リーナの考えが当たっていたのかいなかったのかはわからないけれど、その場の雰囲気はすぐ元通りになる。

 ユスティナが肩を(すく)めれば、フィリウスはなぜかリーナの方を振り向いて片膝(かたひざ)をついた。


「あのっ、ここは舞踏会の会場ではありませんからね!?」

「わかってはいるが、君とは『白い結婚』なのだから許可を取るのが筋というものだろう」

「それもそう……です、ね? でも床に膝をつくまではしなくて本当に大丈夫ですからね?」


 朝食の時といい、今日のフィリウスは念押ししないとすぐ変なことを言いだしてしまいそうな気がする。

 それでも、フィリウスから返ってきたのはわかっているのかわからない「ああ」という少々気の抜けた返事だけだった。



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