60.昼食はスイーツで
「それではご注文を確認します。フルーツサンドが一点、ガトーフレーズが一点、本日のおすすめプレートが一点。お飲み物がミルクティーが一点にブラックコーヒーが一点。──以上でよろしかったでしょうか?」
「はい」
「ああ」
「それではメニュー表を失礼します」と女性が階段を降りていったのを見届けたリーナとフィリウス。
ちなみに「本日のおすすめプレート」はミルクレープのハチミツがけにチョコレートアイスを添えたもの──という甘いもののオンパレードだったけれど、内容を聞いた手前フィリウスは注文することにしたらしい。
それはさておき。足音が完全に聞こえなくなると、リーナはあらためてフィリウスと向き直った。
「それで話とは何だ?」
「その、先ほどジャガイモカフェが閉まっていましたが、わたし宛に届いたジャガイモはどうなったのかと思いまして」
リーナの不安そうな表情に、フィリウスは「心配する必要はない」と優しい言葉をかけてくれる。
「君も気になっているのは知っている。だから、私も調べてわかった範囲の内容については君に伝えようと思う」
「ありがとうございます」
フィリウスは眼鏡のブリッジを軽く押し上げ、帽子を脱ぐとおもむろに口を開いた。
「複数の証言によれば、ジャガイモを献上しに来た一団を城内に招き入れたのにはヴァスタム伯爵が許可を下ろしたことが関わっているらしい」
「ヴァスタム伯爵、ですか? お義母様のお父君、ですよね? たしかわたしがこの町にはじめて来た時にも──」
「聞こえていたのか」
リーナが「はい」と首肯すれば、突然フィリウスは肘をテーブルについて頭を抱え込む。
馬車でアグリア領からはじめて王都にやって来た時に、ちょっと馬車が止まってヴァスタム伯爵の名前が聞こえてきたのだ。
もしかしたら、伝えなかった方がよかったのかもしれない。
「あっすみません……。聞かなかったことにします」
「いや、忘れる必要はないしいずれは伝えなければと思っていたのだが……。だが、この話は……」
「それで、そのジャガイモを持ってきた人たちは?」
「──消されていた」
「えっ?」
言いよどむフィリウスに先を促せば、返ってきたのは思いもよらない答えだった。
それでも、リーナは間違いなくその言葉が示すところを正しく理解できてしまったと思う。
「ということは伯爵は──」
「だが、伯爵が彼らと共謀していたという証拠は見つかっていない」
処置なしといった様子で肩を竦めて首を振るフィリウスに、リーナはそれ以上聞けなかった。
ちょうどそのとき、階下から再び足音が聞こえてくる。
少しずつ近づいてくる香りに、どんよりとしたムードはどこかに消えていった。
「お待たせしました」
まずやって来たのはフルーツサンドと飲み物だった。飲み物にはおまけでクッキーまでつけてくれていた。
お茶はティーポットに入っていて、ミルクも小さなカップ入り。
砂糖もついてきたし、自分で好きなように入れるみたいだ。
「お食事が終わりましたらお呼びください。すぐお持ちします」
再び二人きりになった二階席。フィリウスだけコーヒーとクッキーで待たせてしまうことになって、申し訳ない気分になってしまう。
けれど、彼は最初デザートも頼まずにコーヒー一杯で済ませるつもりだったみたいなので、それよりはマシかもしれない。
お茶をカップに入れ、ミルクを半分くらい注いで混ぜると、ミルクティーの完成だ。
そう思って顔を上げると、ずっとフィリウスに手元を見つめられていたらしかったことに気がつく。
「フィルも食べますか?」
「! ……後でミルクレープが来るからいい」
彼はリーナの質問が予想外だったのか、肩が跳ねたかと思えば窓の外へと視線をそらす。
そのままコーヒーを口に含んだかと思えば、むせた。
「フィリウスさま!」
「ゴホッゲホッ……フィルだ」
「今はそんなことどうだっていいんです! 大丈夫ですか?」
「問題ない。やはりコーヒーとデザートだけにしておいて正解だったようだ」
そう言いながらも、彼は二口目を飲もうか迷っているようだった。
「砂糖入りますか?」と聞いたら受け取っ入れてくれていたので、甘さが苦手なフィリウスにとってもここのコーヒーは渋かったのかもしれない。
どちらにせよ、ここまでフィリウスに言われてしまえば、リーナの取れる選択肢はできるだけ早くフルーツサンドを食べることだけだ。
彼は一度こうと決めたら頑なタイプなので、リーナがフルーツサンドを差し出しても食べてくれないだろう。
とはいえ彼は優しいので、リーナが無理を言えば食べてくれるかもしれないけれど、こんなところで我儘を言って彼に負担をかけたくない。
そんなわけでリーナがフルーツサンドを口いっぱいに頬張ったところ、フィリウスから待ったがかかった。
「焦る必要はない。そのように食べれば喉に詰まらせてしまう」
「おいひいへふほ。ひひうふははひほはへへひははひはふっへ」
「おいしいのか。だがここではフィルだ。今様付けしたのはもしかしてわざとか?」
フィリウスの耳はよすぎると思う。
けれど訂正されてしまったので、反省しているように見えるように口に入れる速度を緩める。
「ほへんははい……」
「まあいい。ゆっくり食べろ。私もそれまでに喉の奥の調子を治しておこう」
そのまま彼の言う通りゆっくりと口にすれば、生クリームの甘さと色々な果物の酸味が合わさって素敵なハーモニーを奏でていたことに気づく。
このフルーツサンドに使われているクリームや果物を挟んでいるふわふわのパンは、最近になって王都で流行りだしたものらしく、リーナの知らない食感の食べ物だ。
「美味いだろう? 君に窒息死されては困るからな」
「はい。とっても……?」
「……とっても?」
「あ、いえすごくおいしいです!」
「とっても困る」のと勘違いされたらそれこそ困ってしまう。
せっかくフィリウスがリーナのために予約してくれたお店がおいしくないわけがなかった。
一瞬リーナにはよくわからない言葉が聞こえた気がして、思わず疑問形になってしまったけれど、ひとまず笑顔と勢いでごまかせたようだ。
こういう時は聞き返さないに限る。
フィリウスと過ごす日々の中でわかったのは、彼が発したよくわからない言葉について質問すれば十中八九リーナが赤面することになるということだ。
さらにいえば、彼の言葉は甘いばかりで、頭ではわかっているつもりのリーナでさえこの関係が「白い結婚」だということを忘れてしまいそうになる──という副作用もあった。
まかり間違ってもそんなことを彼に伝えてしまえば、即離婚間違いなしである。
そんなことになった日にはあの小屋暮らしが帰ってくるだけで、リーナにとって何一つ嬉しいことはない。
フルーツサンドを無事お腹の中に収めると、フィリウスがデザートを持ってきてもらおう、と店員の方を呼びに一階に向かう。
彼が戻ってくればリーナが食事を取っている間に準備が終わっていたのか、あっという間に運ばれてきた二人分のデザートがリーナの鼻腔をくすぐった。